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王子様のロマン(シナリオ版)  作者: 運転手
1年 1学期
10/28

体育祭(5月4週目)

ボブ子

「いってきまーす」


 今日は体育祭。いつもより早い時間に家を出る。

 さぁ、今日も一日がんばるぞ。

 気合を入れて自転車に乗って学校に向かっている途中で、見知った姿を見かけた。


桂木啓太

「あれ、おはようボブ子さん」

ボブ子

「おはようございます、啓太先輩。今日は体育祭ですね」

桂木啓太

「うん。なんだか緊張するよ、いままではそんなことなかったんだけど。今年はボブ子さんがいるからかな? ボブ子さんが見てくれるなら、活躍しなきゃって思うよ」

ボブ子

「啓太先輩は赤組と白組どちらですか?」

桂木啓太

「僕は赤組。ふふ、ボブ子さんと同じだよ」

ボブ子

「そうなんですか。それじゃあ、味方同士ですね。今日はよろしくお願いします」

桂木啓太

「うん、よろしくね」


 うちの学校はクラスごとに赤組か白組かを振り分けられる。私のクラスは赤組で、啓太先輩のクラスも同じだったみたい。あれ。……そういえばわたし、啓太先輩に赤組だって伝えたことあったっけ?

 不思議に思ってちらりと見るけど、啓太先輩はにこにこ笑ってこちらを見つめてくるだけだった。

桂木啓太

「僕は大玉転がしの競技に出るんだ。……応援、してくれる?」

ボブ子

「もちろんです。がんばってくださいね」

桂木啓太

「本当? よかった……。僕を見ててね、がんばるから」


 啓太先輩は握りこぶしをつくって私にそう宣言する。そうした時の腕の筋が意外としっかりしていて、童顔の啓太先輩が初めて男の子っぽく見えたかも……。

 その後学校まで、啓太先輩と一緒に登校した。





[・・・ロードします・・・]





 体育祭がはじまった。先週の大雨が嘘のような快晴。長袖だと熱いくらい、強い日差しがふりそそいでいる。

 いつもより開放的な雰囲気がそうさせるのか、今日は練絹君の周りには他クラス、先輩関係なく人が集まっている。表情はいつも通り涼し気だけど、でも大変そうだな。……そういえば練絹君って、花形競技のリレーに出場するんだっけ。また人気が上がりそうだなぁ。

 ピィッ

 ホイッスルの音が鳴って集合がかけられた。鳴らした本人である担任教師の伊藤先生も、私たちと同じ赤いハチマキを頭に巻いている。


伊藤忠良

「みなさん、今日がいよいよ体育祭本番です。気持ちよく晴れて本当に良かった。みんなで力を合わせてがんばりましょう。……ただ、熱中症とかにだけは気をつけてね。水分は小まめにとること。暑かったら日陰に入ったりすること。困ったらすぐに僕を呼んでね」


いつもにこにこ笑っている伊藤先生が、体調管理について少し怖い顔で真剣に注意する。最近、熱中症で病院に運び込まれたニュースがよく流れているからかな。

クラス全員が「はい」と返事をしたのを聞いて、伊藤先生はゆるりと顔を緩ませた。


伊藤忠良

「うん。ルールを守って、今日は楽しい体育祭にしましょう」


それを合図に、最初の競技に出る人たちが準備をしはじめる。私も応援に力を入れておこう。

 プログラムを確認する。一番気になる競技は……。



選択1⇒「リレー」

選択2⇒「借り物競争」

選択3⇒「大玉転がし」



●リレー

 リレーはクラスから足の速い一人が選ばれて出場する。うちのクラスからは、練絹君だ。

 クラスメイトの女の子たちが応援席の最前列に集まって、練絹君にそれぞれ声援を送っている。それを受けた練絹くんは、よく分かってなさそうな顔でぺこりと女の子たちに丁寧にお辞儀を返していた。

 私も、応援すべきだよね。だけど、どうやって声をかければいいんだろう。


ボブ子

「ね、練絹君……!」


 ただの応援なんだから、ただがんばれって言えばいいだけ。そのはずなのに、他の子達の同じなのが嫌な気がする。でもがんばれ以外に、他に何が言えるんだろう。ぐるぐると頭の中で言葉を探していると、私の目の前に影ができた。顔を上げると、そこには赤い瞳を瞬かせる練絹くんがいた。


ボブ子

「ね、練絹君? どうしたの……?」

練絹八十

「私の名前を呼んだでしょう? どうしましたか、五津木さん?」

ボブ子

「あ、えっと、その……」


 いまだに私の中には、応援する言葉が思い浮かんでこない。そんな私を練絹くんが不思議そうに首をかしげる。


ボブ子

「――練絹君は、どうやって応援してほしい?」


 ど、どうしよう。応援の言葉が見つからなくて、ついつい本人に聞いちゃった。

 練絹君は私の言葉をじっくり吟味するようにあごに手を当てて黙り込んだ。


練絹八十

「……私は、私の名前を呼んで、それで褒めてもらえたらとても嬉しいです。褒めてもらえたら、やる気がでるかもしれません」

ボブ子

「練絹君は、それでいいの?」

練絹八十

「はい。もしできるのなら――下の名前でお願いします」

ボブ子

「え?」


 思わずどきりとしてしまう。しかしそんな私の様子に気付きもしない、練絹君はサラリと言葉を続けた。


練絹八十

「名字は呼ばれ慣れていないんです。そちらで呼ばれても、自分だという実感がありません」

ボブ子

「あ、そうなんだ」


 勝手に緊張してしまった自分に、なんだか気恥ずかしくなってしまった。いや、でも、男の子に突然下の名前で呼んでくれって言われたらちょっと期待しちゃうというか……。

 自分を落ち着かせるように一度息を大きく吸ってから練絹くんを見上げた。


ボブ子

「八十君は、すごく足が速いよね。授業中いつもすごいなって思ってた。だからきっと、リレーでも一番速く走れると思う。その、頑張ってね」

練絹八十

「はい。……はい、ありがとうございました。がんばってきますね。見ててください」


 ひらりと手を振った練絹君は、リレー選手の集合場所へと行ってしまった。選手たちがみんな自分の位置について、審判の人が旗を上げる。

 パンッという破裂音とともに、リレーが始まった。赤組と白組は両者、ほとんど差がない勝負を続けていく。もうすぐ練絹君の順にバトンタッチというところで、赤組のリレー選手がバトンを手から滑らせてしまった。赤組の人がバトンを拾っている間に白組はあっという間に差をつけてしまう。そして、練絹君にバトンが渡された。

 練絹くんは流れるような足取りで走り出す。太陽がきらりと彼の白髪を照らして、透けているように見えた。白組を追って、少しずつ距離を縮めていく。女子も男子も、赤組は全員練絹君を応援している。


ボブ子「八十君!」


 目の前を横切った練絹君はあっという間に走っていってしまう。彼はそのまま白組に追いついて、ちょうどそこでバトンを次に渡した。

 走り終えた練絹君がふりかえって、こちらに向かって手を振っている。それに反応して、うちのクラスはみんな大盛り上がりで手を振り返した。

 結局赤組はリレーで負けてしまったけど、大健闘をした練絹君はクラスのみんなにもみくちゃにされてしまった。……一瞬だけ、練絹君が私だけに手を振ってくれたんだと勘違いしちゃった。恥ずかしいな。





[・・・ロードします・・・]





 あ、そろそろ私の出場する競技だ。私の競技は……。



選択1⇒「玉入れ」

選択2⇒「むかで競争」



●ルート1「玉入れ」

出場するけど、実はあんまり玉入れは得意じゃない。たくさん投げれば何個は入るよね。

合図とともに玉を思いっきり投げる。玉を拾っては投げ、拾っては投げを無心に繰り返す。さらに投げようと玉を握って上を向いた瞬間、ぼすんと上から降ってきた玉が顔に落ちてきた。それと一緒に、目に砂が入ってしまった。じわりと痛くて思わず目を押さえてうずくまると、玉入れは終わってしまった。

勝負は――赤組の敗け。

残念に思っている余裕もなく、私は競技が終わってすぐに水場に向かった。目に入った砂を洗い流さないと。ぼんやりとする視界の中で、蛇口をひねって顔を洗う。砂はとれたけど、まだ目が痛い……。


下前学

「大丈夫か、目が赤いぞ。このタオルで顔を拭きたまえ」


 目の前に白いタオル差し出してきたのは、下前君だった。ありがたくタオルを受け取り、顔をふく。


ボブ子「ありがとう。でも、今は敵同士なのに助けてくれてもいいの?」

下前学

「何を言っているんだ。ただの体育祭の組分け程度で、困っている人を助けないわけはないだろう。おかしなことを気にするのだね、君は」

ボブ子

「そうだね。……下前くんは、どうしてここに?」


 玉入れが終わって次の競技が始まってしまったから、水場にはほとんど人がいない。わざわざ水場にいるってことは、下前君もどこか汚れたりしちゃったのかな。

 そう思って下前君に聞くと彼は気まずそうに視線をさまよわせて、もごもごと口ごもる。


下前学

「えっと、少し休憩をしていただけだから気にしないでくれたまえ。……僕はそろそろ行く」


 逃げるように行ってしまった下前君に、私はタオルを返すのを忘れてしまった。また今度、タオルを返さないと。





[・・・ロードします・・・]





 体育祭の後半は部活対抗リレーだ。運動部も文化部も一緒になって走る。これは赤組と白組の勝ち負けが関係のない部活アピールみたいなものらしい。バスケ部はバスケのユニフォームを着て走るし、水泳部は水着で走るし、文芸部は広辞苑を片手に走り、パソコン部はマウスを片手に走る。

 私の所属している演劇部は、毎年テーマがあるらしい。去年は「眠れる森の美女」を舞台にした衣装を着て走り、秋にある文化祭の劇を大きく宣伝。今年の文化祭は「シンデレラ」をやるので、その宣伝も兼ねての衣装を着て走るらしい。


本田サルシス

「ボクに任せてくれたまえ! 誰よりも優雅に美しく、観衆の目を集めてみせるよ」


 御者の衣裳を着こなしたサルシス君が大振りな動きでポーズを決めている。主役じゃ無いはずなのに、彼が一番視線を集めそう……。


エンクマ

「あー。あっついわー」


 クマの着ぐるみをしっかりと装備したクマ先輩が、やる気無さそうにだるーんと立っている。……どうしてクマの格好なんだろう、シンデレラにクマって出ないけど。そもそもクマ先輩のクマ以外の姿を見たことが無い。


エンクマ

「やっぱり着ぐるみって暑いわー。首から上だけクマとかじゃだめ? あ、だめー」

ボブ子

「クマ先輩って、どうしていつも着ぐるみなんですか?」

エンクマ

「あれ? もしかして、俺が好きで着ぐるみを着てると思われてる?」

ボブ子

「違うんですか?」

エンクマ

「ちがうちがう。この着ぐるみの「エンクマくん」は演劇部のマスコットキャラだから、常に誰かがクマを演じなきゃいけないの。俺は去年あみだでエンクマ役を任命されただけ」

ボブ子

「そうだったんですか」


 てっきり私は、先輩が趣味でクマをしていると思っていた。だっていつ見てもクマなんだもん。


エンクマ

「そろそろ出番かー。じゃ、お互いほどほどにがんばろうぜ」


 気合十分といった様子だったサルシス君の背中を叩こうとしたクマの手は、触れることなく叩き落とされた。サルシス君が素早く手の平で払いのけたからだ。

本田サルシス

「心配されなくとも、ボクは誰よりも輝きますから」


 いつも底抜けに明るく響き渡る彼の声とは思えないほど、淡々とした声を出したサルシス君はそのままスタスタと自分の持ち場へと行ってしまった。

エンクマ

「……俺、嫌われてる? なに? うざい? 俺もしかして、うざい先輩? 俺、そんな自覚なかったけど、そんな感じなの?」

ボブ子

「た、たまたま機嫌が悪かったんですよ」

エンクマ

「さっきまで、すっごい絶好調だったじゃーん。……もしかして、知らないうちに俺なにかしてた?」


 うなだれてとぼとぼと自分の持ち場へと歩いていくクマ先輩の後ろ姿にはどんよりとした影が覆っているように見えた。それにしても、サルシス君どうしたんだろう。三か月も経たない短い付き合いだけど、彼らしくないような気がする。

 どうしても気になって、サルシス君を追いかける。


ボブ子

「サルシス君!」

本田サルシス

「おや、どうしたんだい? もしかして、勝利の女神にも愛されてしまう美しいボクから祝福が欲しいのかな?」


 振り返ったサルシス君はいつもの輝いている彼だった。


ボブ子

「えっと、さっきはちょっと調子が悪そうだったからどうしたのかと思って」

本田サルシス

「さっき……? ボクに影が差すときなんてないさ! ただ、たまに影すらもボクに恋してまとわりついてくる時があるからね! もしかしたらそのタイミングだったのかもしれない!」


 あ、空元気とかでもないや。やっぱりいつもの彼だ。

 しかしいつも通りに振舞った後、一瞬だけふとサルシス君は息を吐いた。


本田サルシス

「でも、そうだね……。クマは少しだけ苦手なのさ。どうしても気が合わなくてね」

ボブ子

「え?」

本田サルシス

「でも心配はご無用さ! ボクの美しさは永遠不滅なのだからね!」


 そう歌うように高らかに言うと、彼はくるりと踊るようなステップで去って行ってしまった。

 クマが苦手だから、クマ先輩のことも苦手なのかな……?





 [・・・ロードします・・・]





 体育祭の結果。私たち赤組は見事に――白組に負けてしまった。悔しいなぁ。来年はがんばろう。

 閉幕式を終えて、私はへとへとになって家に帰った。


他選択だったら……



●注目する競技が「借り物競争」だったら、

 借り物競争は、グラウンドの真ん中に置かれているボックスからお題の紙を一枚引いて、そのお題の品を持ってゴールするというものだ。お題のうちの何個かは運営の人がふざけているらしく、去年は「馬」なんていうものがあったらしい。馬なんて、どうやって借りてくるんだろう……。

 借り物競争に出る出場者達を見ると、一際目立つ明るい金髪が目に入った。隣のクラスのサルシス君だった。赤組白組関係なく、大きく手を振ってモデルのように笑顔を振りまいている。

 ぼんやりと彼の姿を眺めているとぱちりと目が合った。すると、ぶんぶんとこちらに向けて大きく手を振ってくる。

 どうしよう……。今は敵同士だし、手を振り返していいのかな。

 私が手を振ろうかどうしようか悩んでいる間も、サルシス君は手を振り続ける。それどころか更に勢いを増してぶぉんぶぉんと腕を振り回す形になっている。

 このままだと、サルシス君の腕がすっぽぬけてどこかへいってしまうかもしれない。私のせいで彼の腕が無くなってしまうなってことになると目覚めが悪いので、控え目に手を振り返しておいた。するとサルシス君はやっと満足そうな顔をして手をおろしてくれた。

 借り物競争が始まる。

 サルシス君はポニーテールにした長い金髪をさらりと風になびかせながら走っていく。まるで映画でも見ているかのような、美しい絵になる走り方だ。手足が長いから、そういう風に思えるのかな。

 ボックスに手を入れて、なぜかゆっくりと見せつけるようにサルシス君はお題の紙を広げた。


本田サルシス

「なるほど! 神様もなかなか素敵な采配をするじゃないか!」


 そう言ったかとサルシス君はそのまま、何も取りに行こうとはせずにそのままゴールしてしまった。もちろんゴールしたのは一番だけど、彼は何も借りてはいない。

 審判の人が慌てたように近づいていく。サルシス君は腰に手を当てて、見せつけるようにお題の紙を見せつけた。


本田サルシス

「まさにボクのためのお題だね! なんて簡単なお題だ!」


 その紙に書かれている文字は、「絶世の美人」だった。


審判

「えっと……?」

本田サルシス

「美しいものといえば、まさしくこのボクのことじゃあないか! 借りるまでもなかったよ!」


 そうして笑うサルシス君は、いま空に輝いている太陽よりも眩しいかもしれない。そんな彼に目を眩ませてしまったのか、審判の人もサルシス君のゴールを認めて彼は見事一着になった。

 じゃあ、これから私が借り物競争で「美人」のお題が出たらサルシス君を引っ張っていけばいいんだね。でも赤組と白組で敵同士だから、もしかしたらついてきてくれないかも。

【神様からこの美しさを借り受けました】



●注目する競技が「大玉転がし」だったら、

 大玉転がしは、二人一組になって大玉を転がして速くにゴールしたらいいという単純なものだ。あんまり目立つ競技じゃないけど、啓太先輩が出るみたいだし一生懸命応援しよう。

 競技者が並ぶ列に、私と同じ赤いハチマキを巻いている啓太先輩を見つけた。その隣に立っているのがペアの人かな。なんだかペアの人が震えているような……、緊張しているのかな。

 それにしても大玉って、思っていたよりも大きい。私よりも大きい啓太先輩よりもさらに大きいんだから。

 審判の合図とともに、大玉転がしは始まった。

 一斉に走り出し、転がされていく大玉。大玉は制御が難しいらしく、みんなあっちへいったりこっちへいったりと大変そうだ。そんななかで、啓太先輩はというと……。


ボブ子

「あれ?」


 他が全力疾走しているなか、一組だけ小走りだった。しかも大玉を転がしているのは片手だけだ。でも、そのおかげか大玉が制御できているらしく、コースアウトすることなく着実に進んでいる。

 ぐるりとコースを回って、私が立っている前のところまで来たところで大玉はなぜかスピードを落とした。啓太先輩の方を見るとなぜか歩いていた。どんどんと他のペアに抜かされても、顔色一つ変えず、焦りを見せることも無い。

 どうしたんだろう、啓太先輩。足でもくじいちゃったのかな……?


ボブ子「啓太先輩、がんばってください」


 私が声をあげると、啓太先輩がぱっと顔を上げた。


桂木啓太

「うん、わかった。がんばるね」


 それからの啓太先輩はすごかった。指先一つで完全に大玉を自分の支配下において、大玉はまるで自分から転がっているかのようにゴールしていった。啓太先輩は他のペアを全員抜いてあっというまに一位になってしまったのだ。

 ゴールしてこちらに手を振ってくる先輩に、私も手を振り返す。

 啓太先輩って、気づいていない所ですごい人だよね。意外なところで活躍してるなぁ。

【君は僕だけのやる気】



●主人公の出る競技が「むかで競争」だったら、

 私はむかで競争に出場する。しかし、私はむかで競争が嫌いだ。何が嫌いってその競技名がそもそも嫌いだ。「むかで」なんてあんな気持ち悪い昆虫の名前を冠した競技なんて好きになれるわけがない。しかも競技の格好はとても不格好。あの時、じゃんけんに負けなければ……。

 むかで競争のチームで足に紐を結びながらも、過去にチョキを出してしまった自分を呪う。うら若き乙女が「むかで」になるなんてあってはならないことだわ。


ボブ子

「むかでなんて」


 そう呟いた瞬間、なにかがぞわりと背中をなぞった感触を覚えた。ぱっと背中に手をやるが、何も見つからない。なんだったの、今のは……?


女子A

「感じてしまったようね……」

ボブ子

「え?」

女子A

「あなたが今、感じたのがむかで競争の真実。それこそがあなたが真に闘うべき相手……。今のあなたなら、向こうにあるものが見えるはずよ」


 同じむかで競争のチームの女の子が、決意を秘めた瞳で私を確認する。そしてむかで競争のコースのカラーコーン向こうを指さした。その先の光景に私はハッと息をのむ。

 それは描写するのもおぞましい、むかでになった私の姿だった。


女子A

「惑わされないで、あれはただの幻覚。……でも、一歩間違えればあれはあなたの未来の姿になるわ」


 ごくりとつばを飲み込んだ私に、彼女はそっと温かい手の平を私の肩に乗せてくれた。それが小さな心の支えとなって、私は座り込むことなく立ち続けることができた。


女子A

「むかでに打ち勝つには、むかでになるしかないの。逃げ切りしょう、むかでから。私たち自身がむかでになって」


 むかでになりたくない一心で、私はむかで競争に挑んだ。

 私はむかでじゃない、むかでになりたくない、私は人間だ。そう唱え続けて足を動かし続けると、むかでは徐々に私から離れていった。最後のむかでの猛追も切り抜けて、ゴールへと飛び込む。私は勝ったのだ。

 むかで競争の結果としては、三位だった。

 振り返ると、さよならをするようにむかでの私がゆらりと揺らいで消えていった。

【むかでに向かって】


※部活動別分岐は、後日番外編にて投稿します。

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