107話 旅立ち
盛夏も過ぎ、ウラバンの季節も終わる頃。
アワの収穫を終えたファリードが挨拶に現れた。
「なんとか収穫できたようだ。他の手を借りながらだがね」
たしかにスケルトン隊が鳥を追い払い、イヌ人やウサギ人が世話をしたようだが『開墾し、収穫を得た』ことは彼にとって大きな経験になったはずだ。
「そうか。近いうちに旅立つのか?」
「ああ、脱穀をすませたら発とうと思う。世話になった」
ファリードの表情はずいぶんと穏やかになった。
人間への復讐や故郷を奪還することに取りつかれていた時とは雰囲気もずいぶん違う。
「あてもないが、とりあえずは塩の湖とやらを見たいと思う。単純な興味さ」
どうやら旅の目的地も決まったらしい。
出発の日は近いようだ。
「そうか、落ち着いたら里の場所を教えてくれ」
「それは気が早いというものだ。まだ出発すらしていないのだぞ」
ファリードは苦笑しながらも「必ず連絡する」と約束してくれた
彼なりに気持ちの整理がついてきたのだろう。
その気負いのない様子に俺は内心で安心した。
時間が解決してくれることもあるのだ。
俺たちは互いに長命種、気長に連絡を待てばいい。
「おっ、ファリードさんじゃないすか。珍しいすね」
「ああ、バーンさんか。アワの収穫が終わったのだ。その報告をな」
ファリードは遠慮もあってか必要以上にごちゃ混ぜ里には顔を見せないが、色々と習っていた関係で知り合いは多い。
バーンは鬼人たちに狩りや野草の知識を教えていた関係でファリードと馴染みなのである。
「それにしてもワイルドエルフの弓はスゴいな。こればかりは作れそうもない」
「はは、これは秘伝っす。製法は里ごとに違うんすよ」
バーンが誇らしげに弓のうんちくを語り始めた。
うっとうしいが、ファリードが熱心に聞いているので止めなくてもいいだろう。
なんだかんだで武器に興味はあるらしい。
ワイルドエルフの弓は木材に動物の骨や腱を張り合わせてあり、見た目より強い矢を放つ。
バーンのドヤ顔はムカつくが、弓はたしかによいものなのだ。
「ま、オマエが作ったわけでもないだろ? 弓はコナンが作ってるしな」
「あ、それいいます? でも材料は俺が採ってきてるっす」
俺とバーンが適当な口喧嘩をしていると、そのコナンがやってきた。
なにやら俺を探していたらしい。
「ベルク様、荒野からスケルトンに率いられた群れがやってきたのですが……」
「ん? 荒野からだと?」
北の荒野にはスケルトン隊が監視砦を築いている。
恐らくはそこで『群れ』とやらを発見し、連れてきたのだろう。
「群れとはよく分からない表現だな。とにかく会ってみるか。ファリードも来るだろ?」
「ああ、北の荒野からとは……少し様子が見たい」
彼も荒野を抜けた集団が気になるようだ。
里を作ればファリードも似たような事は起こりうるし、見てもらうのは悪くない。
「あ、俺も行くっす」
バーンがついてくるのは野次馬だろう。
ファリードと世間話をしていたくらい暇なのだ。
俺たちはコナンに連れられて門から外に向かう。
すると、里からやや離れた場所で多くの獣人が固まっているのが確認できた。
全員が粗末な身なりをしており痩せ細っている。
見るからに疲れ果てた様子でぐったりとしていた。
「慣れない森を歩いたなら仕方ないが、元から弱っていたようだな」
「はい、あの辺りの……並べてあるのは力尽きた者のようです。荒野を抜け、森を連日歩いたのですから無理もありませんが……」
全体の人数は40人近い数だが、数人はもう事切れているようだ。
今にも息絶えそうなほど衰弱している者もいる。
(ブタ人だな。牙がないってことは逃亡奴隷か)
人間の世界を旅した俺には馴染みのある種族だ。
農耕など、力仕事で使役されることが多い。
現場にはすでにスケサンが来ており、案内のスケルトンから報告を受け、代表らしいブタ人となにやら話し込んでいるらしい。
集団はブタ人が大半だが、ポツリポツリとイヌ人やドワーフなども混ざっているようだ。
「状態がよくないな。水と粥とか汁のような食事を手配してくれ」
「了解っす!」
俺の言葉にバーンが威勢よく応じて駆け出した。
なんだかんだで骨身を惜しまないバーンの姿には好感がもてる。
「スケサン、遅くなった」
「うむ、来たか。いまホネシチから報告を受けたところだ。こちらはブタ人の代表ガスパロどのだ」
スケサンに紹介されたのは痩せたブタ人だ。
ずいぶんとやつれており、ブタ人らしいふくよかさが感じられない。
その姿から、旅の過酷さが見てとれるようだ。
俺が「里長のベルクだ」と名乗ると、ガスパロは唐突に地に伏せ、俺を拝みだした。
「魔王様、我らはムラト様より解放された獣人です。人の地を逃れ、数を減らしながらもたどり着きました。どうか、我らに慈悲をお与えください」
このガスパロの言葉に反応し、周囲のブタ人たちも俺に向かい拝み始めた。
ちょっとついていけない。
「なんの事だ? ムラトとは鬼人の戦士だな? 彼が解放したのか?」
「うむ、私が説明を引き継ごう。ガスパロどの、間違いがあれば遠慮なく指摘されよ」
スケサンによると、ムラトは人間の世界で襲撃を繰り返しているらしい。
先々で奴隷を解放し、戦える者は合流して暴れまわっているのだとか。
解放された奴隷の中には「人間と戦うのも、人間に従うのも嫌だ」という考えの者も少なからずいた。
そこで、ムラトはラクダ人と連絡をとり、それらの者をスケルトン隊の砦まで送らせたらしい。
そこからはホネシチに率いられてここまで来たそうだ。
「もともと虐げられてきた獣人たちは長旅に絶えられず、半数近くを失ったそうだ」
「そうか……それは大変だったろう。まずは水と食を用意している。もう少し待って欲しい」
俺が大きな声で「水と食をふるまうぞ!」と伝えると、弱りきっていた集団から控えめな歓声があがった。
どうやら声を出す力もないようだ。
「しかし、ムラトがねえ。心境の変化があったのかな?」
「あれはあれで利に敏い策士でもある。おそらく戦い続けるために奴隷を味方にしようと謀ったのだろうよ」
俺は「なるほど」と納得した。
ファリードがいうように、ムラトは戦いに勝つためなら策を用い、工夫を凝らすだろう。
だから歴戦の戦士なのである。
「相談があるのだがね、この者らを受け入れるのなら我らの拓いた土地を使ってもらえまいか? やはり愛着があるのだ。再び森に還すには
しのびない」
ファリードは照れくさそうに「未練だよ」と笑った。
彼は自分達で開墾した土地がまた放置され、荒れ放題になるのが心残りだったという。
「ああ、それなら渡りに舟だな。脱穀が終わるまではこちらで面倒みるよ」
「いや、いまから総掛かりでやるとするさ。この機を逃しては後ろ髪をひかれて旅立てなくなる」
いうが早いか、ファリードはすっ飛んで帰っていった。
未練を断つためか、勢いがある。
「あの、魔王様……我らは……」
「ああ、心配すんな。ここで暮らすもよし、戻ってムラトに加勢するもよし。自分たちで選べばいい」
事態についてこれず、心配するガスパロに俺は「この地に奴隷はいないからな」と教えてやる。
「おお、まさにムラト様のいった通りだ! 魔族のための国だ! 本当にあったんだ!」
ガスパロの言葉に応じて集団から「わっ」と歓声が上がった。
中には涙をこぼしながら俺に手を合わせ「ありがたや」と伏し拝んでいる者までいる。
「先ほどの鬼人の支度が整うまで数日待て。亡くなった者も供養塚に弔ってやらねばな」
こうして、ファリードたちが拓いた土地に新たにムラトが送り込んできた獣人たちが住むことになった。
結局、生き残ったのは34人だ。
脱出した時の半数以下らしい。
だが、彼らは口々に「こんな土地が与えられるとは」「夢ではないか」などと喜んでいた。
人数に比して建物の数は少ないが、奴隷としての生活に比べたらかなりましらしい。
鬼人たちも自分たちが拓いた土地が喜ばれ、まんざらでもない様子だ。
「また来いよ」
「ああ、また来るさ」
ファリードたちは旅立ったが、別れの言葉はこれだけだ。
前々からの話であり、実に素っ気ないものだった。
「別れ際に『またな』とは気が利いているではないか」
「そうか? でもファリードたちが野垂れ死にするとは思えないしな」
スケサンに指摘されて気がついたが、俺はファリードとの再会を望んでいるらしい。
「ファリードも、ムラトにも、また会ってみたいもんだな」
「うむ、そのムラトどのだがね、今後も解放奴隷をこちらに送るつもりならば話をせねばならないだろう。今回のように半数以上が死ぬような旅をさせてはな」
たしかに、話を聞いた限りでは今後も送り込まれる可能性は高そうだ。
恐らくはムラトが戦に倒れるまで続くのだから。
「そこで、だ。私がスケルトン隊を率いて向かうつもりだ。スケルトンならば荒野を抜けるのは容易だからな」
「む? スケサンが話をつけてくれるなら安心だが……体は大丈夫なのか?」
スケサンは「大事ない」と笑って見せた。
「有事に備えて力を溜めていたのだ。使いどきというものさ」
「そうか。途中で寿命が尽きたとかは止めてくれよ」
俺が心配すると、スケサンは「カカカ」と愉快げに笑った。
どうやら冗談だと受け取ったらしい。
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魔族
これは人間の作った言葉で『人間以外の人』で『聖天教に帰依しない者』を指す場合が多い。
だが定義は曖昧で、大型の害獣や蛮族など『教徒に仇なす存在』といったニュアンスも含む。
ベルクはまさに魔族を統べる王として認識されており、人間世界から見れば魔王以外の何者でもない。




