11 【闇】の深化2
「【闇】の深化──だと?」
俺は二つのモニュメントを見据える。
「【混沌】の術は【光】と【闇】の合わせ技だ」
「対抗するには【闇】の力を二つに分け、相手の【光】と【闇】をそれぞれ迎撃すればよい」
奴らが説明した。
「二つに分ける……?」
「言うほど簡単なことではない」
「だが、強大な【闇】を備えた汝になら、あるいは──」
「術式の詳細は【奈落】の知識に接続すれば得られるはずだ」
「【闇】を深化させた今の汝になら可能であろう」
「つまり本物の【奈落】から情報を得ればいい、ということか?」
その本物とは、以前に『黒の位相』で出会ったことがある。
もう一度、あの世界に行ければ──。
そして【奈落】に再会できれば、俺はさらなる力を得られるということか?
「……どう思う、ラクシャサ?」
呼びかける。
俺の影からすうっと浮かび上がるようにして、黒衣の美女が出現した。
「確かに、宿主様の力はさらに高まっていますし、ふたたび『黒の位相』に入ることも可能だと思います。ここを出た後、試してみましょう」
と、ラクシャサ。
「ただし──【闇】に呑まれないようにしてくださいね」
「何?」
「今まで以上に『自分』というものを強く持ってくださいませ。あなたがあなたであることを。あなたの心を。意思を。望みを」
ラクシャサの言葉は漠然としていて、今ひとつ要領を得ない。
「ふ……ぁあ……ああああああっ……ん」
突然、シアとユリンが声をあげた。
苦鳴のようでもあり、喘ぎ声のようでもある。
異様なほど艶めかしい声音。
「二人とも、大丈夫か」
シアもユリンも息を乱し、頬を紅潮させている。
ぼうっ……!
発火するような音とともに、二人の全身がドス黒いオーラに包まれた。
オーラの一部が鎖の形になり、俺の胸元に吸いこまれる。
──どくんっ!
胸が痛いほどに高鳴る。
熱く疼く。
「クロム様……ぁ……」
シアとユリンは糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。
体に力が入らないのか、その場に座りこんだまま俺を見上げている。
濡れた瞳に爛々とした光が宿っていた。
「二人とも【闇】に呑まれかけていましたね。急激な【闇】の深化が彼女たちに強い負荷を与えたのでしょう」
と、ラクシャサ。
「幸い、宿主様とのつながりが強かったために、意識を侵食されずに済んだようですが──」
「もし、二人が【闇】に呑まれたら──どうなるんだ?」
俺はラクシャサにたずねた。
黒衣の美女は悲しげな顔で、ゆっくりと首を左右に振る。
「【闇】に呑まれ、浸食されたなら……その者の行きつく先は──」
ばぢぃっ……!
ラクシャサの声を遮るように、黒いオーラが弾けた。
「きゃあっ……」
同時に彼女が吹っ飛ばされる。
「その知識を語る権限は、汝には与えられていない刻印名ラクシャサ」
「それは【涅槃】や【奈落】か、それに準ずる階位の端末のみが語ることを許された情報なり」
「くっ……」
ラクシャサはよろよろと立ち上がった。
「……申し訳ありません、宿主様。今の話の続きは、【奈落】に直接会って確かめていただくしかないようです」
言うなり、ラクシャサは空間に溶けるようにして姿を消した。
いろいろと不穏な感じだが、彼女から得られる情報はここまでのようだ。
「お前たちは教えてくれないのか? 【闇】に呑まれる──というのが、どういうことなのか?」
「我々が語らずとも、汝はすぐにたどり着く」
「汝の強大な【闇】があれば、遅かれ早かれな」
奴らは悠然と答えた。
答える気はなさそうだ。
「……ちっ」
俺は小さく舌打ちする。
「あまりご心配なさらないでください、クロム様」
シアがほほ笑んだ。
「これまであなたと道を共にしてきました。あなたの戦いを、想いを、間近で見てきました」
ほほ笑んだまま、凛とした口調で告げるシア。
「あたしはたとえ何に変わろうとも、どんな運命が待ち受けていようとも──あなたに仕えます、クロム様。姉の魂の尊厳を守り、あたしを復讐から解放してくださった、あなたのために。あたしは剣を振るいたい──それだけです」
「私も、あなたのお側に仕えます」
ユリンが進み出た。
「これから先も、ずっと」
深々と、恭しく一礼する。
それは二人の決意表明であり、おそらくは──宣誓。
なら俺は、彼女たちの主として、彼女たちを守る。
この【闇】の力で、必ず。
「っ……!? クロム様、外の様子が──」
ふいにユリンが顔を上げた。
「今、映像で出します」
「ユリン?」
「スキル【遠隔鏡像】」
ユリンの双眸が輝き、前方に丸い鏡のようなものが出現した。
おそらく、彼女の『魔人』としてのスキルだろう。
【闇】が強まった影響で、新たなスキルが発現したのかもしれない。
そこには、数千数万の騎士や兵士と、異形の軍団との戦いが映し出されていた。
「これは……まさか」
二年前と、同じ。
いや、あるいはそれ以上の規模の──。
「人と、魔族の大戦……!?」