17話 どこが好き?
今日は珍しく、俺とアシュリンが留守番だ。
木の枠で作った台にヤギの生皮を吊り、ナイフでゴシゴシと肉や脂肪を小削ぎ落としている。
動物から剥いだ生皮はきちんと処理しなければすぐに腐るが、肉を削ぎすぎると皮に穴が開いてしまう。
経験が必要な作業なのだ。
「どうした? お、お腹すいたのか?」
俺の視線に気づいたアシュリンが声をかけてくる。
最近、2人きりだと彼女は態度が非常に柔らかい。
「いや、違うよ。アシュリンの仕事を見て覚えてたんだ」
「そ、そう? ベルクのお手本になれたかな?」
アシュリンがニコニコしながら照れ隠しに鼻をこすっている。
まるで少年のような仕草だが、彼女によく似合っていると思う。
ちなみに今日のコナンとバーンはスケサンを連れ、伐採した木のぶんの種を植えに行ったみたいだ。
気を使わせてるのかもしれない。
「ベルクはどうだ? わ、わかんないとこあるか?」
「うーん、大丈夫だと思うが……どう思う?」
俺が磨いていた石のナイフをアシュリンがのぞき込む。
今日の俺はアシュリンのサポート、ナイフを磨いたりしながら力仕事を手伝っている。
「じ、上手だぞ。ベルクは器用だな」
「いや、アシュリンの教え方がうまいからな」
こんな感じでベタベタするため、作業はまったく進まない。
意外にもアシュリンは世話好きで、2人きりだとベッタリくっついて1から10まで手を出したがる。
まるで頼んだら尻も拭いてくれそうな勢いなのだ……頼まないけど。
「べ、ベルクは森に慣れてないんだから私になんでも聞いていいんだぞ?」
「ああ、ありがとう。でも今は大丈夫かな」
俺が断ると少し不満げな表情を見せてアシュリンが離れた。
少し寂しげな様子を見ると悪いことをした気にもなるが、放っておくとずっとベタベタしてるのだからこれは仕方ない。
この隙(?)に俺は先日、1本角の鹿からとった角を石に擦りつけて研ぐ。
この角はやや湾曲しているが太くて立派だ。
角の先端を剣のように鋭く研ぎ、柄をつける。
槍としては短いし、剣と呼べば長い。
長剣だろうか。
これは対人用の武器だ。
雨季が来ると敵対的なリザードマンが川上から下りてくると聞いた。
さすがにこちらから先制攻撃する気はないが、皆を守るために備えは必要だろう。
ほどなくするとアシュリンは作業を終え、皮を甕につけこむ。
この甕は灰を溶かした水で満たされており、これに漬けこむことで皮から毛が抜けやすくなり、キレイな革になるらしい。
「どのくらい漬けるんだ?」
「うーん、だいたい3日くらいかな?」
アシュリンはケロッと答えるが、ここからさらに毛を抜き、なめしに入るのだから気の長い話だ。
「ベルクはなに作ってるんだ?」
「武器だが、なかなか研ぐのも難しくてな」
硬い角をひたすら石で磨くのだから気の長い作業だ。
はじめは大人しく眺めていたアシュリンだが、退屈してベタベタしてくる。
「なあ、ベルクは私のどこが好きだ?」
「うーん、いろいろ」
作業の邪魔しかしない彼女は、はっきりいってめんどくさい。
本人はまんざらでもなさそうに「ちゃんというんだ」とか喜んでいるが、なんなんだか。
このままではらちがあかない。
俺は手をとめ、じっとアシュリンを見つめた。
照れている彼女を観察し、真面目に好きなところを考えてみた。
まず、やらせてくれるところだ。
身も蓋もないが、彼女との関係はそこから始まっている。
次に、顔。
彼女は美人だ。
俺だって不美人より美人が好きだ。
だが、女性経験の浅い俺でも『オマエはやらせてくれる美人だから好きだ』という答えが望ましくないことはわかる。
しかし、内面を語るには知り合ってからの日が浅いし、お互いに魅力的な財産もない。
答えようがないのだ。
俺の葛藤も知らず、アシュリンは『はやくはやく』と言わんばかりにソワソワしている。
ちょっとウザい。
「……世話好きで、狩りがうまくて、美人で」
褒め言葉かどうかは怪しいが、俺の印象のみを並べていく。
アシュリンは大照れで喜んでるから間違いではなかったようだ。
「うむ、仲むつまじくてなによりだな」
「すいません、邪魔をするつもりはなかったのですが――」
スケサンとコナンだ。
いつの間にか帰ってきていたらしい。
「ねえ、私のどこが好き? 優しいところさ」
「そ、そ、そんなんじゃなかったし!」
バーンとアシュリンが遊んでいるが、わりと前から見られてたみたいだ。
別にいいけど。
「で、なにかあったのか?」
「うむ、先日放棄した住居だが、あそこに人がいるのだ」
スケサンは言葉を溜め「おそらくリザードマンだ」と告げた。
「そうか、こちらはまだ気づかれてないのか? 数は?」
「うむ、確認した限りでは2人だ。まだこちらは発見されていない」
リザードマンが2人、気づかれてないのならば排除は容易だ。
しかし、敵対もしていない相手をいきなり攻撃はまずいだろう。
他のリザードマンとこじれてこの拠点を奪われでもしたら最悪だ。
「コナン、リザードマンは常に敵対的なのか?」
「……正直にいえば、分かりません。私はリザードマンに里人が捕食されたと伝え聞いただけです。ですが彼らが雨季になると川を下り、狩猟をするのは事実です」
アシュリンとバーンも似たような認識らしい。
子供の頃から『リザードマンには近づくな』と徹底して教えられているようだ。
「少し違和感があるな。ちょっと整理するぞ」
俺が知るリザードマンは森の外にいるタイプだ。
彼らは独特の文化を持つため、他の種族と揉めごとを起こすこともある。
だが、総じて理知的で無意味なことを好まない。
体格はさほど大きくはないが、硬い鱗と太い尾をもち戦闘力も高い。
賢く強い優れた種族だ。
森の外では尊敬を集めることも多い彼らが、森の中では野蛮な人食いハンターとされているのである。
このことを伝えると、スケサン以外はピンとこないようだ。
エルフの3人は怪訝そうな顔をしている。
「まだ雨季と呼ぶには早いと思うが、今までにこんなことはあったのか?」
「いえ、ありません。雨季でも毎日現れるわけではありませんが……」
いつもと違う行動をとるリザードマン、これは何かありそうだ。
その何かはサッパリ分からないが。
「とりあえず俺とスケサンが向かおう。アシュリンとバーンは隠れて、リザードマンとの話がこじれたら弓で狙ってくれ。コナンは槍で2人の護衛だ」
3人のエルフたちはかなり不満げだ。
特にアシュリンは「そんなの危ないぞ」などとブツブツいっている。
「アシュリン、ならば争いになった時に大声をだすのだ。囲まれていると知れば不利をさとり退くやもしれぬ。心配ならばオヌシの働きでベルクを救え」
スケサンがアシュリンたちに色々と教えている。
なんでスケサンだと素直に聞くのだろう。
不思議な話だ。
皆で武器をもち、身支度を整える。
コナンは不安げな様子で槍を手にするが、槍を構えて立っているだけで相手は嫌がるだろう。
俺も棍棒を腰に差し、作りたての角の長剣を持つ。
「……ベルク、無理をするなよ。オマエが食べられたら、わ、私はっ」
「そう心配するな。弓で助けてくれよ」
アシュリンは大げさなくらい心配しているが、これには皆が苦笑いだ。
「さ、行こうか」
俺はなるべく落ち着いて声をかけ、歩きだす。
以前の家……引っ越してから間もないのに、何もかもが懐かしく感じた。
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1本角の鹿
12話で仕留めた動物。
中国にいたとされる兕という生き物をイメージしている。
兕は1本角の水牛に似た動物らしいがサイのことだろうか……詳細はよく分からない。
この物語では牛に近いということで、1本角のオリックスをイメージした。
ベルクは鹿の仲間だと勘違いしているが、オリックスは牛の仲間である。