15話 火の契り
数日が経った。
器が十分乾燥し、いよいよ窯入れを行う。
「絶対に火を入れるとか、閉じ込めるとかやめてくださいよ! 頼んますよ!」
窯の前で大騒ぎをしてるのはバーンだ。
乾燥した器を窯に入れるために火口(火を焚く開口部)から中に入るのだが、ここでしぶりだしたのだ。
「なにもしねえよ。うるせえなあ」
「この前もふざけて木を倒してきたし信用ならんすよ!」
どうやらこの前の一件がトラウマになったようで、俺がイタズラをすると思ってるらしい。
あれは事故だというのにしつこいやつだ。
「ビビってんのか、さっさと入れよ」
「そ、そんなこというな。バーンは立派な狩人だ」
見かねたアシュリンが俺をたしなめるが、絡んできたのはバーンだと思う。
「悪いなバーン、私が中で作業できればよいのだが」
「いやいや、コナンのせいじゃないっす」
コナンの一言でバーンは気を取り直し、火口をくぐった。
この火口は地面より少しだけ掘り下げられており、バーンが這えば通れるほどのサイズだ。
俺ではとても通れないし、右手が不自由なコナンもつらいだろう。
アシュリンは……よくわからないが。
「わっ、真っ暗だな! ちょっと灯りをくれ」
「ダメだ。狭い場所で火を使うと死ぬぞ」
バーンとコナンは適当なやり取りをしながら器の受け渡しをしている。
窯の中に入ったバーンが器を並べているのだ。
「小さいのは重ねてもいいぞ。大きいのは手前に頼む」
「あいよ、まだまだ入るぜ」
小さな窯でも、すべて入れてなお余裕があるようだ。
「場所が余ってるならこいつを隅っこに頼む」
コナンがバーンに渡したのは粘土のブロックだ。
これを焼いて、次回の窯などに使うらしい。
「よし、こんなもんかな。火勢が強くなっても倒れたりはしないと思うよ」
バーンが窯から這い出てきた。
いよいよ火入れだ。
「火入れはベルク様がしますか?」
「いやいや、よくわからんし今回は勘弁してくれ」
俺がコナンの申し出を断ると、アシュリンが行うことになったようだ。
彼女は歌うように祈りの言葉を捧げて火口に枝を重ねていく。
その言葉は独特だが『森の土よ、便利な道具になってください。火は怒って火事とか火傷をつくらないでください』みたいな感じだと思う。
アシュリンは最後に焚き火から火を移して、火口に押し込んだ。
そこにコナンが葉がついたままのマツの枝を放り込むと、一気に炎は広がっていく。
「これで大丈夫です。アシュリン様、ありがとうございます」
「私も巫の真似事は初めてだから」
コナンの言葉にアシュリンは大照れだ。
ワイルドエルフにとってまじないは大事な儀式なのだろう。
「うむ、エルフの祈りの文化はよいものだな。そうは思わんか?」
「そうだな。俺の国じゃ祈りはもっぱら戦神へ捧げるものだったからな。それに比べるとアシュリンの言葉はきれいだ」
戦神への奉納は戦士の決闘だったり、捕まえた身分の高い捕虜を生け贄にすることだったり、とにかく血なまぐさいのだ。
それよりアシュリンの祈りの方がずっといい。
「な、なんでそんなこというんだっ!」
アシュリンがなんか怒ってるがワケわからん。
「うむうむ。ベルクよ、成長したな」
「わ、私は枝を取ってくるから!」
スケサンがワケのわからんことを言い出し、アシュリンが籠を担いで出ていった。
バーンが「1人じゃまずいですよ」と、ぼやきながらついていくようだ。
面倒見のいいやつである。
「ベルクよ、それではいかぬぞ」
「……スケサン、1度に求めすぎてはいけません」
なにやらスケサンとコナンに慰められながら薪をくべた。
よく分からないが、なにかしくじったようだ。
☆★☆☆
火の加減というのは難しいものだ。
なにせ、この場には分かるものがいない。
エルフの里では食を求める狩猟が最優先。
狩に参加しない者が分担して里の仕事をしていたらしく、狩人だった3人には窯焼きの経験がロクにないらしい。
「そんなに薪を入れてもいいのか?」
「このくらいの色だったはず……だが、うーん」
こんな感じでバーンとコナンの手探りに近い。
アシュリンは……よく分からないがふがふがしてる。
(なにか手伝いたいのか? 薪をもってうろうろしてるが)
さきほどコナンにレクチャーを受けて、だいぶ分かったことがある。
コイツはつり目がちでキリッとしているから気が強くて賢そうに見えるが、基本的に臆病で要領が悪い。
(まあ、臆病なのは戦士や狩人にとって必要な資質だろう)
かなりどんくさいのだが、これで狩だけはうまいのだからわからないものだ。
「な、なんだ」
ぼんやりながめているとアシュリンがとがめてきた。
今までと変わらない反応だが、こちらの心持ちが違うと印象が違って見えるのだから不思議だ。
「2人を手伝おうとしたんだろ? どのタイミングで薪を入れるのか教えてくれないか」
「そ、そうか。ナラとマツならマツのほうが燃える。火を強くしたい時はマツを――」
アシュリンは俺の質問からズレた答えを自信満々に教えてくれた。
知ってることをいいたかっただけなのかもしれない。
「薪は火の色を見て調整してください。私もよくわからないし、適当に交代しながらやりましょう」
「中の器が白っぽく見えるくらいすかね?」
とりあえず『このくらい』と決めた火力を交代で見張ることにした。
窯に近づくだけで熱気を感じるようなすごい火力だ。
これをなんと丸一日以上は続けるらしい。
「順番に休むとして、食料や薪も適当に取ってこなきゃな」
「うむ、それは私が担当するのがよいだろう。睡眠が必要ないからな」
こうなるとスケサンは頼もしい。
しかし、飲まず食わず休まずでどうして動き続けられるのだろう。
スケルトンは不思議だ。
火の順番はなんとなく決まる。
はじめと最後はコナンとバーンに火の番をしてもらい、中は俺やアシュリンが維持する感じだ。
見張りというものは集中力が必要だ。
集中は訓練次第で長い時間維持もできるが限りがある。
交代しなければ丸一日はもたないだろう。
非番では休むのが仕事だ。
俺は適当にゴロゴロ昼寝したりスケサンと薪を拾ってきたり適当に過ごし、日が暮れた。
「そろそろ交代するか?」
「そうすね、俺はアシュリン様が来たら交代しますから、コナンから」
なんとなくコナンから休憩するようだ。
この辺は適当である。
「ベルクよ、火口をのぞいてみよ」
スケサンが嬉しそうに声をかけてきた。
火口をのぞくと明るい窯室の中に赤白く輝く器が見える。
「白いだろう? 土が焼けているのだそうだ」
「へえ、不思議だな」
ためしに薪を放り込むとすぐに火がついた。
炎の動きを見ているだけで飽きることがない。
「こ、これ。拾った枝もたくさんあるから」
「ああ、どんどん放り込んでやるか」
いつの間にかバーンと交代していたアシュリンが声をかけてきた。
いつもケンカしてた俺たちだが、火の前だと不思議と会話ができる。
(これもエルフのお祈りのおかげだろうか?)
調子に乗って2人でガンガン薪を放り込んでいたら、窯はウォンウォン唸りだすし、煙突から炎が吹き出すし本当に焦った。
火力が上がりすぎたようだ。
「これはまずくないか?」
「火が怒った! 火事になる!」
あわてて仮設の屋根を外し、窯のひび割れに粘土を塗ろうとしたが、あまりの熱量に2人で大騒ぎしてしまった。
「なにをやっておるのだ。私がやればいいではないか」
スケサンが熱さをものともせず、ヒビに粘土を塗り込んだときはアシュリンと2人で大笑いしてしまった。
「ああ、おかしい。スケサンは熱くないんだ」
屈託なくアシュリンが笑う。
窯の中は炎というより夕日の太陽みたいな、不思議な明るさがある。
今日は新月、暗闇の中を窯の光に照らされた彼女はお世辞抜きでキレイだ。
「なあ……そ、その、ちょっといいかな」
アシュリンがおずおずと俺に話しかけてきた。
なんだかいいづらそうにしている。
「どうした?」
「うん、あ、あのさ……お、オマエは私と子作りしたいと思うか?」
いきなりの質問に変な声が出そうなくらい驚いたが、意外なほどアシュリンは真剣な顔をしている。
おふざけではないようだ。
(真剣みたいだが……どう答えるのがいいんだ?)
俺はアシュリンの顔をじっと見つめ「したい」と答えた。
彼女の肩が緊張で動いたのが分かる。
「俺も男だし、したくないといえば嘘になる。だけど、無理強いはしない」
俺は髪を上げ「角がないだろ?」と額を見せる。
アシュリンはキョトンとした顔で頷いた。
「俺は鬼人だが、結構な混じりでな。角がないんだ。このせいで嫌な思いもたくさんして、嫌になって国から飛び出した」
だから、とアシュリンに向き合う。
「ここではなるべく、嫌な思いをするやつを作りたくない。生まれや、見た目で差がある国なんて真っ平なんだ」
少なくとも、爺さんの代までは戦士であれば平等だった。
強ければ王になる国だった。
俺だって強くなれば王になれたはずだ。
だが、今の故郷は急速に純血の貴族化が進み、生まれで身分が変わる。
勇気が報われないのに命をかけて戦えない。
火を見ながらそんな話をした。
実はこの考えは俺だけのモノではない。
若い鬼人の中で蔓延してる思想だ。
正直、俺らの世代の鬼人は無敵の軍隊を維持できないだろう。
(まあ、国を捨てる極端なやつは俺ぐらいだろうけど)
俺の場合、母が病で亡くなり家族がいなくなったのが大きい。
やはり身内がいては思いきった行動がとれないものだ。
「あの、な――」
俺の愚痴を黙って聞いていたアシュリンが不意に口を開いた。
「わ、私は……べ、ベルクのこと嫌じゃないぞ」
アシュリンがじっとこちらを見る。
俺はそっと、以前殴った頬を撫でた。
「殴って悪かった」
「いや、あれは私たちが悪い。ゴメン」
そのまま顔を近づけると、アシュリンが「今日はダメだ」と俺を制した。
「い、今は火の番をしなきゃいけないからダメだっ。火は嫉妬深くてきちんと世話しないと怒るんだっ」
俺はアシュリンの制止を振り切り、そのままのし掛かる。
ここで止めれるやつがいたら面を見てみたいものだ。
「あ……だめ、本当にだめ」
彼女は軽い抵抗をするが、これが本気で嫌がってないことくらい俺でも分かる。
ちなみに、火の番はスケサンがしてくれたようだ。
すまんな。
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焼き物作り
実際はもっと工程があるが、さすがに割愛。
コナンが大きい焼き物を手前に持ってきたのはを還元焼成を狙っていると思われる。
釉薬をつけない焼き締めでは還元焼成のほうが強度が強くなる傾向があるからだ。