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「おい、大丈夫かよ」
俺は少し歩く速度を緩め、遂には足取りを止めたが一向に坂本紅葉は追いついて来ない。
後方を確認すると坂本紅葉も歩みを止めてその場にしゃがみ込んでいる。
辛うじて尻餅を着かないように前のめりにしゃがみ込んでいて、それが余計に彼女の呼吸を浅くしているように思えた。
その様子を見た俺は坂道を逆行して坂本紅葉のうずくまる場所へと歩み寄る。
歩み寄るとは随分と悠長に感じるかも知れないが、山道で、しかも坂道で、更に土がぬかるんでいて、その上に小雨もパラついているのだ。
賢明な足取りと言っても差し支えないだろう。
ともあれ俺は坂本紅葉のしゃがみ込む場所へと辿り着き、冒頭の言葉を声にしたのだった。
「あっ、はっ、ねっ、根岸さんっ……大丈夫っ……」
「……じゃ無さそうだな」
「……そうみたいっ……ですねっ……」
結局、俺と坂本紅葉は二人で何かを話すでも無く体力が回復する時を待つ。
休憩所も腰掛けるベンチも無い。
修学旅行とは違う。
デスクワークに慣れた社会人の肉体は呆れるほど弱体化している。
仮にそれがデスクワークでは無く営業職であったとしても、部活動に勤しむ若者とは根本的に体力が違う。
酒を飲み、なまじ懐事情に余裕があるから一汁三菜とはかけ離れた食事になる。
こう言った思考そのものが若さの喪失を自覚させる。
未成年の俺が一汁三菜などと言う四字熟語を思考の中でさえ選ぶだろうか?
「もう大丈夫です」
しばらくの間、無言でいたが坂本紅葉は立ち上がりそう言った。
「行くか」
俺はそう言って二人で歩き出す。
小雨は止んでいた。