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京都時越え物語  作者: ちょもらんま★
2/9

~美人すぎる芸子に翻弄される俺、芸能界を目指す?~

第二話 謎に迫る


 ここに来て、もう一週間になる。相も変わらず自分の状況は見えないが、ここの生活も悪くはない。


晃は、広いリビングの窓を拭きながら、舌をコンコンと鳴らした。どちらかというと機嫌よく集中しているときの癖だ。


「よし、綺麗になった。」

掃除は得意だ。雑な性格に似あわず綺麗好きで、光るべきものが光っているのを見ると嬉しくなる。


七瀬は少し前にお茶屋へと向かった。祇園の花街で、置屋ではなく自宅から直接茶屋へ呼ばれる稀有な存在。それが七瀬、いや、なな葉という芸子だ。


普通は見習いを経て舞妓となり、五年は修業期間を経て芸子となる。舞妓の間は芸を磨く身であるため、給料は出ない。衣装や食費などすべての出費は在籍する置屋が肩代わりし、出世払いとなる。芸子になって晴れて給金を得るようになると、そこから返済していくわけだが、その年季があけると自前芸子となる者と、そのまま置屋で働くものがいる。自前芸子はいわばフリーランスであり、自分の衣装や諸々の出費がかさむ為よほどの売れっ子でない限り成立しない。ほとんどの芸子は置屋に所属して奉公している。なな葉は特別だった。


七瀬は父母を小さな頃に亡くし、祖父母に育てられた。

祖母は祇園で語り継がれる名芸子であった。晩年、芸子引退後は小さな小料理屋を営んでいた。

祖母の芸名はなな葉。花街の芸名は、普通置屋の一文字をとり、おおよそ決まった名前を代々受け継ぐ風習があるが、稀に見る逸材の芸子の名前は、野球の永久欠番と同じ意味合いに、受け継ぐ者はいない。


七瀬がなな葉となったのは、約半年前のことだった。

置屋に突如現れたな七瀬は、なな葉を名乗り、女将を驚かせた。美しい風貌は無論のこと、所作に気品があふれていた。そして、以前女将が世話をし、この置屋名代の出世頭であった「なな葉」を名乗る。只者ではない様子に何故か懐かしさを感じた。


半年を待つことなく、なな葉は自前芸子となり、今の部屋で暮らしはじめた。


謎に包まれたなな葉を一目見ようと、なな葉を呼ぶ宴席は途切れなかった。芸子として必要なもの全てを、なな葉は持ち合わせていた。その美しさは言うまでもなく、幼少より日本舞踊、剣道、琴に三味線、茶の湯にも親しみ、なにより利口だった。堅苦しい政治の話だけではなく、広い視野を持つなな葉のところへ、各界の著名人が足しげく通った。


 晃は、掃除を一通り終わらせると、七瀬がいつでも食べられるように、野菜中心のおばんざいを数種類作っていた。もともと手先が器用な晃は、料理も初めこそ拙かったものの、レシピ本を見ながらなら、どんなものも手際よく作り、仕込みの手間も惜しまない。


 今の晃の仕事は、主婦兼、なな葉の世話役。


 七瀬に拾われなければ、この時代に晃の居場所は何処にもなかっただろう。パジャマに裸足、財布どころか身分証明書もなかったわけだし、タイムスリップしてしまいましたでは不審者で留置所に一泊お世話になった後にホームレスが関の山だ。


 どういう偶然か?晃は芸子の衣装やかつらの手入れはお手の物だった。


晃の父親は伝統を重んじる髪結い師(おもに舞妓の髪を結う職)だった。

 母親も働いていた為、晃は幼少から舞妓の支度どころである置屋に預けられることも多く、髪結いを身近に見ていた。

 見よう見まねで髪結いをほどこし、その腕前は周囲の大人を驚かせた。芸子の道具のしまつや手入れを手伝うのは晃の日常に組み込まれていた。


 中学校に入る頃から父親に反発し不良グループとつるむようになった。髪結いを古めかしい仕事だと馬鹿にするようになり、自分は父親を越えるお洒落な美容師になると決めていた。


「なんか俺、ヒモの才能あんじゃん?美容師目指すのやめて、ホストにでもなるか?」なな葉の仕事道具を手入れしながら、つまらない冗談をつぶやく。晃を知る友人にでも聞かれたら、女は苦手なくせに!!と爆笑されるだろう。


玄関が勢いよく空き、なな葉、いや七瀬が着物をはだけさせながら、リビングに到着した。


「お前!!まじでやめろ!!」


 目のやり場に困り、耳まで真っ赤な顔をそむけるさまは、七瀬をいつも笑わせた。


「ちゃんと掛けといてねっ」

 色白の背中から首をかしげ目くばせする仕草を見逃す馬鹿は、晃くらいだろう。


 シャワーの音が勢いよく聞こえだすと、晃は脱ぎ捨てられた衣装を丁寧に拾い集めながら、小さく息を吸い込んだ。晃も17歳の男であって、健全な部分と精神とが必ずしも一致しなかった。


「晃、ビール!!」

 

 風呂上がりのいつもの要求に素早く答える様子は、名執事といったところか。自分は麦茶を飲みながら、七瀬のいるソファーには座らず、少し離れた椅子に浅く腰掛けた。


「いい加減、教えてくれてもいいんじゃないか?俺がなんでこの時代に来たのか?何か知ってるはずだろ?」


 この生活には慣れてきたものの、訳が分からない状況は、ここが1995年の京都だということ以外は何一つ変わっていなかった。晃のいた1986年から9年後の未来だ。


 タイムスリップなんてもんは普通何百年も前や後に行くもんじゃねぇの?と思ったが、口には出さなかった。

 七瀬は優しく微笑むと「そうね、まだ、かな。」と呟いた。


「おやすみ。」 「おやすみ。」


 七瀬の少し疲れた様子が気にかかった。最近、七瀬はお茶席の忙しさとは別の何かを抱えているようだと、晃は思っていた。最近というより、はじめから、だったかもしれない。とにかく、秘密のなにかがある。


 それが何であれ、自分には関係のないことだ、と言い聞かせてきたのだが。七瀬の秘密と自分の状況に何か関連があるはずだ、とついに思いなおした。


 七瀬が眠りについてから、晃は七瀬の手帳を鏡台からこっそり持ち出した。ここに手帳が入っていることは前から気付いていたが、覗き見するようないやらしい真似は嫌いだった。


「ごめん!」心でつぶやきながら、ページをめくる。


 お茶席の予定がビッシリと隙間なく埋め尽くされているタイムスケジュールの中に、Kというアルファベットを見つけた。非常に分かりにくいが、不定期にKというものに費やす時間がある。


「これだ。」

 

 普通なら、Kという頭文字の男とデートの予定があるのだろうと思うのだろうが、晃はそうではないと直感で感じていた。何かあるはずだ。次にKとある日時を暗記すると、手帳を元の鏡台へ戻した。


 空が何とも言えない紫と黄色をまだらに混ぜたような、危うい色に染まっている。今にも飲み込まれそうな濃い色彩に夜の入り口を感じる。これがマジックアワーってやつか。

 

 武骨なコンクリートむきだしの外階段を上がると、古い喫茶店がある。七瀬はカウンターの右端にいた。間もなくして隣に座った老婆と七瀬は同じ方向をじっと見ている。

 

 視線の先を追うと、カウンター越しの窓から隣のビルの一室が見えた。この喫茶店は五階で、隣のビルの部屋が少し低く見えるからおそらくあれは四階の角部屋といったところか。


 数回尾行を繰り返し、やっと先回り出来た。今日何かを掴んだら、七瀬を問い詰めると決めていた。

カウンターから死角になるこの席からは、ビルの中の様子は垣間見られないが、そこに何かあるに決まっている。


「まどろっこしい。」 小さくつぶやく。


 晃は喫茶店を出て向かいのビルへ行こうと思い、コーヒー代金と伝票を無言でウエイターに手渡し、一人喫茶店をあとにした。


 外階段を足早に駆け下りて、外の眩しさに数回目をしばたかせる。


「お迎えありがとう。」目の前には正面エレベーターから降りてきた七瀬がいた。


 聞きなれた声に、晃は情けない顔でうなずいた。


 冷蔵庫からよく冷えたビールを出してグラスに注ぐ。


「晃もどう?」


 返事を分かって聞いてくるからたちが悪い。未成年だからとかいう気はさらさら無いが、15歳の頃に不良仲間と初めて飲んだハイネケンでひっくり返って以来、匂いを嗅いでも目が回る気がする。それを水のように飲む七瀬を呆れ顔で見ながら、もう一度言った。


「Kって何だ?何を隠してる?」


 グラスをサイドテーブルに置き、ソファーから立ち上がると、七瀬は諦めたように話し出した。


「オレオレ詐欺の発祥が、ここ京都なの。今はそうね、ストーリー詐欺とでも呼ぼうかしら。」


「Kは巧みな詐欺組織よ。Kの手段は、綿密に練られたストーリー仕立てなのが特徴。」


 オレオレ??唐突に何の話か理解出来ず、無言でうなずいた。


「Kは実行犯・劇団員・幹部の三部分に分かれて組織されていて、実行犯達は劇団員に騙されて詐欺を働くの。警察がこれまで捕まえる事が出来たのは劇団員まで。幹部まで辿り着いていないの。しかも、検挙されないまま、事件は未解決。」


「事件が明らかにされにくい大きな理由の一つが、被害者は実行犯の親なの。」


「なんだ、親が被害者?て。子供が親を騙して金を取るのか?」


「そうよ。被害者は自分の子供を犯罪者にしたくないから、被害届を出さないの。実行犯は被害者である親と幹部を繋ぐ橋渡しを担う上に、親からお金を取られた後に、脅迫されて自分もお金をむしり取られる。」


「さらには劇団員も、幹部に騙されて犯罪の一端を担っているの。自分のしていることが犯罪だと気付いた時にはもう手遅れ。そして実行犯、劇団員は事件の度に違う人物に変わる。つまり使い捨ての駒ね。これまで被害を訴えたのは被害者と実行犯の親子一組だけ。劇団員は揃いに揃って口をつぐんでいるのよ。警察が立件できず、組織の幹部に辿り着けない理由ね。」


「なんだそれ、訳分かんねえ。」


「七瀬とそいつらと、なんか関係があんの?」


 七瀬の目つきが変わる。

真剣な眼差しの奥に、強い憤りを感じた。


「Kを潰す。そのために私はここにいる。大切なものを守るために。」


 七瀬がここにいる理由?七瀬はもしかしてここに居るはずの人間ではないってことか?もしかして、俺と同じくタイムスリップしてきたのか?


 そんな疑問が浮かんだが、それよりも今はKが気になる。


「あのビルにKに関わる何かがあるってことか。俺が邪魔した?」


「あのビルの部屋は、幹部と劇団員の接点、のはず。」


 七瀬はゆっくりと近づいて、耳元で小さく囁いた。


「力を貸してくれる?」


 触れてもいない唇を柔らかく感じた。


 何事もなく数日が経過したある日。


 七瀬と共にKを追うことになった俺は、いささか緊張していた。


「晃、行くよ!!せっかくの休日デートなんだから。」


 強引に腕を引きよせ、いたずらに絡みつく。今日は着物ではなく、デニムに白いシャツ。シンプルな装いが逆に七瀬の美しさを際立だせている。


 デートという名の潜入捜査、潜入捜査という名のデート?どちらも同じ意味だが、七瀬と出かけることにどきどきしている自分がいる。普段同居しているとはいえ、七瀬は芸子のお茶席や贔屓のお付き合いでほとんど不在。俺は七瀬に頼まれた買い出しや用事に追われて、二人でゆっくり過ごすことはほとんど無かった。


「俺は捜査をしに行くんだ。」

 

自分に言い聞かせなければ、照れくさくてしょうがない。


 七瀬は、晃に一目ぼれしたと言って、事あるごとに愛を囁く。初めはからかっているのだろうと思っていたが、真っ直ぐな七瀬の愛情を無視できなくなっている自分にふと気づく。


 積極的な女は怖い。

片思いだった子に告白され、有頂天になっていたら、実は親友と付き合っていた。それ以来、何故か告白される経験だけは人並み以上だったが(からかわれやすいのかもしれない)誰かと付き合うことはなかった。事実上、彼女なんていたことがない。


 それに、もとの時代に戻れたら、七瀬とは二度と会うことはないだろう。好きになったら辛いだけだ。


 そう自分に言い聞かせる。


「着いたわ。」

七瀬を尾行して入った例の喫茶店だ。カウンターに並んで座る。すると、間もなく老婆がやってきた。


 なんだ、二人きりじゃなかったのか。がっかりしたような、ほっとしたような、微妙な気持ちになった。


「お前さん、晃とか言ったな。役割を説明するから、よく聞くんじゃよ。」


 老婆の名は志乃さんと言った。志乃さんのペースで話は進む。


「森プロダクション、は知っているかな?」


 森プロダクション、通称森プロは芸能界でも有名な俳優を数多く輩出している大手だ。最近じゃ映画界でも影響力を持っており、日本人のハリウッドデビューの登竜門だと言われている。


「お前さんは、書類審査で合格したんじゃよ。今日は今から面接に行ってもらう。」


「は???俺が?」

美しく多才な七瀬なら、するりと森プロにも入れるだろうが、俺みたいな普通の人間が、まさか。と思った。


「俺みたいな人間がまさか?と顔にかいてあるぞ。」


「七瀬はここいらじゃ知らない人間はいない。大手の芸能事務所から取材の申し込みやスカウトの類は断ってもきりがないほどじゃ。お前さんが適任なんじゃよ。顔だけでいえば、その辺の俳優には負けないじゃろ。」


「隣のビルの一室が面接会場じゃ。」


 それから、志乃さんに詳しく面接での注意点や二次審査でのレクチャーを受け、俺は隣のビルへ向かった。

 

 七瀬に今朝付けるようにと渡されたカフスは超小型マイク付発信機だという。音声と居場所が受信機側に分かる機械。今日七瀬にスーツを着るように言われたのはこの為だったのか。

読んで頂いてありがとうございました!

評価頂けたら喜びます。次話も読んで頂けたら最高に幸せです。

ご指摘など頂けたら、すぐに対応したいと思います。

駆け出しですが、長くやっていきたいと思っています。よろしくお願い致します。

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