~予期された真相~
第六話 契約
部屋を出ると、さっきの担当者が立っている。
「お疲れ様でした。これから本部で審査を行います。結果が出るまではこの家から出ないように。お荷物はこちらで預かります。リビングにご案内しますので、そちらで待機していて下さい。」
リビングにはテーブルに飲み物とお菓子が置かれていた。
先ほどの演技におばあちゃんがリアルに登場したことには誰も言及しない。まぁ、おばあちゃんは志乃さんだ。俺は計画通りに動いてるから疑問は無いが、横にいる男はさぞかし不思議に思っているだろう。
担当者が出ていくと、男が沈黙をやぶる。
「あの、俺、山内啓太といいます。」
「あ、どうも。秋吉晃です。」
「お疲れ様でした。演技、お上手ですね。劇団とか所属されていました?」
「まさか。オーディションもこれが初めてです。」
「そうですか。泣きの演技、すばらしかったです。ところで、先ほどのお電話の相手は前もって決まっていた役者さんですか?」
「いえ、実の祖母です。そう台本に指示がありましたから。」
「そうなんですか!おばあ様もあらかじめ演技の練習とかなさったんですね。協力的でいいですね。」
そうか。そう思うのも無理はないな。まさか本当に金銭を要求する役目を自分が負わされたなんて、思うわけがない。面接の最中に。
「いや、祖母は何もしらず電話を受けました。俺が説明しない限り、電話で指示された通りお金を工面している頃だと思う。」
「まさか!」
「でも、電話もさっきの担当者が荷物と一緒にどこかに持って行ったし、演技だったって伝える手段がない。」
「そうですか。驚きました。森プロはやはり違いますね!最初の説明で、演技中の電話の相手の行動も審査の基準だとか言ってましたよね。秋吉さんのおばあ様が私たちの演技を本物だと思って、お金を準備していたら、合格点をもらえる、という具合なんじゃないかな。いや、さすが、森プロの演技力を追及する姿勢には本当に驚かされまね!」
興奮気味に話す様子は、自分が詐欺の片棒を担がされたなんて微塵も思っていない様子だった。
大手芸能事務所のオーディションが、まさか、詐欺の現場だなんて。
それからしばらく山口はそわそわと歩いたり、首をかしげたりしていたが、生来の多弁な気質を我慢できなくなったのだろう。自身の自慢の混じった経歴や、芝居に対する情熱の話をたっぷりと聞かされ、俺は正直うんざりしていた。こいつが万が一有名な役者になったとしても、出演作品は決して見るものか。
二時間は経過しただろうか。この部屋には時計がないため、だいたいの体感だ。
足音がしたかと思うと、先ほどの担当者が入ってきた。
「秋吉晃さん、合格です。このまま事務所まで来ていただき、今後の契約などのお話をさせて頂きます。山口啓太さん、今回は残念ながら、選考から外れてしまいました。ただ、上の者から今後に期待ができるという判断で、三か月後にある別件のオーディションに最終審査から参加して頂きたいというお話があります。もしご興味があるようでしたら、このまま残ってここで詳しい説明をさせて頂きます。」
山口は、一旦はうなだれたものの、希望に満ちた瞳で深く頷いた。
俺は、そのまま来た時と同じ車に乗せられて、また30分ほど移動させられた。
志乃さんに言われた言葉を思い出す。
『いいか、普通なら、どうするか?それを忘れるな。今聞いたことは一旦頭から外して、クリアな状態で流れにまかせるんじゃ。不審がられたら、そこで終わり、真実には辿りつけん。これが一度きりのチャンスだと忘れるな。』
同乗していたのは先ほどの担当者とは違う男だった。 案内されるまま事務所のあるというビルにに入る。特に森プロという外看板は無い
古いビルのせいか、薄暗い廊下を進み、(森プロダクション)と簡易なプラカートが掲げてある部屋に入る。
「秋吉晃さん、ですね。素晴らしい演技でした。ぜひうちのプロダクションに所属して頂き、まずはうちのドラマでデビューしていただきます。契約書を読んで頂いて、サインをして頂きたい。」
「ありがとうございます。あの、ひとつ質問させて頂いてもよろしいですか?先ほどの面接の演技でうちの祖母に連絡をとったのですが、祖母にはその後事務所から連絡をして頂いていますか?僕から、面接の一環だったと説明したほうが良ければ、契約の前にそうさせて頂きたいのですが。」
男の表情が微妙に動く。
「その件ですが、こちらでおばあ様には説明させて頂いております。当事務所との契約金として、先ほどの全額お預かり致しました。この点につきましては、おばあ様にもご承諾を頂いています。それを踏まえたうえで、この契約書にサインを、という次第です。」
「どういうことですか?ちょっと理解しかねるのですが。」
「そのままの、意味です。先ほどおばあ様のご自宅に伺い、事情を説明させて頂いた上で、契約金をお預かりしています。」
ここで、普通の神経の人間なら、どのような反応をするだろう?すぐに分かりました、じゃ不自然だ。
「祖母に確認をとらせて下さい。事務所に入る為にそんな大金が必要だなんて、聞いていません。祖母と話した上で、少し考える時間を下さい。」
喉から手が出る程欲しい位置。輝かしい俳優としての道を約束されたことを一旦受け入れた人間が、簡単に諦められる訳はない。考える時間を、というのが普通だ。晃は上手く感情移入して設定通りに演じられているだろう、と我ながら感心した。
「祖母に直接会って話をしてきます。お返事は後日、ということでお願いできませんか。」
「そうですか、残念ですが、こちらはより意欲のある人物を求めています。今回はご縁がなかった、ということで処理させて頂きます。おばあ様に先ほど預かった契約金は返金させて頂き、白紙に戻すということになります。残念です。当事務所でお仕事をしていただくと、実力次第で二年もあれば、契約金以上のリリースが見込まれます。おばあ様にそこから返済されても、遅くはないのでは?」
晃は上を向いて黙った。あまりにも志乃さんに聞いていた通りの対応に、少しばかり笑みが漏れそうだったからだ。相手にはその様子は、いかにも自然に考えているように見えたことだろう。
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