102話 やらかし
今年の夏は暑く、長かった。
溜め池の地区では影響が少なかったが、他ではものなりが悪かったようだ。
日照りというものは多くても少なくても悪影響がでる。
人の手でコントロールできないだけに恨めしい。
「助かったぞ、ヘラルド。溜め池地区のお陰で飢えなくてすむ。これは大手柄だな」
「いえ、里長や先生が溜め池を造ってくれたお陰ですよ」
イヌ人のヘラルドは謙遜しつつも尻尾をちぎれんばかりに振り回した。
こう見えて彼は地区の取りまとめをしている。
俺は今日、溜め池地区でヘラルドの報告を受けていたのだ。
「なにか問題はあるか?遠慮して変に隠すなよ?」
「いえ、特に……そういえば新入りのキツネ人が鶏舎で盗みを働きましたので、前例通りに悪さをした腕を折って追い出しました」
里の広がりと共に、全てを俺が把握するのは不可能になった。
そこで最近ではこうして各所の長に細かな判断は任せているのだ。
「ふうん、キツネ人か。食いつめ者か?」
「はい。ですが食事と寝床は与えてましたし、癖のようなモノでしょうね。はじめは注意したんですが、2度は目こぼしできません」
この対応はごちゃ混ぜ里の通例だから問題はない。
種族によっては『個人の所有』という概念が薄い者もいる。
1度は警告、続けて2度は追放だ。
「まったく、キツネ人ってのは油断ならないもんで――」
「おいおい、キツネ人が悪いんじゃなくて、悪いのは泥棒だぞ」
俺にたしなめられたヘラルドは片耳を伏せ、しゅんとしてしまった。
キツネ人は知恵が回るが、小ズルいところがあり勤勉な気質ではない。
まじめなイヌ人とは相性がよくないようだ。
「こら、そんなことでしょげてどうする。溜め池地区では人がどんどん増えてるんだろ?落ち込むヒマなんてないぞ」
そう、溜め池地区ではどんどん新入りが開墾し、たくさんの子供が産まれている。
取りまとめのヘラルドにはしっかりしてもらわねば困るのだ。
「もう100人は超えたろ? 溜め池の里だな」
「いえ、ごちゃ混ぜ里の一部です」
現在、溜め池地区は急拡大の真っ最中だ。
ヘラルドの元で皆が懸命に働き、農作物の実りがずば抜けて多いのが特徴だ。
「ここをヘラルドに任せてよかった。周辺の里も頼りにしているはずだ。頑張れよ」
「おや、もうお帰りですか?」
ヘラルドが意外そうな顔を見せたが、長居する理由もない。
(俺がいるとヘラルドの邪魔になるだろうしな)
なぜかは分からないが、俺が視察してまわるとイヌ人が集まってくるのだ。
あまり仕事の邪魔はしたくない。
「はは、ヘラルドがいるうちは俺の出番なんかないさ。じゃあ、またな。ピーターの祝いには顔をだしてくれよ」
「あ、少しだけ待ってください。里長がくると聞いて家内がパンを焼いてましてね。よかったら持っていってください」
ヘラルドは「おうい、パンを包んでくれ」と少し離れたイヌ人の女性に声をかけた。
「すまんな、逆に世話をかけた」
「そんなことありませんよ、パンはブナの実にとれた穀物を挽いて混ぜ合わせました。嵩が増えて味もよく、皆が喜んでます」
どうやら新しい製法のパンのようだ。
ほどなくしてヘラルドの奥さんが手さげ籠に山盛りのパンを持ってきてくれた。
「これはうまそうだな。皆に分けてやりたいが、帰るまで残っているかな?」
俺が少し大げさに喜ぶと、ヘラルド夫妻はそろって尻尾を振り回した。
名残惜しそうにするヘラルド夫妻に別れを告げ、ごちゃ混ぜ里に向かう。
溜め池地区とごちゃ混ぜ里を結ぶ道は広く踏み固められており、歩きやすい。
道にかかる枝もキレイに払われており快適だ。
道端には名前も知らない秋の花が点々と咲いており、目にも楽しい。
1つ、パンを取り出してかじる。
練り込んだ穀物の働きだろうか、皮がパリパリと香ばしく実にうまい。
(こんな道なら散歩も悪くないよな)
なんとなく見渡せば、森も変化をしているようだ。
俺たちが勝手に作り変えた部分もあるし、森が俺たちに気を使って変わってくれたところもある。
例えば、ヤガーのような猛獣は周辺に現れなくなった。
パコの餌場になるような草むらが増えた。
いつもキノコが生える倒木や、ハチが巣を作る場所もできた。
(土地神が俺たちを受け入れてくれたのかもしれないな……そうなると神殿に祀らねばならないが、森の神とはどのような姿なのだろう?)
ぼんやりと考えごとをしながら歩いていると、いつの間にか里に戻ってきた。
「お、にぎやかだな。隊商が来てるのか?」
「カカッ」
巡回していたホネイチに声をかけて門を潜ると、広場は大騒ぎになっていた。
隊商が来たにしては様子がおかしいが、悪い雰囲気ではない。
「悪いな、ちょっと通してくれよ」
俺に気がついた周囲が道を譲ってくれた。
見ればヤギ人たちが到着したようだ。
数人の男衆と若い女が2人。
おそらく片方がピーターの妻、片方が介添えなのだろう。
「やあ、ベン。早かったな」
「いやいやベルクさん、ずいぶん待たせてしまったろう?」
ヤギ人を率いていたのは顔見知りのベンだ。
なかなか骨っぽい好漢である。
「ちょうどよかった。パンでも食うか?」
「それはありがたいが、先にこの娘らを紹介させてくれ、ラナとミアだ。姉妹でね、姉がラナで妹がミアだ」
俺は紹介された娘らに向き合い「よろしく」と声をかけ、パンを手渡した。
双方ともピーターと同年代の若いヤギ人だ。
(姉はピーターより、やや上かな? だとすれば、お相手は姉のほうか?)
長命種の俺から見て、短命種は年齢が分かりづらいが、どちらかといえば姉のラナのほうが年は近く感じる。
2人ともやせているがヤギ人の織物で着飾っており、よく手入れされた白い髪が艶やかに輝いている。
なかなかの器量よしだろう。
「よろしく、ラナさんのほうが花嫁かな?ピーターを頼むよ」
俺が声をかけると、ラナは細長い瞳の目を驚いたように大きく開いた。
対照的にミアはややうつ向いてしまう。
(あれ、やらかしたかな?)
ミアのしゅんとした雰囲気を察し、俺はやや動揺した。
どうやら妹が花嫁だったようだ。
「ああ、すまん。花嫁はミアさんだったか。こういうのには慣れてなくてな、いや、実にピーターに似合いじゃないか」
ごまかしたつもりだったが、様子がおかしい。
ラナとミアは顔を見合わせて不安げな表情を見せた。
「あー、違うんだよベルクさん。2人とも花嫁なんだ。これは始めにいわなかった俺が悪いな」
このベンの言葉には驚いた。
「なんだって!? 花婿は1人だけだぞ?」
「それは知ってるが、あれほどの結納を頂戴してはな。なにせヤギ人の里では見たこともない財物ばかりだ。感謝のしようもない」
俺はあんぐりと口を開けてしまった。
どうやら、俺が届けた祝いの品が過分……というより2人分になってしまったらしい。
(ええ……? これは、やらかしたか?)
俺の口は大きな蛾が入るまで開けっ放しであった。
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結納
婚家同士が『結びつく』ために贈り物を『納める』こと。
多種多様な種族が暮らす大森林の風習はさまざまだが、大抵は婿や嫁を迎える側が出すことが多いようだ。
しかし、なんでも相場はあるもので、今回のベルクのように出しすぎるのもよくない。




