105話 不器用なりにがんばってるらしい
ピーターの結婚式より季節は進み、寒さを感じる季節となった。
雪は降らないが、朝晩には鼻の奥がツンとするような冷えがある季節だ。
「ここの冬は暖かいな。このように穏やかな冬は信じられぬ」
「ああ、だけど湿気が多くて夏がキツいだろ?」
俺の言葉にファリードが「たしかに」と頷いた。
北に国があった鬼人には森の気候は慣れるまでツラいのだ。
ここはごちゃ混ぜ里からやや離れた川向こうの土地だ。
具体的にいえば、以前ワイルドエルフの集落があった場所の一部である。
ここは長らくワイルドエルフの本拠地だっただけはあり、豊かな土地である。
川からは粘土も採れるし、果樹も多い。
陶器も作れるし、酒造もできる。
魚や鳥獣も少なくないので食を得る訓練にも向いているだろう。
少し前まで人が住んでいたので大木が少なく、拓きやすかったのも大きい。
「しかし、ずいぶん色々とやってるな。大したものだ」
家屋はもちろん、炊事場、皮なめし、陶器を焼く窯、小さいながらも畑まであるようだ。
ごちゃ混ぜ里の支援を受けたとはいえ、学びながらここまでのものを作るのは容易なことではない。
「まあ、な。慣れないなりにやらんとな」
そういいながらファリードは「これは俺が作ったものだ」と革の上着を見せてくれた。
縫い合わせた革を帯で体に固定するような、ごく簡素な上着である。
作りは雑だが、革はしっかりとなめされており悪くない。
「すごいな。上出来だ」
「いや、形になっただけだ。衣服が作れなくては裸で暮らさねばならん。まだまだ学ばねばな」
ファリードは「見てくれよ、このザマだ」と自嘲しながら上着を羽織って見せた。
着てみると分かるが、丈が異様に短くちんちくりんである。
「たしかにそれでは腹が冷えるだろうな」
「うむ、腰や腹を冷やすのは万病のもとであるからな」
さすがに織物や編み物で衣類を作るのは経験が必要なので学んでいないようだ。
だが、革なめしを覚えれば周辺の種族と交易にも使える。
自分たちで作れなければ交換すればよいのだ。
「畑では何を育ててるんだ?」
「ここは開墾しただけだな。もう少し拡げ、春になればなにか育てたいと思う。あちらはニンジンだ」
これは特に彼らがニンジン好きなわけではなく、種まきの時期が開墾と重なっただけだろう。
「正直にいえば奪う方がよほど楽だ」
ファリードは畑を見ながら嘆息するが、これは本心だろう。
俺が「やめたいか?」と訊ねると、ファリードは力なく首を振る。
「いや、もう他に選択肢はなかろう。これが最良だと信じるのみだ」
ファリードは強い。
正直にいえば、ここまで短期間にさまざまな技術に挑戦するとは考えてもいなかった。
「こちらの新しい畑で収穫できれば旅にでるつもりだ。あまり長居しては未練がでて動けなくなる」
なかなか思いきった決断だが、分からなくもない。
技術を身につけ、ここでの生活が安定すれば離れがたくなるだろう。
「皆で決めたことだがな……ただ、心変わりもあるだろう。残りたい者がいれば世話をしてやってくれ。俺に遠慮はいらぬ」
「分かった。でも、皆で決めたというのがいいじゃないか」
うまく行かなくても自分が決めたことなら納得もいく……俺はそういうものだと思う。
だからファリードたちの決断を応援するのみだ。
「そういえば、あの者らはどうなったのだ? ごちゃ混ぜ里に残ることになった2人だ」
「ハサンとジャミルか。ハサンはヌー人の隊商に加わって働いてるぞ」
ごちゃ混ぜ里に残ることを選んだ2人の鬼人のうち、意外なことにノロマのハサンのほうが先に新たな生き方を見つけたようだ。
ヌー人のノーマン率いる隊商に加わり活躍している。
鬼人の腕力で荷を担ぐだけでなく、夜目も利くし人柄も大人しい。
何度かノーマンとヤギ人の里まで往復しているうちに気に入られたようで、ノーマンに誘われる形で隊商に加わったのだ。
ヌー人たちからも大事にされているようでハサンも喜んでいるし、輸送量が増えれば俺たちもうれしい。
皆が喜ぶ仕事と巡りあうのは幸せなことだろう。
「そうか、あのハサンがな。巡り合わせとはあるものだな」
ファリードは感心し、何度も頷いている。
ハサンが前に進む姿は他の鬼人を勇気づけることだろう。
「ジャミルはどうだ?」
「ああ、今は海辺の入り江の里にいるはずだ。いろいろやってるみたいだな」
順風満帆なスタートを切ったハサンとは違い、ジャミルはやや迷走している。
別に悪いことをしたとか、誰かに迷惑をかけたとかでもないのだが……なんというか、しっくりくる仕事が見つからないそうだ。
気ばたらきが得意なジャミルは物覚えがよいのだが、鬼人ゆえに手先が不器用だ。
結果として「何をやってもしっくりこない」という事になりがちらしい。
体が大きいが極端な鳥目がたたり、隊商にも向かないそうだ。
「今はカワウソ人と魚を獲ってるみたいだが、どうだろうな……?」
これを聞いたファリードは「うーん」と唸る。
なんともいえない複雑な表情だ。
「……不思議なものだ。器用者に仕事が見つからず、不器用者が請われて働くとはな」
「まあ、そんなものかもな。鬼人の寿命は長いわけだし、ゆっくりやればいいさ」
別に一生おなじ仕事をせねばならぬ決まりはない。
長い目でみれば物覚えがよく長命種のジャミルは様々なことができるように……なるかもしれない。
「それはそれで安心するな。2人とも上手くやられてはこちらの気が急いてしまう」
「はは、確かにな」
なかなか正直な言葉に笑ってしまう。
ファリードも色々と不安なのだ。
「情けなかろう? 俺は怖いのだ。旅の先に何も見つけられなければ皆で野垂れ死にだ。それがたまらなく怖い」
種族の命運をかけて仲間を率いて新天地を目指すのだ。
不安がないというなら、それは嘘だと思う。
「分かるよ。俺も旅では不安だった。うまくいったから威張ってるけど、当時は先のことを考えるのが怖くてたまらなかった」
「オマエほどの戦士でもか」
ファリードが驚きを見せるが、それは過大評価だ。
どうも鬼人ってやつは、腕力で勝つと無条件で尊敬の対象になってしまう。
「まあ、無理することはないさ。ファリードたちも、うまく行かなかったら戻ってきて仕切り直す手もあるしな」
すっかり話し込んでいると、籠を背負った鬼人が戻ってきた。
どうやら漁に出ていたようでナマズのような魚を取り出している。
「お、漁からもどったな」
「ああ、漁果もあったようだ。せっかくだ、食事を振る舞わせてくれ」
俺が「いただこう」と応じるとファリードは無邪気に喜んだ。
鬼人にとって食事を分けることは親愛を示す行動なのである。
そして、狩猟や採集に出ていた者も戻り、食事となった。
彼らの自作であろう、分厚く歪な土鍋を使った汁物……魚も鳥も野草もぶちこまれたごった煮だ。
(なんというか、懐かしい味だな)
決してうまい物ではない。
だが、鬼人が作る料理は故郷を思い出させる味だった。
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エルフの里跡
しばらく放置されていたため、森と区別がつかないような状態になっていた。
だが、やはり大木などは育っておらず、開拓は容易だったようだ。
長年にわたるワイルドエルフの活動のお陰で周囲には果樹が豊富で、それを狙って小型の鳥獣も多い。
鬼人たちが開拓の練習をするにはピッタリの場所だ。




