~クリスマスに乾杯~
第八話 幸せな時間
あれから、七瀬と俺の関係はあまり変わっていない。
相変わらず俺は七瀬の調子合わせるし、七瀬は悪戯に俺をからかう。
ただ、ほんの少しだけど、俺は自分に自信がついた。七瀬に愛されることを心地よく感じる。
いつか俺が元の時代に帰る時には、その時は七瀬を連れて行こう。
芸能界というところは、想像していたよりも厳しい。
ちやほやされて、お金がもらえる楽な仕事だと思っていたじぶんが恥ずかしい。本来人前にでるよりも、裏方で人を輝かせることに幸せを感じる俺には、全く向いていない。上下関係は部活の比じゃないし、子供だろうが、プロの役者には人を惹きつけるだけの理由がある。持って産まれた才能と、努力し続ける根気、そしてチャンスを掴む俊敏さを兼ね備えた者が限られた舞台の中でひしめき合う。
今はドラマの撮影に新人として挑んでいる。自分を宙から見ていて、夢の中で漂っている実体のない
感覚。とにかく忙しい日々だが、自分のここにいる理由を見失う事は決してなかった。
「森プロのバックには近藤組がいる。普段決して前に出ることはないから、真上と直接繋がりを持っているのか、その接点が見えないの。晃はキーパーソンを特定して。今回の晃の出演するドラマのスポンサーは、近藤組の傘下の企業だという情報があるの。表の顔はもちろん普通の企業よ。ドラマの脚本は水原直子、演出は吉田直樹、プロデューサーは佐藤健吾。その三人の行動を観察して欲しいの。なかなか会う機会はないと思うわ。オールアップの打ち上げにはスポンサーの会長も顔を出すはずよ。私も潜入したいところだけど、沢山の知り合いがいるから難しいわ。」
三か月が過ぎた。秋に始まった撮影は終板を迎え、クリスマス前の21日に打ち上げパーティが行われる。
その前日、俺は七瀬と新しいスーツを買いに神戸に来ていた。久しぶりのデートだった。
新人俳優として雑誌やテレビで少しだが知られてきた俺は、東京では目立つようになっていた。七瀬と一緒に歩くことは、スキャンダルとして事務所との契約に反する。七瀬は何処を歩いても誰もが振り返る容貌なので、逆に誰も俺に見向きもしないかもしれない。まぁ神戸なら、サングラスとマスクで何とか気づかれないだろう。
実は七瀬にサプライズで、指輪を買っていた。クリスマスプレゼントに、今日渡すつもりでいる。
三か月の間、東京と京都を新幹線で往復する日々、マンションの掃除や料理は、プロに任せるようになっていた。初めからそうすれば良かったのに、とは言えない。七瀬と過ごせた時間は、何にも代えがたい。
「ねえ、アルマーニはベタ過ぎない?」
七瀬が呆れ顔でいう。ずっとファンだった氷室が愛用しているというアルマーニに憧れがあったことは、言いたくない。
買い物を終え、北野坂のビストロへ向かう。一軒家のフレンチで、完全予約制。ここなら、二人でゆっくり食事ができる。
「デザート、何かな?ね、晃、ここんとこに、ソース付いてる。子供みたいね。」
嬉しそうに笑う七瀬を見ていると、ここに来れたこと、この時代に七瀬といられることが幻のように感じる
。まだ17歳の俺は、自分の年齢がもどかしい。七瀬を守れるように、少しでも大人に近づきたい。
「メリークリスマス!」
気の早いトナカイを呼んでおいた。可愛い着ぐるみのトナカイは、俺に小さな箱を手渡した。
ビストロに流れていたクラッシックが、長渕の「乾杯」に変わる。氷室の「KISS ME」と悩んだが、一番好きなこの曲にした。
「ぷ、ぷ、ぷはー!!」
「無理無理無理!!もう、このタイミングでなんで笑わすかな?」
「乾杯って!!もう、最高じゃん!」
言わんこっちゃない、というビストロスタッフの視線をひしひしと感じながら、抱きつく七瀬の頭を撫でた。
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駆け出しですが、長くやっていきたいと思っています。よろしくお願い致します。