~オレオレ詐欺、実演~
第五話 面接
「はい。秋吉晃、です。」
入ってきた担当者に呼ばれ、椅子から立ち上がる。今回はこの待機室には俺一人しかいない。二次試験合格者が一人な訳がないから、受験者同士を合わせないため時間差にしてあるのだろう。
「今回はより実践的な演技の実力を問う試験です。シナリオはもちろん覚えて頂きますが、一字一句間違わず、ということではなく、いかに感情を込めて演技をされるか、という点が評価されます。30分後に会場に移動して頂きますので、それまでにご準備下さい。」
今日も例のカフスを身に着けている。志乃さんと七瀬は予想どおりだと頷いているだろう。
俺はシナリオに目を通し、それを出来るだけ正確に演技できるように暗記した。事前の志乃さんの訓練のおかげでテンパることなく演技できる自信もあり、これからの自分の事について思いを馳せていた。
もしこちらの思惑通りに事が進んだとしたら、Kの幹部と対峙することになる。その正体が何であれ、七瀬を守ることが自分の使命だ。七瀬には守りたい何かがある。俺は七瀬を守りたい。
「移動のご準備は出来ましたか。外に車を準備してあります。お忘れ物なきよう、ついてきてください。」
誘導されるまま、ビルの前に停まっていたワゴン車に乗り込む。車のナンバーを担当者に分からないようにメモした。カーテンで外は全く見えなくなっていた。
30分ほど経つ。まだ車は止まる気配をみせない。離れた場所へ向かっているか、離れた場所だと思わせているのか。
「着きました。」
そこはどこにでもありそうな普通の一軒家で、表札に名前は無い。玄関から右手の部屋へ通される。部屋にはシンプルな応接セット。
一人の男がいる。
手に台本を持っているところを見ると、この人もこの面接の受験者ということか。注意深く見ると、壁の隅にある観葉植物の葉の間にカメラのようなものが見えた。
「これから演技審査にはいります。演技は二人一組で行っていただきます。この部屋にはカメラが二台あります。より自然な演技をしてもらうために、別室にて映像をみながら、審査させて頂きます。シナリオはここでお預かりします。ここでお断りさせていただきますが、台本に出てくる電話は、ご自身の携帯電話から指示にある相手に、実際にかけて頂きます。電話のお相手の行動は、俳優であるあなた方の演技力を問う大きな要因です。心して挑んでいただきますよう。」
相手役の男はこの時点で目を見張った。演技に電話の相手が参入すること、そしてその相手の対応が審査に影響すること。もちろん俺の演技も同じだ。こちらにちらりと目をやり、不安げな表情を浮かべた。
そんな様子はもろともせず、担当者は畳み掛ける。
「審査に移ります。私は部屋の前で待機しています。演技を終えたら、そのまま電話を切って出てきて下さい。」
担当者が出ていき、俺と相手役の男が残された。目でお互いの準備が整ったのを確認し、携帯電話を手に取る。
シナリオにある通り、俺は《育ての親である祖母》に電話をかけた。
『もしもし、俺。おばあちゃん?』
『あら、晃?どうしたの、久しぶりね。元気だった?』
『うん、ぼちぼち。』
『どうしたの?元気がないみたいだけど?』
『いや、やっぱりいいや。』
『何がいいの?何かあった?』
『う、う、う、』
『泣いてるの?晃?おばあちゃんに話してごらん。』
『ご、ごめん、おばあちゃん。俺、俺』
『会社をくびになる。告訴されるから、しばらく拘束されることになる。』
『え?何がどうしたの?くび??告訴?』
『う、う、会社から預かったお金を、増やそうと思って。だけど、騙されて。つい、欲をだしちゃったんだ。少しなら、分からないって。』
『あんた、まさか!会社のお金を使ってしまったのかい?』
『一ヶ月預けるだけで、一割の利息がもらえて元本は保証されるって。利息でおばあちゃんと温泉に行きたいって思ったんだ。今まで何もしてあげられてないから。』
『あ、す、すいません。もう行きます。はい。あ、はい。』
『だれか傍にいるのかい?』
『お電話変わりました。部長の佐々木といいます。秋吉くんは預けた会社の旅行積立金580万円を横領したことが先ほど分かりまして。まだ上には報告をあげていませんが、これから適切な措置をとらせて頂き、弁済して頂けない場合は訴訟を行います。』
『そ、そんな。待ってください。私がそのお金を建て替えます。どうか、今回のことは内々におさめて頂けませんか?』
『私といたしましても、部下の不祥事でただでは済まないと覚悟を決めていたところです。秋吉くんは真面目で成績も部内でも一、二を争うほどの男です。こんなことで一生を棒にふるなんて、くやしい限りだと思っていました。おばあ様に立て替えていただけるのでしたら、この件は内々に処理をさせて頂きたいと。』
『ただ、積立金の集金がもう数時間後に迫っています。今すぐ、全額ご用意頂けますか?』
『はい。すぐに銀行へ行って手続きしてきます。あとはどうしたら?』
『一時間後に、お宅まで私が取りにいきます。秋吉君にはその間にしてもらわなければならない仕事がありますので。はい。はい。住所は分かりました。』
すみやかにメモをとる姿は、まさか演技だとは思えない。この男は本当に俳優の才能がある。
晃は自分の番でないのを良いことに、相手の演技に見入っていた。
『おばあちゃん、ありがとう。うん。うん。おれは大丈夫。ごめんね、本当にごめんね。』
電話を切ると、ほっと息をつく。
志乃さんは、女優みたいだ。あんな上品で優しげな話し方ができたのか。
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