8 勇者と真祖3
「スキル【魔獣化】」
フランジュラスの全身が黒いモヤに包まれた。
同時に、その体が無数のコウモリに変化する。
虹色の斬撃波の効果範囲から逃れると、彼女はすかさず反撃に転じた。
「スキル【魔獣化】」
変身スキルの連続発動。
今度は漆黒の狼へと変じ、その圧倒的な速度でユーノに襲いかかる。
「させません! ユーノ様は私が守ります!」
ファルニアの聖剣がそれを迎撃する。
「くっ……」
フランジュラスは攻めこめずに後退した。
「勇者二人を相手に、万が一にでも勝機があると思っているのか? 笑わせるなよ、魔族!」
ユーノが哄笑する。
彼自身の強さもさることながら、『星』属性の聖剣を持つ姫勇者ファルニアも厄介だった。
いかにフランジュラスが現在の魔族軍で最強の一角とはいえ、このコンビと正面から戦って勝つことは至難である。
いや、生きて逃げかえることさえ難しいかもしれない。
「わたくしも、ここまでですかしら……?」
諦念の混じった笑みが浮かぶ。
ふいに、一人の青年の顔が脳裏に浮かんだ。
【闇】の極限に迫ろうかという、銀髪の青年だ。
心の奥が、どくん、と跳ねた。
こんな感覚はいつ以来だろう。
何百年ぶり?
何千年ぶり?
あるいは、もっと──。
あるいは、生まれて初めての……。
「クロム様……」
フランジュラスは、不意に気づいた。
気づいてしまった。
魅入られていたのだ、自分は。
彼の瞳に宿る、底知れない昏さに。
怒りに。
悲しみに。
絶望に。
そして、それでもなお前へ進もうとする生命力と強い意志に。
(叶うなら……もう一度会いたい)
これでは、まるで恋だ。
悠久の時を生きてきた自分が、まるでそこらの小娘のように慕情を抱くとは。
だが、悪い気分ではなかった。
もしかしたら、己の生の最後になるかもしれないこのときに──。
怒りでも憎しみでもなく。
ただ、甘いときめきに身を浸せるのは……。
※
俺たちはリビティア王国を進んでいた。
ユーノのいるところを目指し、ルーファスにやって来たのだが、そこでの戦いはすでに片付いた後だった。
ユーノが大活躍し、この国を襲っていた魔族を全滅させてしまったのだという。
次に奴が向かったというのが隣国のリビティア。
俺たちは奴を追って、今こうしてリビティア王国内を進んでいた。
前方には赤茶けた荒野が広がっている。
どうやら、すでに戦いは終わったらしい。
ユーノはすでに次の戦場へ向かった後だろう。
と、俺の感覚に何かが触れた。
強大な魔力の気配──。
「あれは……!?」
前方に黒い霧のようなものが漂っている。
「シア、ユリン」
俺は二人の【従属者】に警告した。
もちろん、警告なんてしなくても二人とも承知の上だろう。
今の声掛けは単なる確認であり、戦闘態勢を取れという合図でもある。
シアは【切断】の力を込めた剣を構え、ユリンは【魔人】としての魔力を溜め始めていた。
俺に関しては、自動的に発動する【固定ダメージ】があるから、特段の準備は必要ない。
と……前方の空間が大きく歪む。
「クロム……様……」
そこからにじみ出るように現れたのは、黒衣の美女だった。
「お前──」
俺は息を呑んだ。
服がぼろぼろに焼け焦げ、全身血まみれになったフランジュラスが倒れていた。






