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なんでわざわざ嘘を吐いたんだ? と問い詰めようとしたが、それはパワハラかも知れないという疑念が頭をよぎる。
仮に俺と坂本紅葉が先輩後輩ではなく同期であったとしても、いちいち説明を求めるのは傲慢な気がした。
野崎さんが折角話を振ってくれたのに、という感情も胸のどこかにあったがそれは声にすれば最低な言葉だということに気付いたので沈黙を守る。
俺や多数の社員が野崎さんに好意を寄せたり慕ったりしていることと、坂本紅葉が野崎さんに接する時の態度の間にはなんの関連性もない。
野崎さんの機嫌を自分で取れないからといって他の誰かに怒りをぶつけたり協力を要請するのは愚の骨頂。
会社の序列は業務をこなすためにのみ許容し得る。
俺は村山と同じ事をしようとしていた。
だいたい、『聞き上手』と『質問攻め』は似て非なるものだ。
俺からもなにか話題を提供するべきだろう。
が、しかし。
なにを話せばいいんだ?
会話の基本とは情報の共有。
俺は自身の情報を開示しなければならない。
「たとえば」
俺がうだうだ考えていると、坂本紅葉が話しだす。
「たとえば、私がご飯と梅干しを食べているところを見たら会社の人たちはどんな感想を持つでしょうか? どんな言葉を口にするでしょうか?」
「なんの話だ?」
唐突な質問に俺は質問で返した。
「例え話ですよ」
そう言って坂本紅葉は俺をジッと見つめる。
いつも目を泳がせている坂本紅葉が俺を真っ直ぐに見つめているのは求愛のためでは無い。
訴えかけているのだ。
「別にどうも思わないんじゃないのか? ああ、梅干しとご飯を食べているんだ。としか思われないし言われないだろう」
俺の答えを聞いても坂本紅葉は見つめ続ける。
それは見つめるというよりも問い詰めるかのような感覚を抱く。
「……まぁ、馬鹿にする奴が複数人いるだろうな」
俺は白状した。
最初に質問された時点で坂本紅葉が言わんとするところは直ぐに察したが、坂本紅葉が忌避する連中とは一線を画す善人であることを装うために白々しくとぼけたのだ。
その行為こそが坂本紅葉の嫌悪する輩と同類の発想だったわけだが。
「なら、私がタピオカを飲んでいたらどう思われるでしょうか? なんて言われるでしょうか?」
おいおい、いったいいつまで続くんだ?
「馬鹿にされるだろうな」
俺は会話の全体像をおぼろげながら把握し、長くなりそうな予感がしたから即答する。