6月3週目
6月2週目は省略しました。
ボブ子
「いってきまーす」
セミ子
「いってきまーす」
セミ子と別れて、自転車にまたがる。今日も一日がんばるぞ。
気合を入れて自転車をこいで行った曲がり角で向こうから来た自転車とぶつかりそうになった。
ボブ子
「あ、ご、ごめんなさい」
桂木啓太
「ううん。こちらこそ、不注意だったね」
ボブ子
「あれ、啓太先輩?」
桂木啓太
「おはよう、ボブ子さん」
啓太先輩が柔らかな笑顔を浮かべて、朝の挨拶をしてきた。それから啓太先輩は私の隣に並ばせるように自転車を押してきた。
桂木啓太
「せっかくだし、学校まで一緒に行こうか」
ボブ子
「そ、そうですね……」
桂木啓太
「そういえば――」
ボブ子
「はい?」
桂木啓太
「今週からプール開きだよね。ボブ子さんのクラスはいつから水泳の授業?」
ボブ子
「あ、今日がちょうど水泳の授業なんです。隣のクラスと合同で」
桂木啓太
「そっか……。うん。気をつけてね、心配するから」
ボブ子
「はい?」
啓太先輩と一緒に学校まで楽しく話しながら登校した。
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合同体育、水泳の授業。スクール水着に着替えると、やっぱりまだ肌寒い。
うーん、私もしかしたら太ったかも。プールサイドで準備運動をしながら、さりげなく腕でお腹周りを隠す。あ、でも腕にもお肉が……。
私が必死になって準備運動をしているのをよそに、プールサイド反対の男子側からは気楽な声が聞こえてくる。
本田サルシス
「今から胸がおどるねぇ、学くん! きらきらと光る水しぶきの中でより一層輝くボクの姿をよくよく観察していてくれたまえ!」
下前学
「はしゃぐな本田! 準備運動をしないと怪我をする可能性があるのだから、きちんとしたまえ!」
本田サルシス
「学くん、いつもよりピリピリしているのかい? 大丈夫、学くんが溺れてもボクが王子様のごとく颯爽と救い出してみせるよ!」
下前学
「な、なぜ僕が溺れるのが当たり前のように言っているんだ! ちょっとだけ泳ぐのが苦手なだけだぞ!」
先生A
「そこ、うるさいぞ!」
隣のクラスのサルシス君と下前君の二人は準備体操をしながら騒いでいるせいで、体育の担当教師に注意されていた。サルシス君は爽やかに輝かせて、下前君はひどく憮然とした表情をして謝罪をして準備体操を続行する。
私から見てちょうど向かいのプールサイドに立っている練絹君は、まるでお手本のような無駄のない動きで準備体操をしている。ただの準備体操なのに、あんまりにも大真面目だから踊っているみたいにも見えるなぁ……。
準備運動を終えたあとはシャワーを浴びて、ついに水の中に飛び込む。
久々のプールは、水がじんわりと肌に冷たくて思わずぶるりと震えてしまうぐらいだった。そこから何本か泳いだ後に、体育の先生が号令をかける。
先生A
「よし、初日だし今日はここまで。残りの時間は自由に泳いでもいいぞ」
どうしようかな。
選択1⇒「自由に泳ごう」
選択2⇒「飛び込み台に行こう」
選択3⇒「休憩しよう」
●ルート3「休憩しよう」
ちょっと泳ぎ疲れたから休憩にしようかな。プールに上がったばかりの身体は、風に当たるとちょっと寒い。そう思って、どこか日当たりのいい場所を探す。
プール端フェンス近くに、太陽の光がよく当たっている場所があった。そこに身体を丸めて座り込んでいる一人の人影。先に誰かが休憩していたみたい。
私が近づいていくと、その人は何かに警戒したようにパッと顔を上げた。
下前学
「なんだ、君か」
ホッとしたようにそう言ったのは下前君だった。眼鏡を外しているせいか、一目見ただけでは下前君だとわからなかった。
ボブ子
「えっと、下前君も休憩?」
下前学
「ああ、そうだな……」
私が隣に座ると、下前君は落ち着かなさそうに視線を彷徨わせてた。その顔はどこか不安そうで、体も丸めるように小さくしている。まるで何かから隠れているみたい。
ボブ子
「下前君、どうかしたの?」
下前学
「あ、ああ、落ち着かなくてすまない。……その、本田が、いつやって来るだろうと思って」
ボブ子
「サルシス君?」
どうしてサルシス君を警戒しているんだろう?
私が不思議に思っているのに気が付いたのか、下前君はちょっと気まずそうにコンクリートで固められた地面に視線を落とした。それから内緒話をするような小さい声で話し出す。
下前学
「中学のプールの時間を思い出していたんだ。あの時は本田に絡まれて散々な思いをさせられたからな、だからあいつが近づいてこないように注意しているんだ」
ボブ子
「中学?」
下前学
「ああ。本田とは中学から一緒だったから付き合いは長いし、遠慮もそれほどしない。おかげいろいろ苦労もしているのだけど」
ボブ子
「そうだったんだ」
いまだ落ち着かない様子の下前君は、さっきまで先生指導のもとで行われていた授業でも散々だった。なんといえばいいのか、初めて水に触れた猫が暴れて逃げ出そうとしているかのような泳ぎ方をしていた……。
全然泳げないんだったら、サルシス君に強引にプールに引きずり込まれるのは嫌かもしれない。
ボブ子
「大丈夫だよ。サルシス君が無理やりプールに連れて行かないように見張っててあげるから」
下前学
「ほ、本当か。ありがたい。そうしてくれると助かる……!」
下前君は安心したように大きく息を吐いて、肩の力を抜いた。よっぽど嫌だったみたい。
下前学
「……本田が良かれと思ってやっているのは僕もわかっているんだ。しかし両手を引かれて、まるで幼稚園児か何かのようにみんなの前で水泳指導されるのは嫌だ。あいつといると嫌でも目立つし。水泳はいつもの体育の十倍は疲れるし嫌いだ」
ぼそぼそと愚痴のようなものを呟いた下前君は、ハッとしたように口を押えた。それから立てた膝で顔を隠して、下前君は目線だけこちらに向けてきた。
下前学
「ま、まったく泳げないわけではない! ちょっと苦手というだけだ。僕がこんなに嫌がっているということは、ここだけにしてくれたまえ」
ボブ子
「もちろん。誰にも言わないよ」
下前学
「……ありがとう」
恥ずかしそうにお礼を言った下前君の横顔は、眼鏡が無いせいかいつもより幼く見えた。
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お昼休みだ。どうしようかな
選択1⇒教室
選択2⇒屋上
選択3⇒職員室
●屋上
また屋上に行こうかな。
扉を開いて、一番に目が入ったヒヨリ先輩の顔は呆れたような歪んだ顔だった。
ヒヨリ
「お前、本当にまた来たのか?」
ボブ子
「え、だって、先輩がまた来いって言ったんじゃないですか」
ヒヨリ
「いちいち真に受けるなよ、ばぁか」
馬鹿にしきった顔。悪意に満ちた表情なのに魅力的に見えるんだから、顔が整っている人は得だよね。
私がそんなことを考えていると、ヒヨリ先輩は眉をひそめた。
ヒヨリ
「なにボケッとしてんだよ。邪魔だろ」
ボブ子
「そうですか」
私は頷いて、ヒヨリ先輩の隣に座る。すると隣から、怪物を見るみたいな視線が向けられた。
ヒヨリ
「なに座ってんだよ。邪魔だって言っただろ」
ボブ子
「だって、先輩の言うことを真に受けちゃダメなんでしょう?」
ヒヨリ
「……」
ため息を了解の返事だと思って、昼休みは屋上で過ごした。
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帰りのホームルームの時間になった。
伊藤忠良
「今日も一日お疲れさまでした。明日また会いましょう、さようなら」
さて、放課後になったことだし……。
選択1⇒「部活」
選択2⇒「校内散策」
●部活
部室に行くと、クマ先輩が挨拶してくれた。
エンクマ
「おつかれー。今日は衣装整理だぞ」
ボブ子
「そうなんですね。私は何をすればいいですか?」
エンクマ
「サルシスと一緒に、あそこにある衣装を手洗いしてきてくれないか? 洗剤はあそこ。洗う場所は校庭の水場な」
ボブ子
「わかりました。……ところで、先輩のクマの着ぐるみは洗ったりしないんですか?」
エンクマ
「……はっ! あまりにも一心同体すぎて、着ぐるみの自覚があまりなかった! 後で洗わなきゃ!」
本田サルシス
「早く洗ってください。……行こうか、五津木くん」
ボブ子
「あ、うん」
エンクマ
「だからお前はなんでそんなに俺にだけ冷たいの? 他の奴には普通なのにー」
サルシス君と衣装の山を抱えて、校庭の水場まで向かう。衣装が結構重い。見映えのする衣装だと、重いみたい。これは手洗いが大変そう。
本田サルシス
「大丈夫かい? ボクはまだ持てるから、手伝おうか?」
ボブ子
「ううん。大丈夫。でも気遣ってくれてありがとう」
本田サルシス
「君がいいならそれでいいのさ! さ、行こう!」
サルシス君って紳士的だよね。……なんでクマ先輩には冷たいんだろう。
その後も部活を頑張った。
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家に帰って人心地すると、なんだかお腹が空いちゃうなぁ。
セミ子と一緒におやつでも食べようかな。
セミ子
「あ、お姉ちゃん。おかえりなさい」
ボブ子
「ただいま。おやつにしよう」
セミ子
「そうしよう! ……そういえば、お姉ちゃん。今日の学校はどうだった?」
ボブ子
「水泳の授業があって疲れたかなぁ」
セミ子
「ドキドキハプニングは?」
ボブ子
「あるわけないでしょ」
ちぇーなんて口を尖らせる妹は、そんな不満を誤魔化すようにぱくぱくとおやつで持ってきたクッキーを口につめこんだ。リスみたいなその姿はまだまだ子供なんだけどなぁ。
●水泳の授業で、「自由に泳ごう」としたら
折角だし自由に泳ごうかな。友達と一緒に遊びながら泳いでいると、隣のレーンが騒がしいことに気が付いた。ちらりと様子をうかがうと、バシャリと水しぶきが顔にかかった。ものすごいスピードで、誰かが泳いでいる。
女子A
「あれ、もしかして練絹くんかな?」
女子B
「わー、すっごーい! はやーい!」
壁際まで泳ぎ切った練絹君は水面から顔を上げる。あんなに泳いでいたのに息一つ乱した様子もなく、濡れた自分の前髪を邪魔そうにかき上げている。
先生A
「すごいじゃないか、練絹。今度正式にタイムを計ってみよう!」
練絹八十
「ありがとうございます」
大して感動した様子もなく淡々とした調子で八十君は頭を下げる。
すごいなぁ。練絹君ってなんでもできるんだ……。あれ? なんだか変な顔をしているような。眉間にしわを寄せて、なんだかむすっと不機嫌そうな顔。あんまり表情を変えない練絹君が珍しい。
気になった私は練絹君に声をかけた。
ボブ子
「練絹君、どうしたの?」
練絹八十
「ああ、五津木さん。その、耳の中に異常を感じてしまいまして」
ボブ子
「異常? どうしたの?」
練絹八十
「こう、音が遠く感じるような。耳の奥が冷たくて痛いような。気持ち悪い違和感です。これはなんでしょう」
ボブ子
「あ、もしかして、耳の中に水が詰まっちゃって、変に感じるんじゃないのかな。こうやって、頭を傾けて耳元を手で軽く叩いてみたら楽になると思うよ」
練絹八十
「こう、ですか……?」
トントンと手首で耳元を叩いた練絹君は、その瞬間に目を大きく見開いた。ゆらゆらと揺れる赤い瞳が輝いてこちらを向く。
練絹八十
「すごいです。とても楽になりました。五津木さんはとても物知りなんですね。尊敬します」
ボブ子
「尊敬っておおげさだよ……、小学校の水泳の授業で習ったことだし。練絹君はいままで習ったことが無かったの?」
練絹八十
「はい。今日、初めて泳ぎましたから」
ボブ子
「え、嘘でしょ! あんなに綺麗に泳いでたのに!」
練絹八十
「本当です。水泳の動き自体は学んでいたので上手くいきました。でも、やっぱり実際にやるのとは違います。新しい発見です」
そう言った練絹君はちょっぴり嬉しそうに見えた。
それにしてもやっぱり、練絹君は不思議だなぁ。
【次から耳栓を用意することにした】
●水泳の授業で「飛び込み台に行こう」としたら、
飛び込み台の方へ行くと、その周りをぐるりと囲むように人の壁が出来ていた。そしてその中心には、予想通りの人物がいた。そう、隣のクラスのサルシス君だ。
本田サルシス
「ああ、なんということだろう……」
飛び込み台の上に立つサルシス君は、邪魔にならないように一つにまとめた金髪をばさりと演技じみた動作で振り払った。キラキラと光を反射して、サルシス君の髪が目にまぶしい。
本田サルシス
「ボクという世界に一つの芸術作品があることで、これはすでにただの飛び込み台ではなくなってしまった。芸術の一部、つまり美しいボクを構成する一つになったんだ。例えるなら、彫像を支える台座のようなものなのさ!」
でも、とサルシス君は物憂げな顔でため息をつく。腰に手を当て、もう片方の手で自らの肩を抱きしめるポーズをとる。周りがおおっとどよめきの声を上げるのはなぜなんだろう。
本田サルシス
「しかしボクがここから飛び込んでしまったら、この飛び込み台は上に芸術を失った空虚な土台だ。もはや芸術作品ではなくなってしまう……! ボクはなんて罪深いことをしなければならないんだろう。こんなことなら、ボクはここに立たなければよかった。そうすれば、この飛び込み台もこのボクと一体になるという夢にこの先永遠に苦しめられることもなかったろうに!」
プールサイドに、響き渡るサルシス君の悲痛な叫び。それは人の心を軋ませるほどで、周りにいた皆も同情に満ちた眼差しでサルシス君の足元にある飛び込み台を見つめる。私も、長年プールの傍に佇み続けた飛び込み台に目を向ける。もとは白かったはずのその質感は長年プール際にいたからかぼやけていて、横に刻まれた数字も滲んでよく見つめないとわからないぐらいだった。
サルシス君は飛び込み台から飛び込みかねているみたい。どうすれば、いいのかな……。
選択1「でも、飛び込み台だから」
選択2「……(突き飛ばす)」
●ルート1
「でも、飛び込み台だから」
私のその言葉に、サルシス君はぱっと顔を上げた。彼は呆然と私を見つめたかと思うと、徐々に体を震わせて急に大笑いをし始めた。さっきまでの悲しみに満ちた空気が一気にはじけ飛んで行って、サルシス君は明るい表情で両手を空へと飛ばす。
本田サルシス
「ああ、そうだった! そうだったねぇ! これは飛び込み台だ! いままで数えきれないほどの人間を彼はその上に乗せて、そして送り出してきたんだ!」
くるくるとサルシス君は飛び込み台の上で周り、なんとも幸せそうな笑みを浮かべる。
本田サルシス
「ここは土台なんかじゃなく、舞台だったんだね! 一瞬の芸術を永遠にする場所だったのさ! ボクはなんて見当違いなことで苦しんでいたのだろうね! 一瞬の美こそ、この飛び込み台の誰にも持ち合わせない素晴らしさだったというのに!」
そう高らかに飛び込み台への賛辞を述べたかと思うとサルシス君は、目を引きつける整った姿勢でプールへ飛び込んだ。水音と共に水しぶきが上がる、その最後の瞬間までが完成された何かのように美しい。
水面から顔を上げたサルシス君は、私の方を見て大きく手を振る。
本田サルシス
「ありがとう、キミのおかげでボクは飛び込むことが出来た! ボクの美しさ、ちゃんと見ていてくれたかい?」
私はそれに応えるように手を振り返した。
【それは咲き散る花の気分】
●ルート2「……(突き飛ばす)」
いつまでもここにいても、どうにもならない。誰も動かないなら私がやるしかない。私が引導を渡してやるわ。
私は固い決意を胸に、サルシス君の背後に回り、全身全霊全体重をかけて彼を突き飛ばした。
あっと突き飛ばした瞬間に声をもらしたサルシス君は、空中でくるりと綺麗に身体を回転させて綺麗にプールの中に飛び込んだ。それはとても美しい、最後の一瞬だった。
しばらくサルシス君は沈んだまま浮かんで来なかったけれど、不意にぱしゃんと水面を揺らして顔を出した。彼の頬を伝って流れる水滴が、まるで涙のようにも見える。
本田サルシス
「ああ、あっという間だった。泡になった人魚姫というほどに儚かった。……うん。でも、いつかボクはこうしなくてはいけなかった。残念ながら、ボクのすべてを飛び込み台に捧げることはできないからね。はやければ早いほど、傷は浅かった。これで良かった……」
悲しげな顔をするサルシス君。悲しいけれど、でも誰かがこうしなくちゃいけなかったの……。
私はちょっぴり苦い思いで、飛び込み台に目を向けた。誰もいなくなったそこは、なんだかとても寂しそうだった。これで、よかったんだよね。
【尊い犠牲だった……】