最終話 森の日常
スケサンが頭部だけになり、2日後。
里のものはもちろん、遠くからも様々な者が駆けつけてきた。
はじめはひっくり返した壺に乗せていたのだが、目の高さが合わないって理由でドワーフのベアードが木の台を作ったようだ。
さらし首のように広場で鎮座する頭骨に、次々と詣でる人々……なんだか怪しい儀式にも見える。
「す、スケサン。今までありがとうな。寂しいけど……か、体から離れても里にいてくれ」
「うむ、体が朽ちてもその先がある。エルフの信仰は実によいものだな」
アシュリンも挨拶しているが、意外なことに悲壮感はあまりない。
ワイルドエルフには独特の祖霊信仰があり、死した者は子孫を守る霊になるという。
恐らく、アシュリンはスケサンも祖霊になると信じているのだ。
(アシュリンはスケサンを親のように甘えて慕っていたものな)
彼女からすれば、スケサンが祖霊になるのは自然なことなのだろう。
娘のシーラはよく分かっておらず「スケサン、スケサン」としゃれこうべをペチペチ叩いている。
そのうちアシュリンに怒られそうだ。
次はヤギ人たちが来た。
モリー、フローラ、ピーター、そしてラナにミア。
コナンやスタブロスは遠慮し、後ろで控えているようだ。
いつまでも子供だと思っていた彼らだが、すっかり成長した。
彼らはとにかく、連れている子供の数が多いのが特徴である。
モリーは2人も子を産み、3人目が腹にいるそうだ。
フローラの子は4人。
ラナは今年の春に子を産んだ。
さらにミアにも懐妊の兆しがあるのだとか。
ヤギ人の繁殖力は俺の予想を遥かに上回っているらしい。
彼らはスケサンに命を救われた尊敬の念と、精霊信仰を融合させた不思議なスケサン信仰がある。
モリーなどは別れを惜しむあまりに、スケサンの崩れた体を持ち帰って保管しているそうだ。
「モリー、ピーター、フローラ、立派になった。ラナとミアもピーターを支えてやってくれ。しかし、かえすがえすもミアの子を抱けぬのだけが心残りだ」
スケサンは穏やかに、皆は涙を浮かべて別れを告げた。
まるで祖父と孫のようだ。
(いや、スケサンからしたら里の皆が子供であり、孫なのかもな)
ケハヤの家族とウシカの家族はスケサンを囲んで喉を鳴らすように不思議な歌を唄っていた。
ウシカの葬儀でも聞いたが、リザードマンの葬送なのだろうか?
スケサンに育てられたウシカ兄弟も懸命に唄う。
それを見てスケサンは「うむうむ」と喜んでいた。
バーンはナイヨと子供らを連れて現れた。
この夫婦は3人も子供がいるのに、いつまでたっても仲がよく、いまだに物陰でイチャついてるのを見かける。
バーンとスケサンは穏やかに笑っていたのだが、意外なことに普段は愛想のないドルーフが大泣きした。
普段は物静かな兄の様子に釣られたか他の子供も泣きわめき、最終的にはナイヨまでしくしくと涙をこぼしている。
思わぬ愁嘆場にバーンは動揺し、わたわたと家族を慰めていた。
オオカミ人の里からはロブ・ガイをはじめ、多くの者が現れた。
ロブも立派な里長に成長し、里を代表してスケサンへ感謝と別れの言葉を告げる。
スケサンも「父の名を辱しめぬ立派な姿だ」と褒め、いくつか訓示をしたようだ。
オオカミ人の里の者は真剣な表情で聞き入っている。
やはり歴戦のスケサンへの尊敬の念が強いのだ。
溜め池の里からはヘラルドが来たが、イヌ人が増えまくったことを相談をしているようだ。
「ふむ、イヌ人の里を再建してはどうかね? あそこなら場所も離れているし問題なかろう」
「そうですね、希望者を募ってみます」
もはや別れを惜しむというより、ただの相談事である。
やはり、俺とイヌ人の感性にはズレがあるようだ。
他にもリザードマンの里からも、ヘビ人の里からも人がやってくる。
特にヘビ人の里はスケルトンが生まれる(?)横穴が里付近にあり、スケサンとの交流が深い。
やや遅れて入江の里からはフィルやカワウソ人たちがやってきた。
カワウソ人たちはなぜかスケサンによく懐いている。
「しかし、スゴい数が集まってきたな」
いまやスケサン詣での人は広場では収まりきらず、里の中を行き来している。
市は大盛況のようだ。
(これだけ集まったのは……人間の軍を撃退した時くらいかな?)
スケサンは賑やかな里の様子を眺め「うむうむ」と喜んでいた。
ずっとこうしていても飽きることはない様子だ。
俺はぼんやりとスケサンと、話しかける連中を眺めていた。
「――クよ、ベルクよ、すまんが起きてくれぬか」
スケサンの声でハッと目を覚ますと、すっかりと日も暮れていた。
どれほどの時間が経ったのだろうか、どうやら居眠りをしていたようだ。
「おっと、すまんな。居眠りをしていたようだ」
「うむ、すまぬがね。そろそろ頼みたいのだよ」
どうやら時間が来たようだ。
俺は立ち上がり、頭骨をヒョイと抱えた。
「あの場所でいいのか?」
「うむ、あの辺りがよい」
余人が聞いてもわけが分からないだろうが、俺たちにはこれで十分だ。
俺たちは夜陰に紛れてそっと里を離れた。
里の外ではスケルトン隊が門の辺りで列を成していた。
スケサンを見送るためだろうか。
率いるのはホネイチのようだ。
「カカッ! ケイレイッ!」
これには少しばかり驚いた。
ホネイチがしっかりと言葉を発したのだ。
皆で一斉に槍を立ててスケサンに敬意を表している。
「……味なことを。素晴らしいはなむけだ、礼をいうぞ」
「カッ!」
どうやらスケサンの指示ではなく、ホネイチの判断で見送りに来てくれたようだ。
俺は少し手を上げてホネイチらに応え、再び歩き出す。
「驚いたな。言葉を話せるようになったんだな」
「うむ、私の跡はホネイチが継ぐ。里のことも、ムラトへの支援も全て打ち合わせずみだ」
スケサンは少し誇らしげだ。
ホネイチの成長はスケサンからしても予想外の早さらしい。
戦技だけを見ればスケルトン隊でも中の上くらいなのだが、とにかく頭脳が発達した。
「ホネイチは優秀さ。それこそヤツが築いた城を見れば分かる。ただ、不測の事態には相談に乗ってやってくれ」
「そうか、わかった。哨戒部隊を率いている兄ウシカとも相談してやっていこう」
暗くなった森も、夜目が利く鬼人とスケルトンには関係がない。
(なんだか、懐かしいな)
こうしてスケサンを抱えて森を歩くと、出会ったばかりのことを思い出す。
アシュリンたちと出会う前のことだ。
ほんのちょっと前のはずなのに、思い出を振り返る俺たちの話題がつきることはない。
俺たちの始まりの場所は、ヘビ人の里になっている。
彼らに一声かけて岩棚に登り、洞穴よりさらに上へ出た。
「おっ、眺めがいいじゃないか。あの1番高い岩に登るぞ」
「うむ、よろしく頼む」
岩棚の上は段差があり見晴らしがよい。
ここからさらに俺の背丈ほどもある岩によじ登る。
大した高さではないが、片手にスケサンを抱えて岩登りはわりとキツい。
「おおっ、スゴい景色だ」
「うむ、素晴らしい眺望だな」
岩を登ると一気に視界が開けた。
眼下には広がる森、そしてごちゃ混ぜ里が一望できる。
「リザードマンの里はちょっと影になって見づらいかな?」
「いや、ハッキリと見えるさ。我らの歩みがな」
うっすらと夜は白み、朝霧が輝く。
夏が来たのだ。
「不思議だな。この森には全部あったんだ。女房も、子供も、友達も、全部ここにあった」
そう、この森は何も持たなかった俺に、全てを与えてくれた。
俺の言葉をスケサンは黙ってじっと聞いてくれる。
「戦士の魂よ、しばし休め。時がきたれば再び、共に戦おう」
返事はない。
だが、応じる心は伝わった。
スケサンの体はいつの間にか砂のように崩れ、風に乗る。
俺はそれを、いつまでも見つめていた。
誰が来ても、誰がいなくなっても、広がる森はいつもと変わらない。
徐々に日は昇り、里からは炊事の煙があがる。
また、新しい1日が始まったようだ。
お付き合いいただき、ありがとうございました。