~美人すぎる芸子に俺は恋をした~
第七話 鴨川
契約書にサインをして、俺は森プロ俳優の仲間入りを果たした。
とはいえ、1986年に戻れたら、何事も無かったことになる。何だか変な感じだ。
今起きていることは、過去に反映されないだろうな。いや、別に森プロに未練があるとかじゃない、なんだか不思議な気分なだけだ。
志乃さんは、俺の履歴書を送る際、家族の欄に祖母と書いた。
住所や名前、電話番号などは全て七瀬のコネクションで準備されたものだった。
何より重要だったのは、祖母の資産。
詐欺師サイドは、家族欄で面接合格者を決定している。被害者像としては、二人家族で、独居老人が格好のカモだ。そこから、家族の資産状況などを徹底的に調べ上げ、現金が調達できる者を選び出す。
七瀬と志乃さんは、そこまで分かった上で、俺を面接へ向かわせた。
書類審査をこの条件で通過した俺に次に求められるのは、質疑応答の際に、家族との信頼関係があるか。そして詐欺師側に、疑問を持ち詮索をしないか。その二点。志乃さんの指示に従いさえすれば、通って当然の面接だったという訳だ。
従順で親族は二人きり、関係は良好で、資産もある。これを探すためのオーディション。
森プロに所属している俳優はそのように詐欺にあい、それでも森プロ所属を選んだ者たち、ということなのだろうか?
まさかな。
そうだ、あの最終選考で落ちた山口という男はどうなったんだろう。次回の面接で最終選考から参加と指示されていたな。
まさか次も同じような演技を強いられるのだろうか?
自分が詐欺の片棒を担いだと、気づいているのだろうか?
疑問に思ったところで、おれと連絡もとる手段がないんだ。何も分かるわけない。
荷物を取り上げていたのには、外部と連絡を取らないだけでなく、連絡先交換をさせない目的もあったのだろう。大胆な詐欺のシナリオだ。
俺の森プロのマネージャーは、中年のおじさんだった。なかなかやり手らしく、一昨年のカンヌ映画祭で受賞した俳優の元マネージャーだという。詐欺同然で契約し所属することになった割に、扱いは良い。もしかすると、だから被害届が出ないのか?
いや、そもそもこれは詐欺にはならない。法律に詳しい訳ではないが、詐欺は確か欺かれたことによって、金銭やそれに準ずるものを不当に搾取されるとかで成立するはずだ。
あの場で自分の意志で契約書にサインし、対価として俳優の道を得た俺や祖母役の志乃さんは、詐欺にはあっていない。はじめこそ欺かれたものの、森プロの申し出を保留にしかけた時に、全額返金し白紙に戻す。という話になった。後で不正を申立てられる筋合いは無い。
裏口入学の斡旋と同じ理屈だが、そもそも教育施設でないため、不正ではない。芸能事務所は会社と同じだ。どんな契約で入ろうと、両者の同意がある限り、何の不都合もない。
そうか。
晃は不思議に思った。七瀬は、志乃さんは、詐欺の真相を追っている。Kは森プロではないのか?
面接会場として使っていた四条センタープラザを所有している近藤組は何か関係があるのか。
「ただいま!晃、お風呂!」
「湧いてるよ。」
「ビールキンキンに冷えてる?」
「もちろん。」
いつものやりとりにホッとする。
面接で緊張していたのもあり、食欲もなく、睡眠も不十分だった。
「ね、今日デートしよ!私が準備できるまでに、晃も着替えて待ってて。」
七瀬はなぜだか上機嫌だ。俺も、外の風にあたりたい気分だった。
「分かった。」
二度目のデートは普通のデートならいいな。
普通のデート、と考えて顔が真っ赤になる。
七瀬のペースに流されて、いつの間にか、自分を七瀬の彼氏だと認定していた。
「普通のデートって何すんだよ。」自分で突っ込みをいれて、少し笑った。
今日は少し風が強い。鴨川の河川敷を歩きながら、肌寒さを感じる。
ここいらは、七瀬の庭だ。
花街から歩いて数分のところにある鴨川は、酔いを冷ますのに丁度よい散歩道だ。
俺も住んでいるとはいえ、こんなところを散歩することは無い。1986年にいた時も、経験は無い。
鴨川河川敷と言えば、夜は恋人しか足を踏み入れてはいけない場所。という決まりはないが、ともかくそういう場所だ。
七瀬は、旦那衆と付き合いでこんなところを歩いたりすることがあるのだろうか?
舞妓芸子は、時間制で置屋を通してお茶屋に呼ばれ、予約時刻に終わり。次の席へ向かうか、帰宅する。午前中は舞や芸の練習に費やすため、忙しい。それに贔屓客とお茶席以外で会うなんていう事は実際問題無いのだが、特に贔屓筋の旦那衆とは、アフターといわれるお茶席のあとの空いた時間にお付き合いをする者もいる。
七瀬は引っ張りだこの人気芸子であり、忙しいことは間違いないが、情報を集めるために予定より遅くに帰宅する時などは、そういう事もあるのかもしれない。と、晃は思った。
嫉妬、している。
七瀬と歩いていて、初めてその感情に気が付く。
一目ぼれしたと言われて、戸惑いながら一緒に過ごしてきた。
いつの間に。
いつの間に、こんなに好きになっていたんだろう。
はっとして立ち止まる。
「あのね、私、
何か言いかけた言葉を、晃の唇がふさぐ。
二人の時間が動き出した。
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