5月3週目
ボブ子
「いってきまーす」
セミ子
「いってきまーす」
今日は雲が空を覆っている。お昼過ぎには雨が降るかも。
セミ子がくるりと振り返る。
セミ子
「おねえちゃん、自転車でいく? それとも傘を持って、歩いていく? 放課後どうなるかはここで決まっちゃうかも」
ええっと……
選択1⇒「自転車でいく」
選択2⇒「歩いて行こう」
●ルート1「自転車でいく」
帰りに雨が降って多少濡れても、平気だよね。今日は温かいし。
帰ってすぐにお風呂に入れば特に問題は無いか。
セミ子
「そっか。じゃあ、放課後は気をつけてね。選択は慎重にね」
セミ子はたまにとてもいたずらっぽい顔をして不思議なことを言う。
私はセミ子と別れて学校へと向かった。
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お昼休みだ。どうしようかな
選択1⇒教室
選択2⇒屋上
選択3⇒職員室
●職員室
さっきの授業でわからないところがあったから、質問しに行こうかな。
伊藤忠良
「あれ、どうしたの? ああ、そこがわからなかったんだね。そこはね――」
ボブ子
「ありがとうございました。よくわかりました」
伊藤忠良
「勉強熱心で偉いね。そういえば来週は体育祭だね、一緒にがんぼろう」
伊藤先生の説明はすごくわかりやすかった。午後からの授業も、来週の体育祭もがんばろう。
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帰りのホームルームの時間になった。
伊藤忠良
「今日も一日お疲れさまでした。来週は体育祭だね。今日は雨がひどいけれど、来週はカラリと晴れるらしいから良い体育祭日和になると思うよ。それではまた会いましょう、さようなら」
窓の外を見ると雨がバケツをひっくり返したように勢いよく降っている。
朝は自転車で濡れて帰ってもいいかと思ったけど、さすがにこの激しい雨の中を帰るのは厳しいかなぁ。
選択1⇒「それでも自転車で帰ろう」
選択2⇒「自転車はやめておこう」
●ルート2「自転車はやめておこう」
雨でタイヤが滑って危ないかもしれないし、こんなに雨が降っていたら前もよく見えないしね。
でも、どうしようかな。雨は止みそうにないし……。連絡して、セミ子に傘でも届けてもらおうかな。
靴箱のところまで来て、外の様子を確認しながら携帯を取り出したところ――
???
「あれ、ボブ子さん?」
振り返ると、そこには啓太先輩が立っていた。
桂木啓太
「どうしたの、帰らないの?」
ボブ子
「えっと、今日はうっかり自転車で来ちゃって……。折りたたみ傘も無いから、妹に傘を持ってきてもらおうかなと思って」
桂木啓太
「そうなんだ。ボブ子さんはちょっとうっかりさんなんだね」
ふふふっと啓太先輩が笑ってから、私に向かって真っすぐ手を差し出した。
えっと、目の前に出されたこの手の平はどうすればいいんだろう。
じっと手を凝視しながら固まっていると、啓太先輩はゆっくりした動作で手を引いて私を自分の隣に立たせた。
桂木啓太
「たしか、途中まで道が一緒だったはずだよ。僕の傘で一緒に帰ろうか」
ボブ子
「え、でも、迷惑じゃ……」
桂木啓太
「ボブ子さんが僕の迷惑になるわけがないよ。遠慮なんてしたらだめだよ、ほら行こう」
啓太先輩が大きな傘を開いて、なんの迷いもなく私の頭上へ掲げてくれた。あまりにも自然な動作に、断る隙も無い。
申し訳なく思いながら、私は啓太先輩の傘に入れてもらうことにした。
桂木啓太
「うん、それじゃあ行こうか」
隣に並ぶと、啓太先輩は思ったより背が高い。私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれる。
桂木啓太
「大丈夫、雨に濡れてない? もっとこっちに入ってくれてもいいんだよ」
ボブ子
「私は大丈夫です。……あ、啓太先輩こそ肩が雨で濡れてますよ。啓太先輩の傘なんですから、啓太先輩がちゃんと入ってください」
桂木啓太
「そう……? 心配してくれるなんて優しいね。なんだか懐かしい気持ちになる」
どんよりとした天気とは対照的に、啓太先輩の顔には晴れやかな笑みが浮かんだ。
片方だけびっしょりと濡れている肩を抱えているにもかからずそんな顔をされると、どうしていいかわからない。しかも肩を濡らしている張本人がちょっと言葉をかけただけで、優しいなんて言う。
ボブ子
「啓太先輩の方が優しいですよ。私を傘に入れてくれるし……」
桂木啓太
「僕は優しい人間じゃないよ。それは僕が一番よく理解してる」
そう、かな。啓太先輩はとても親切にしてくれているけど、それは優しさとは違うのかな?
結局、啓太先輩には家まで送ってもらってしまった。
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家に帰ってすぐにお風呂に入った。今日は早めに寝よう。
それにしても来週は体育祭かぁ。がんばらないと。
他選択だったら……
通学前の朝で「自転車」か「徒歩」かで分岐します。
(「自転車」の場合)
●帰るときに、「それでも自転車で帰ろう」としたら
この程度の雨でくじけてどうするの、私! ここでくじけてたら、私はあと人生で何度も何かを諦めなくてはいけなくなってしまうわ! そんなのは嫌なの! わたし、諦めたくない……!
燃え滾る心を胸に、私は一歩踏み出した。
一瞬にして全身がずぶぬれになる。しかし拳を固めて、もう一歩。大丈夫……。いけるわ。私は、まだいける。進める。進むことができる。自転車置き場へと向かって一心に進んでいると、
???
「な、なにをしているんだ。君、少し待ちたまえ!」
誰かが私を引き留める。でも、ごめんなさい。私はここまで来て引き返せない。
下前学
「ま、待って……いいから止まりたまえ!」
追いかけてきて私の前に立ちふさがってきたのは、傘を片手に持った隣のクラスの下前学君だった。
彼は不機嫌そうな顔でびしょ濡れの私を見てから、はっと何かに気付いたように顔を赤くして視線をそらした。
下前学
「こんな雨の中、自転車で帰るのは危険だ。やめたまえ。学校に予備の傘があるから……」
ボブ子
「ごめんね、嫌です」
下前学
「え」
ボブ子
「私は自転車で帰りたいから。心配してくれたのは嬉しかったわ、ありがとう。それじゃあ」
下前学
「な、なにを言っているんだ! そんな恰好で帰るつもりなのか?」
下前君はこちらを指さしてから、また顔を赤くして慌ててそっぽを向く。
あ、もしかして……。
ボブ子
「もしかして、制服が透けてる……?」
下前学
「わかってるなら、ずぶぬれになって帰るのはやめたまえ!」
ボブ子
「でも、自転車かっとばして行くから平気。それじゃあ」
下前学
「……どうしても自転車で帰るんだな。わかったから、せめてこれだけでも持っていきたまえ!」
下前君はごそごそと自分の鞄を探ると、黄色いロングレインコートを引っ張りだしてきた。
受け取らないと返してくれなさそうなので、さしだされた黄色いロングコートを大人しく上から羽織る。以外にもサイズは私にもちょうど合っていた。下前くんって、そんなに身長大きくないもんね。
ボブ子
「ありがとう、それじゃあね」
下前学
「さようなら、五津木さん。自転車で帰るにしても、今度からはちゃんと雨具を準備したまえ」
下前君はそう言って私を見送ってくれた。真面目な人みたいだったから、もっと怒られるかと思ったんだけど優しい人だったな。
【下前君は純情少年】
(「徒歩」の場合)
●帰る時に、「まっすぐに家に帰ろう」としたら
雨がこれ以上ひどくなる前に帰らないとね。
玄関口に立つと、雨の勢いはますます増しているようだった。傘をひらいて、雨空の下に立つとぱらぱらと雨粒の弾かれる音が耳にこだまする。
道にできた水たまりを避けながら進んでいると、私と同じように下校している人たちの視線を集めているものがあることに気付いた。みんな何を見ているんだろう……。
正門近くまでやってきたところで、みんな視線を集めている正体に気が付いた。
端の方に設置されている花壇の横に、傘も差さずにしゃがみこんでいる人。練絹八十くんだった。
びしょ濡れになるのも構わず、花壇に座り込んでいる彼の姿はやはりどこか浮いている。
ボブ子
「練絹君……?」
練絹八十
「こんにちは、五津木さん。今から帰るんですか。気をつけて帰ってくださいね」
ボブ子
「いや、そんなことよりなにしてるの? 傘もささずに」
練絹八十
「観察していました」
ボブ子
「えっと、紫陽花?」
花壇に咲いた紫陽花の花のことかと思ったけれど、練絹君は首を横に振った。そして花壇の隅の方を指さす。そこには小さなかたつむりが、のろのろと動いていた。
練絹八十「とても動きが遅いのがおもしろいです。この子の世界はとてもゆっくりと動いているのでしょう」
熱心にかたつむりを見守る練絹君は前髪からぽたぽたこぼれる雫も、べったりと肌に張り付くシャツも気にしないようだった。
ボブ子
「練絹君、せめて傘をささないと。風邪をひいちゃうよ」
私は動こうとしない練絹君を、自分の傘の下にいれた。突然自分の上に振ってこなくなった雨に、練絹くんは何度かまばたきをしてこちらを見上げてきた。ぱちりと目が合う。
練絹八十
「ありがとう、ございます」
ボブ子
「えっと、練絹君は傘を持ってきてないの? タオルとか……」
練絹八十
「傘は持っています。ただ、雨というのがどんな感触なのか確かめてみたかったんです」
練絹君はそう言って、自分の鞄から折り畳み傘を取り出した。そして名残惜しそうにもう一度かたつむりに目をやってから、立ちあがって傘を広げた。そしてじっと傘をさす私の方を見つめる。
ボブ子
「ど、どうかした?」
練絹八十
「いえ。傘というのは一人で使うものだと思っていたので、ああやって二人で使うこともできるのかと驚いていました。不思議ですね、一つのものを二人で共有するということは」
自分の傘と私の傘を交互にみやって、八十君は感心したようにうなずきながらそう言った。練絹くんって、相合傘とかも知らないのかな。いや、さっきのは相合傘ってほどのものじゃなかったけど。
練絹八十
「ありがとうございました。それでは、私もそろそろ帰りますね」
ボブ子
「あ、うん、気をつけて。帰ったら、すぐに着替えないとだめだよ。風邪をひいちゃうからね」
練絹八十
「はい。さようなら、五津木さん」
練絹君はぺこりと丁寧に頭を下げて、そのまま行ってしまった。
やっぱり不思議な人だなぁ、練絹君は。それに放っておけない人かも。
【つの出せやり出せ、傘を出せ】
●帰る時に「傘を見せびらかそう」としたら、
きっと、こんなに雨がひどくなるとは思わなくて傘を忘れてしまった人たちもいるはず。そんな人たちに、雨具を忘れずに持って来た勝者として、傘を見せびらかしながら帰ろう。
そいつらが悔しそうに私を見る姿を想像するだけで、胸が高ぶってくるわ。なんて素敵な気分なのかしら。
持たざる者を見下すのって、最高の気分よね。
私はわざとらしく靴を鳴らし、ゆっくりと見せつけるように傘を開く。ごらんなさい、傘を持たないお前たちと違って、私は雨粒一つ濡れずに帰って見せるわ。
???
「はははっ! 水もしたたる良い男とはこういうことなのか! 見てごらん、雨だってボクを輝かすための道具にすぎないのさ!」
一歩外に踏み出して、彼を見た瞬間に私は強烈な敗北感を覚えた。
隣のクラスの本田サルシス君。彼は傘も差さずに雨の中をくるくると踊っている。
本田サルシス
「雨の日だからって憂鬱な顔することはないさ! そんな時はボクを見てごらん! この美しさで、嫌な事をすべて浄化してあげるよ!」
バサッと、金髪の長い髪を彼がかきあげる。髪にまとわりついていた雨粒がきらきらと弾かれて、彼の周りを彩る。ここは彼の一人舞台。スポットライトは彼だけをとらえている。すべての羨望の視線は彼に集められている。……認めるわ、私の完全敗北だと。この状況では、私は誰一人として見下ろすことのできないモブの一人にすぎないのだと。
本田サルシス
「おや、五津木くん?」
ボブ子
「そうだよ。こんにちは、サルシス君」
サルシス
「どうやら、キミもボクに見惚れていたようだね。ボクの美しさは雨の中でさえ、輝いているだろう? むしろ雨の中でさらに輝いているだろう」
ボブ子
「うん、そうだね。サルシス君はこの中で一番視線を集めてるわ。こうしていると、私はエキストラのモブに思えてくる……」
悔しさをにじませて、思わず下唇を強く噛む。この私がモブになってしまうだなんて……。
本田サルシス
「なにを言うんだい! モブはいわゆる主役を引き立たせるもの! ボクを引き立たせるもの! つまりボクを飾り付ける、ボクの一部さ! 落ち込むことはない!」
ボブ子
「そうかな……?」
本田サルシス
「そうだとも! だから、そんなに暗い顔してはいけない。ボクの美しさを見て、幸せに浸りながら気をつけて帰っておいで!」
私をモブにした人にこうやって励まされてしまうなんて……。でも、たまにはこんな日があってもいいのかもしれない。今日だけよ、私がモブになってしまうのは。次こそは、私が周りの奴らを見下ろす立場になるんだから。
ボブ子
「さようなら、サルシス君。風邪には気をつけてね」
本田サルシス
「さようなら、五津木くん! キミもボクの美しさに目をくらませて、転んだりしないように気をつけて!」
こんなにひどい天気だというのに、敗けたというのに、なんだか清々しい気分。これもサルシス君のせいかしら。彼は、こうやって人を魅了するのね。
???
「本田! 君はなにをやっているんだ! 早く傘をさしたまえ! そんなに濡れては風邪をひく!」
本田サルシス
「やぁ、学くん! 雨の中でさらにボクは輝いて――!」
???
「なんでもいいから、はやくこっちに来たまえ!」
騒がしい声を後ろに聞きながら、私は家までの道を軽い足取りで帰った。
【二人で一緒に、singing in the rain】