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5 復讐者と真祖

 現れたのは、血のように赤いドレスをまとった女だった。


 その容姿は整いすぎるほどに整い、人間味を感じさせないほど。

 赤い唇に笑みを浮かべると、尖った犬歯がわずかにのぞく。


 いや──犬歯じゃない。


 あれは『牙』だ。


「フランジュラス……!」


 俺はつぶやいた。


 魔王軍十三幹部の一人、フランジュラス。

 確か、ユーノに討たれたと聞いていたが……。


「私は不死の眷属である吸血鬼──その中でも最高位の『真祖』にして姫。千の死をも、万の滅をも乗り越える存在です」


 吸血鬼の美姫が微笑んだ。


「フランジュラス……魔王軍残党を束ねる二体のうちの一体か!」


 ハロルドが叫んだ。


「ラギオスはすでに勇者ユーノの手で討たれたと聞く! あとはお前を倒せば、魔王軍の残党は崩壊する!」


 ユーノが、ラギオスを倒した……?

 俺と『黒の位相(クリフォト)』で再会する前のことか、あるいは直後の話か。


「謎の魔族に加えて、魔王軍残党の幹部まで……両方倒せば、俺たちの存在感を世間に示せるな」


 ハロルドが俺とフランジュラスを交互に見つめ、ニヤリと笑った。

 その表情に浮かぶ、強烈な虚栄心。


 ユーノたちが魔王を討った後、他の六勇者は影の薄い存在へと成り下がってしまったからな。

 ふたたび成り上がるチャンスに、闘志を燃やしているんだろう。


「うなれ、聖剣『ガーレヴ』──スキル【嵐撃刃(らんげきじん)】!」

「『ファイアストーム』!」

「スキル【雷光(らいこう)()き】!」

「スキル【水鏡(すいきょう)一矢(いっし)】!」

「『ブースター』!」


 聖剣の生み出した風の刃が、炎の魔法が、雷のごとき槍撃が、超速の矢が、そしてそれらの威力を倍加させる僧侶呪文が──。

 フランジュラスに向かっていく。


 ハロルドたちの一斉攻撃だ。


 フランジュラスはフッと微笑み、


「【霧化】」


 赤いドレスをまとった体を霧と化し、それらの攻撃をあっさりとやり過ごした。


「ちいっ、真祖の特殊スキルか!」


 悔しげに叫ぶハロルド。


「まともに受ければ、わたくしとて少なからず手傷を受けていたでしょうね。さすがは勇者パーティですわ」


 フランジュラスは穏やかな笑みを浮かべたまま、ハロルドたちの背後に出現した。


「殺すには惜しいですわね」


 言って、ドレスの胸元に己の手を差し入れる。


 魅惑的な胸の膨らみを揺らしつつ、何かを取り出す吸血鬼真祖。

 手のひらほどの大きさの石板だ。


「『想魔の紋章(マインドクレスト)』。魔王様の残した秘宝です。その効果は」


 石板の中心部に刻まれた紋章から真紅の光が弾けた。


「対象の精神防御を一時的に90%カットします。さあ、あなたたちはこれより──わたくしの、しもべ」

「ううっ……!?」


 ハロルドたちはその光に包まれ、たじろいだ。


「我ら勇者パーティ、これよりフランジュラス様に忠誠を誓います」


 彼ら全員が、吸血鬼の美姫の前に跪く。

 瞳に、虚ろな光をたたえて。


 奴が得意とするスキルの一つ、【魅了】か。


「これで邪魔者はいなくなりましたね。あらためて、お話しますわ」


 フランジュラスが俺に向き直った。


「わたくしはあなたを迎えに参りました。【闇】を宿す者──クロム・ウォーカー」

「……何?」

「そもそも魔族とは【闇】より出でしもの。その【闇】を宿したあなたは、すでに人よりも、我らに近い存在ではありませんか?」


 フランジュラスが微笑む。


「人ではなく、我らとともに歩みませんか、クロムさん」


 言って、近づいてくる。

 俺との距離はすでに15メートルを切っていた。


 14メートル……12メートル……そして、10メートル。


 さらにフランジュラスが近づいてくるが、【固定ダメージ】は反応しない。


「俺に、魔族の仲間になれ、っていうのか?」

「あなたが求める力を得られるかもしれませんよ?」


 フランジュラスが俺を見つめた。


 切れ長の瞳に宿る、強い眼光──。

 まるで俺の心を見透かしたような光だ。


「クロム様!」


 と、ユリンが俺をかばうように前へ出た。


「【反射】!」

「──【魅了解除】」


 ユリンとフランジュラスの間で光が弾け、スパークが散る。


「あら、防ぎましたか」

「クロム様に【魅了】をかけるなんて」


 ユリンが険しい表情で告げた。


「ただの戯れですわ。そもそも、クロムさんを操るほどのレベルで【魅了】を放てば、彼のスキルによってかき消されてしまうでしょう」


 フランジュラスは楽しげに微笑んだままだ。

 さっきのやり取りは、彼女が【魅了】を放ち、ユリンが魔人のスキルでそれを防いだ──ということだろう。


 もっとも、その程度のことは想定済みだった。


「戯れって……」

「いいんだ、ユリン」


 ますます表情を険しくする彼女を、俺はなだめた。


「フランジュラスも本気で俺を操ろうとはしていない。奴には──敵意がないからな」


 すでに気づいていた。

 10メートル内に近づいても、俺の【固定ダメージ】が奴には反応しない。


 それはつまり、フランジュラスが俺にいっさいの敵意を抱いていないからだ。


「お前は本気で俺を仲間にしようと考えているんだな」

「ええ。正確にはわたくしはラギオスさんと同じ支配者階級になっていただきたいと思っていますわ。魔王様亡き後の魔軍を統べる一人に、ね」

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