7月2週目
補修ルートは外しました。
ボブ子
「いってきまーす」
セミ子
「いってきまーす」
待ちきれないというように駆けていくセミ子と別れて、自転車にまたがる。
今日は一学期最後の日だ。終業式であり、運命のテスト返却日でもある。
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朝のホームルームの時間。伊藤先生が、大きな茶封筒を抱えて教室に入ってきた。
伊藤忠良
「おはようございます、みなさん。明日からみんなが楽しみにしている夏休み、だけどその前にテストを返しますね。それじゃあ、出席番号順に――」
どうか補習じゃありませんように。
伊藤忠良
「次は、五津木さん」
ボブ子
「はい」
席を立って、先生からテストを返してもらう。その結果は――
伊藤忠良
「よくがんばりました。先生、とってもうれしいです」
うん。なかなかいい感じかも! 私はさっきまで緊張を忘れて、軽い足取りで自分の席に戻った。
一喜一憂するテスト結果を全員に返し終わると、伊藤先生はふぅっと一仕事を終えたように息を吐いた。
伊藤忠良
「今回の期末テストの結果の順位は、前回のテストと同じように職員室前に張り出されています。気になる人は確認してみてくださいね」
終業式開始の時間まで、自由になった。テストの順位かぁ、一応気になるから見に行こうかな。今回は前の実力テスト時よりも頑張ったし。
少しだけ期待を込めて職員室前の掲示を見に行くとーー
あ、ちょっとだけ、順位があがってる!
わかりやすく見ることができる自分の努力の結果にほくほくしていると、他の女の子たちの興奮したような高い声が耳に入った。
女の子A
「ねぇ見て! 練絹くん、また一位だよ!」
女の子B
「本当だ! 噂によると、全科目満点なんだって!」
女の子C
「すごーい! さすがだよね!」
一番上の名前を見ると、そこには「練絹八十」の文字があった。すごいなぁ、練絹君。
ふとテスト順位の前に集まる人から少し離れた所に、壁に手を当てて立っている人の姿がいた。あれは、下前君……。どうしたんだろう、具合が悪いのかな?
そこに派手な金髪を揺らして、サルシス君が近づいて行った。
本田サルシス
「学くん! 顔がまっしろだよ! その白は美しくないね! 僕を見たまえ! これこそが美白というものだよ!」
下前学
「……少し静かにしたまえ、本田。というか放っておいてくれ」
本田サルシス
「また徹夜で勉強かい? なにかに心を打ち込む姿は美しいものだけどね。しかしその姿を見る限り、心はどこかへ行ってしまったようだ。ああ、なんたる悲劇!」
下前学
「意味の分からないことを言うな。……本当に、一人にしてくれたまえ。僕は八つ当たりしたくないんだ」
本田サルシス
「八つとはいいねえ! 8は好きだよ! 漢字にすると末広がりだ、縁起がいい! 英数字にすると左右対称で美しい!」
下前学
「……お前といると、すべてが馬鹿馬鹿しくなってくるな」
本田サルシス
「それはめでたいねぇ、学くん!」
下前学
「そうだな、いまだけは。……家に帰ったら、何か言われるだろうか」
ふらふらと教室に戻る学君の足取りを後ろから支えるようにサルシス君が背中を押して、二人は去っていった。
再びテスト順位を眺めると、練絹くんのすぐ下、二位の場所には「下前学」と印字されていた。
下前君も前回と同じ二位なんだ。
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終業式を終えて、終礼。
伊藤忠良
「みなさん一学期おつかれさまでした。明日から夏休みですね、めいいっぱい楽しんで思い出をつくってくださいね。ただし宿題は忘れないように! それから、夏は日差しがきついから、体調管理にも気をつけてね。先生はみんなが元気に夏休みを過ごしてくれるだけで幸せです。……それじゃあ、また秋に。さようなら」
先生がぺこりと頭を下げた瞬間に、クラス中がわっと盛り上がる。今日この瞬間からお休み。お待ちかねのカラオケに友達と行く予定だ。直前になって他にも行きたがる人がどんどん増えて、クラスのほとんど全員で行くことになった。
友人C
「折角だし、クラス全員で行きたいな。練絹くんとかも」
集まっていた女の子の一人がそう声をあげると、他の女子も次々とそれに賛成する。確かに、こんなときじゃないと誘えないもんね。
ちらりと練絹君の席に視線を向けると、そこは空っぽだった。
あれ?
教室内をきょろきょろ探していると、ちょうど教室を出て行く姿が見えた。どうしよう。引き留めた方がいいかな。
私が後を追って廊下を出ると、練絹くんは廊下の角を既に曲がっていた。歩くのが速いなぁ。
選択1「走って追おう」
選択2「早歩きで追おう」
●選択1「走って追おう」
足のコンディションは悪くない。筋肉が私の想いに呼応するように、ぴくりと震える。そう。お前も飛び出していきたいのね。足の裏でしっかりと床を踏みしめる。大丈夫、いけるわ……。私はしなるムチのように足を振り――
伊藤忠良「あ、こら。だめですよ、五津木さん! 廊下は走っちゃいけません。怪我をしますよ」
担任の伊藤先生の声が聞こえる。私は、
選択1「あ、はい」
選択2「ごめん、な、さい」
●「あ、はい」
私は腰に手を当てて怒っている先生に、思わずしゅんと頭を垂れた。すると怒っていたはずの先生が、困ったように眉を下げた。
伊藤忠良
「今度からは走っちゃだめだよ。五津木さんが怪我しちゃったらみんなが悲しいからね」
ボブ子
「はい……。すいませんでした」
伊藤忠良
「うん、次からは気をつけようね」
先生と別れた私は、今度こそ歩いて練絹くんが去っていったであろう方向を目指した。けど、練絹くんの姿を完全に見失っちゃった。
来てしまったのは、人通りのほとんどない廊下。とぼとぼと一人歩いて、ため息をつく。
もう戻ろうかな。とりあえず、この教室をを見て練絹くんがいなかったら帰ろう。
ガラリと扉を開けたのは、資料室。ほとんど使われない教室だ。こんなところに練絹君がいるわけないよね。そう思った私の視界に入ったのは、透けるような白髪だった。手元の本に向けていた視線がこちらを向いて、赤い瞳が私を映す。
練絹八十
「……五津木さん? どうしてここにいるのですか?」
ボブ子
「練絹君こそ。資料室にどうしているの?」
練絹八十
「古典の先生が、ここに古いお伽噺が記された本があると仰っていたので。読んでみたかったんです。お伽噺や童話、民話はとても好ましいです」
ボブ子
「いまはどんな話を読んでいるの?」
練絹八十
「頭に口があるやまんばのお話です。彼女は頭からおにぎりを食べるらしいんです」
とても興味深げにうなずきながらそう言う練絹君に、私は思わず笑ってしまった。それに彼が首をかしげる。
練絹八十「どうして私は笑われたのでしょうか? どこか違和感のある個所がありましたか?」
ボブ子
「ううん。なんだか微笑ましくって」
練絹八十
「そうですか?」
納得できないという声色の練絹君は、ぱたんと本を閉じて棚に戻した。そして私の方に向き直る。
練絹八十
「それで、五津木さんはここに何の用事ですか?」
ボブ子
「えっと、その、練絹君に用事があって」
練絹八十
「私にですか? どんな用事でしょうか。心当たりがまったくありません」
カラオケに一緒に行ってくれるかな。どうやって誘おう。
選択1「一緒に騒がない?」
選択2「歌うのって好き?」
●選択2「歌うのって好き?」
ボブ子
「その、一緒にカラオケ行けないかなと思って。折角の夏休みだし」
練絹八十
「歌、ですか」
練絹君がぽつりとつぶやいて、私から視線を外して窓に目を向ける。窓からは夏の青い空と白い雲が見えた。
練絹八十
「歌は気になります。とても楽しそうだったから。私の声で歌うのを、また聞きたいと思って。マイクを持って歌うのもよさそうです」
ボブ子
「歌うのが好きなの?」
練絹八十
「……どうでしょう、気にはなります。とてもとても気になります。カラオケに行ってみたいです」
練絹君も乗り気みたい。それじゃあ、一緒にカラオケに行けるのかな? そう思ったけど、練絹君は少し寂しそうに目を細めた。
練絹八十
「すみません……。誘ってくれたのはとても嬉しかったです。でも私は一緒に行けません。許してもらえるかわからないです」
ボブ子
「家の人から禁止されているの?」
そういえば練絹くんは黒塗りの車で送り迎えされていたお坊ちゃんだった。もしかしたら、カラオケなんて庶民的なところ行ったら駄目なのかもしれない。
練絹八十
「家……。まぁ、そうですね。だからごめんなさい。でもいつか行きたいです」
ボブ子
「それじゃあ、いつか行けるようになったときに練絹君をまた誘うね」
練絹八十
「また、誘ってくれるんですか?」
ボブ子
「うん。練絹君がよければ、だけど」
私がそう言うと、練絹君が何度か瞬きをした。潤った瞳はきらきらと赤をきらめかせる。
練絹八十
「あの、間違っていたら申し訳ないんですけど。もしかして、遊びの誘いを何度もしてくれる関係というのは親しい――友人というものではないでしょうか? 私たちは友人ですか?」
ボブ子
「え」
期待に瞳を光らせている練絹君。その姿は初めての友達を手に入れようとするみたいで、それもそうかもしれないと思った。練絹君はちょっとクラスから浮いている。いじめられているとかそういうわけじゃないけど、でも触れ難くて、友達らしい友達はいなかったかもしれない。すごすぎて、ちょっと遠慮しちゃうんだよね。
ここでその手を取らない、なんてことはできないよね。
よし、と私は気合を入れて手を差し出した。
ボブ子
「私でよければ、友だちだね」
練絹八十
「やっぱり、そうなんですね。嬉しいです。私も物語の住人になれた気分です」
私の差し出した手を握り返して、練絹君は少し興奮気味にぶんぶんと強めに振った。
満足するまで手を握った練絹君は、仮面のような無表情を少し赤く染めていた。人形に血が通ったような、不思議な感動を覚えてしまう。
練絹八十
「その、友人になっていただいたので、わがままかもしれないですけど、「八十」と呼んでいただけますか?」
ボブ子
「名前で?」
練絹八十
「はい。ずっと願っていました。友人に、親しい人に自分の名前を呼んでもらえることを。だからお願いできますか?」
ボブ子
「じゃあ、八十君……?」
練絹八十
「はい。五津木さん」
私が八十君と名前を呼ぶと、彼はちょっと喰い気味に勢いこんで返事をした。
こんなに喜んでくれるとは思わなかった。……これから間違って練絹君って言わないようにしないと。
練絹八十
「私も五津木さんを名前で呼んだ方がいいですか?」
ボブ子
「あ、私はどっちでもいいよ。八十君が呼びやすい方で」
練絹八十
「そうですか? それじゃあ名前を呼べるように練習します。いつか呼びますね」
ボブ子
「練習……? うん、わかった」
少しばかり話が噛み合ってないような、分かり合えていないような違和感を覚えつつも、私は頷いた。
この後カラオケの約束をしていた友達から電話が来て、慌てて八十君と別れた。
遊びには誘えなかったけど、これはこれで良かったのかな。
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あー。カラオケで歌いすぎて喉が痛いなぁ。家に帰ってまずしたことは、冷蔵庫からジュースを取り出すことだ。
ごくごく一気飲みをしていると、帰っていたセミ子がリビングにやって来た。
セミ子
「おかえり、お姉ちゃん。夏休みだね! なにか予定とかあるの?」
ボブ子
「一応、夏休みにも部活動日があるんだけど、それくらいかな」
セミ子
「そうなんだ。じゃあいっぱいどこかに出掛けようね。海とか山とか」
ボブ子
「元気ねぇ……。私はできれば涼しいところに出掛けたいなぁ」
セミ子と二人で、夏休みの計画について話し合った。
そういえば8月の初めだよね、お祭りがあるのは。この町に来て初めてのお祭りだから楽しみだなぁ。
セミ子
「そういえばね、友達から占いの本を借りたんだけどね。そこに恋愛占いがあったからお姉ちゃんの恋愛運勢を占ってみたよ」
ボブ子
「私じゃなくて自分のを占えばいいのに」
セミ子
「そしたらね、来週はお出掛けすると年上の男の子と縁が結ばれるんだって! 良かったね、お姉ちゃん!」
ボブ子
「それ、良いの……?」
なんで年上限定なんだろう? 男の子と縁があるってすればいいのに。
……それにしても、年上か。大人びたクラスメイトは7つ年上の彼と付き合っているらしい。まさかそんな年上の人との出会いがあるわけじゃないよね。結婚したらそのぐらいの年の差なんてとその子は言ってたけど、平凡な女子高生の私には想像できないなぁ。
まぁ、ただの占いなんだけどね。
●廊下を走って怒られた時、「ごめん、な、さい」と返事したら
心の中でもう一度先生に謝罪する。ごめんなさい、先生。私、もう止まれないんです。
身体は既に私の意思を離れ、各部位が自分勝手にやりたいように動いている。私はそれにただ身を任せるだけ。先生の声が後ろから追いかけてきたような気がするけど、気のせいかしら。だって、もうすべての音が遠い。みんなどこか遠くへ行ってしまって、私だけが世界の果てに来てしまったような気持ち……。
筋肉の痛みも薄れ初め、視界は薄くなり、すべてが解けていく。これが、解放。
私の手も足も顔も口も何もかも、どこかへばらばらになってしまった。ここにあるのは私だけ。
そうか、これが私だったのね……!
全てを悟った瞬間に、なにか大きな手のようなものが私をすくいあげた気がした。
それがこの世界にいた、私の最後の記憶。
【BADEND この世界からの解脱】
●練絹八十君をカラオケに誘おうと「一緒に騒がない?」と言うと、
ボブ子
「せっかくのお休みだからパーッとやっちゃおう! 一緒に遊びに行こう! カラオケ行こう! 頭空っぽにしよう!」
練絹八十
「えっと……」
ボブ子
「タンバリンもシャンシャン叩けるし、マスカラもカラカラ振れるし、トライアングルもリンリン鳴らせるよ」
練絹八十
「カラオケ、ですよね? そんなに楽器がいっぱいあるんですか?」
ボブ子
「うちの近くにあるカラオケはパーティグッズがいっぱいあるの! ミラーボールも回せるよ!」
練絹
八十「でも、そんな盛り上がるところに私と一緒に行っても楽しいでしょうか? 私はそんなに盛り上がる人間じゃないです」
あれ? あんまり練絹君は乗り気じゃないみたい。
【私はカラカラ空回る】