114話 俺が褒めると微妙な空気になるんだ
森の外の里――ここは入植者たちの希望により『ムラトの里』と名づけられた。
そして、このムラトの里への移住が始まったころ、俺はちょっと困っていた。
「ムラトの手勢はそんなに増えてるのか」
「うむ、さらに数を増やして70人ほどだな。戦えぬ女を含めれば100を超える」
問題はこの数だ。
遠隔地にいる100人もの人数を養うのはさすがに無理だろう。
他には分隊もいるらしい。
「全部は無理っすよ。なにが欲しいとか、具体的にあるんすか?」
なぜか俺とスケサンに混じっているバーンが質問をする。
コイツはヒマなのだろうか。
「うむ、矢だ。奴隷は武具の扱いを知らぬ。矢を作れぬようだな。食料もだが、それよりは武具の補充であろうな」
「なるほど、だがオリハルコンの矢とか槍を揃えるのは無理だろ」
俺たちだって矢尻は骨や、黒曜石を加工して作っている。
なんだかんだでオリハルコンは貴重なのだ。
「そうっすねえ、向こうで戦うために援助するのは分かるんす。これはごちゃ混ぜ里にも意味があるっす。でも、一方的に送り続けるのは面白くないっすよ」
バーンはわりとなんでも否定から入るタイプだ。
意地が悪いとかではなくクセみたいなものだろう。
スケサンも気分を害した様子はない。
「ふむ、実はな……ムラトたちからは倒した敵を送ってもらう手はずになっておる。これはスケルトンの素材だ」
これには俺とバーンも「おおっ」と小さく歓声をあげた。
「実はあちらで少し交戦してな。その時すでにスケルトン60人分ほど持ち帰ったのだ。今後も隊員が増え続ければ、訓練したスケルトンを援軍として送れるようになるやもしれぬ」
この言葉には驚いた。
スケサンはキッチリ遠征の成果を持ち帰ってきていたのだ。
援軍の話はまだまだ先の話だが、スケルトン隊が増強されるのはありがたい。
ごちゃ混ぜ里の領域も拡がり、人の往来も増え続けている。
それらの治安を担うスケルトンが増えるのは純粋に喜ばしいことだ。
「それなら話は違ってくるな。これはオリハルコンや銅で奮発しなきゃダメだろ?」
「いや、武具は消耗品だ。質よりも量を送るべきであろう。オリハルコン製は数を減らし、それなりのモノを揃えるのがよい」
俺とバーンも納得し、それならなんとかなるだろうと頷いた。
リザードマンは金属製品を好まないので、骨や石を使った道具を生産している。
彼らの穂先が二股になった独特の槍は骨を磨いだものだ。
それらを調達すれば数もまとまるだろう。
「じゃあ、矢尻は骨で揃えてオリハルコンは数本混ぜるっす」
「うむ、武器だけでなく防具も必要だろう。女衆にも手を借りるか」
なんとなく話はまとまっていく。
こうなれば話は早い。
とりあえず要望のあった矢を多めにし、その他を色々と送る。
反応を見て好評なものを増やしていけばいい。
「じゃあ、とりあえずバーンはナイヨにオリハルコンの矢尻を3つ、槍の穂先を1つ頼んできてくれ」
俺の言葉が終わるが早いか、バーンは「あいよっ」と小走りで去っていく。
慌ただしい男である。
それを見ていたスケサンも嬉しげに「カカカ」と笑った。
☆★☆☆
そして、武器を作っているわけだが……まあ、ヒマがある俺やスケサンの仕事になるわけだ。
そこに弟ウシカやスタブロスなども加わることが多い。
畑仕事や陶器を作る弟ウシカはともかく、スタブロスはわりとヒマらしい。
スタブロスは真面目なので矢尻にする骨や黒曜石をひたすら磨いでいる。
これはこれで助かっていた。
それに毎日ではないが、ピーターの妻ラナやミアも加わることがある。
彼女らは2本の棒で器用にパコの毛糸を編み、帽子や手袋を作るのだ。
帽子や手袋は簡素な防具だが、あれば大違いだろう。
頭や指は傷を負うことが多い場所だ。
そこを丈夫な毛糸で保護できるのは大きい。
「うむうむ、ミアは働き者で器用。ピーターもよい嫁をもらったものだ」
今日は妹のミアが手伝いに来てくれたのだが、スケサンに褒められて照れている。
スケサンの褒め上手というか、心からピーターの幸運を喜んでいるようだ。
(……俺が褒めると微妙な空気になるんだよな)
俺なりに真似して『尻の形がいい』とか『ピーターがうらやましい』とか褒めてみたが上手くいかないのだ。
まあ、それはどうでもいい。
ミアは「この手袋や帽子は味方の命を守るもの」と聞き、一所懸命に作ってくれる。
その心意気は立派なものだ。
俺はなんでも作るが、今日は板を張り合わせて盾を作っている。
立派なやつは表面に革や銅板を張ったり縁を金属でかしめるのだが、俺が作るヤツはごく簡素な木の盾だ。
こんなモノ、2度も殴りつければ壊れそうだが、飛矢や投槍を防ぐことはできる。
隣のスケサンはちまちまとこん棒に獣の牙や骨を張りつけている。
狼牙棒というのだそうだ。
「こんなものは使い捨てだがね。使うのに訓練はいらぬし、見た目の圧もあるだろう?」
俺の視線に気づいたスケサンが、手を止めずに教えてくれる。
たしかに、こん棒の利点は稽古が必要ないことだ。
解放奴隷に武術の心得はないだろう。
「なるほど。見た目もヤバいヤツが持ってそうだしな」
「うむ、威圧感のある武器は敵を怯ませ、味方を励ますものさ。その視点で考えれば、弟ウシカの防具は実に優れておる」
スケサンは側で作業する弟ウシカに目を向けた。
弟ウシカは照れているのか知らんぷりしているが、目がうれしそうに細まっている。
スケサンに褒められるのが嬉しくてたまらないのだ。
弟ウシカは兜を作ったり、盾に絵を描いている。
それがまた異様な迫力があるのだ。
その兜は獣の頭骨や亀の甲羅に穴を空け、毛糸の帽子に固定している。
たしかに防御効果もあるだろうが、それ以上に威圧効果があるだろう。
盾もまたエグいのだ。
弟ウシカは木の盾に塗料で妖しい目玉のようなものをたくさん描く。
これは本能的に怖い。
「たしかにな。弟ウシカの防具は見た目でも怖いよな」
こんなのを身につけたヤツラが現れたらさすがにビビるだろう。
呪術的な圧すら感じる。
「うむ、その兜、盾、手袋に槍やスリングスタッフを併せれば立派なものさ」
「そうだな。それなら毛皮の上着でも着けるか」
さすがに硬革の鎧はすぐに数を揃えるのは難しいが、毛皮や革の上着くらいならなんとでもなる。
こうして、武具は様々なものが用意された。
大半は粗末な石、骨、木製だが、エルフの長弓やオリハルコンの剣槍も少数ある。
それらはある程度の量が溜まる度にスケルトンの砦へと運ばれていった。
「ムラトを支援する武具や保存食も、いずれはムラトの里でも生産させねばな」
「まあな。でも、当面は逃げてきた者たちの受け入れだろう?」
スケサンも「うむ」と満足げに頷く。
「相談役のホネジも、その部下も一気に成長するだろう。楽しみなことよ」
そう、スケルトンは経験を積めば積んだだけ成長するのだ。
スケサンの言葉通り、ホネジは大きく変わるだろう。
こうして、スケルトン隊は質量の両面で補強されていく。
そして、これは少し先の話、全くの余談だが――送られた物資の中で、弟ウシカの装備はかなり好評だったようだ。
当然、オリハルコンの武器や銅板の盾なども好評だったが、それと同等の扱いで要望があったのだからスゴい。
弟ウシカは思わぬところで才能を発揮したのだ。
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蛮族セット
獣骨や亀甲の兜、毛皮の上着、毛糸の手袋、不気味な盾。
これに狼牙棒や骨の槍を持ったスタイル。
当然、全てハンドメイドなので2つと同じものはなく、バリエーションは豊か。
敵を怯ませるばかりでなく『特別な装備』として着用者を勇気づけ、奮戦させる効果もあるようだ。
この『明らかにヤバいやつら』は大いに人間を恐れさせ、後に『魔族戦士』のイメージとなったらしい。
中にはオリハルコンの武器や硬革の鎧などを身につけた精鋭兵もいる。
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