蟹戦争 -ALCHEMIST CANCER-
2xxx年、突如として現れた謎の生命体は瞬く間に地上を覆い尽くし、あらゆる文明、国家を破壊し尽くした。
それは究極の雑食性を持ち、動物(もちろんそこには人間も含まれている)、植物のみならず、鉄やコンクリートすらも砕いて食べた。
人間はその生命体に総力を持って戦いを挑み、核兵器すら使って抵抗したが、結果は無惨と言うより他にない。
国家、民族、今までにあったすべての版図は意味をなくし、多くの人間が産業革命以前の生活を強いられこととなる。
歴史上、一度として訪れる事のなかった一切の差別、区分なき時代というのが、狩られる者、つまり人間が捕食者にとっての餌となってはじめて訪れたというのは皮肉でしかない。
あらゆる爆炎があった。
ほんのわずかな酸素すら残さないような炎の中にあっても生命体は生き延びた。
あらゆる毒が振りまかれた。
生命という概念に挑戦するかのようなその行為は一度として実を結ばなかった。
人間は使える攻撃手段はすべて試し、そこにはあらゆる死があったが、それはすべてその生命体以外の地球上のほとんどすべての生命の死でしかなかった。
大きさは大型車ほど。
巨大な爪を持ち、扁平な身体の両脇には爪とは別に五対の歩脚。
地球上のどんな鉱物よりも硬い外殻に覆われ、ありとあらゆる物を食べる。
すべての人間が戦慄したその魔獣のごとき生命体は、皮肉な事にかつて人間が散々食い尽してきた生物に酷似していた。
その姿は蟹そのものだった。
世界は荒廃した。
それでも人間は生き延びていた。
きっと救われる。
救済される時がやがて来るのだと信じて。
長い長い時の果てに、それは確かに訪れた。
ふたつの企業が同時期に開発したある兵器によって。
その兵器はこれまで決して傷つけることの出来なかった蟹、キャンサーを殺し、再び人間の版図を広げていく。
ALCHEMIST CANCER。
通称AC。
その姿は世界を滅ぼす一歩手前まで到達していたキャンサーそのものだった。
どうやっても殺せないはずの魔獣の死体、それをどうやってか手に入れたふたつの企業は兵器へと転用し、やがて世界を救うはず、だった。
人間は世界を取り戻していき、ふたつの企業の元へと集っていく。
ひとつだったはずの人間たちが、ふたつの勢力へと振り分けられていく。
キャンサーの数は減り、人間の数は増え、やがて人間は思い出した。
人間の敵はやはり人間なのだと。
倉雲重工。
クロノス。
お互いがお互いを敵と認め、争いを始めた時、再び世界は荒廃への道を進み始めていた。
爆炎は業火を振りまき、業火はより大きな爆炎の種火として世界を焦がしていく。
そこに人間を救おうとする神様は、いない。
いなかった。
「作戦内容を説明します」
耳に馴染んだオペレーターの声が響く。
まるで寝物語を聞くように、穏やかな気分だ。
深海の奥底に落ちていくようなイメージを抱くのは、自分達AC乗りがダイバーと呼ばれているからだろうか。
激しい機体の挙動で身体がミンチにならないように、コックピットの中は特殊なゼリーのような液体で満たされている。
そのため、パイロットはまだ人類が地上の覇者として君臨していた頃に行われていたダイビングのようなスーツに頭からすっぽり包まれている。
今では海なんて汚染物質の揺りかごでしかない。
そんな海でダイビングなんてしたことのある人間なんて地上のどこにもひとりとしていないのに、当たり前のようにそう呼ばれるのは、こんなにも荒廃した今でも人間がノスタルジックな生き物だからなのかもしれない。
「エリア87にキャンサー15体が侵入。現在、区画管理を行っているクラウンインダストリーからすべてのキャンサーを駆除するようにと依頼がありました。作戦区画は現在、プロジェクトテラのテストケースとして、候補に挙がっています。AC単機による遂行が望ましく、環境負荷は最低限に留めるように、との注意事項がありましたため、あなたひとりでの作戦となります」
その言葉に思わず安堵の笑みをもらす。
ひとりの方が良い。
たまにあるのだ。
監視役みたいに企業のお目付役のACがついてくる事が。
正直、邪魔でしかない。
俺みたいなどちらの企業にも属さない傭兵にとっては。
かつてダイバーはふたつの企業のどちらかに必ず属していた。
ACの登場により、人間の領土を回復し、そして今また人間同士で争うようになった時、そこにはかつての戦争形態というのは全く残らなかった。
強大な力を持ったACに対抗出来るのは、ACしかない。
ACの機体、パイロットを盛大に使い潰しての抗争の果てに、ふたつの企業はまるで協議したみたいに抗争をアウトソーシングし出す。
傭兵の時代の始まりだ。
今では5つの傭兵組織がふたつの企業の代理抗争を行っている。
クラウンとべったりのグローバルヴォーテックス。
クロノスとべったりのダイバーズネット。
そして中立として両企業どちらの依頼も金次第で請け負うコンコルド、アース、そしてサイモンズ。
そういえばそろそろ自分がコンコルドからアースに移って1年が経った頃だろうか。
その事をオペレーターも思い出したのかもしれない。
「あなたは弊社に来た時には既に完成されていました。あなたへの弊社の信頼度は他のダイバーの比ではありません。それでも気をつけて」
視界の隅に写るデジタルの数字を確認して、そろそろ作戦領域が近い事を察する。
最低限のステータスだけ残して、ほとんどを切っていた視覚をACの視覚とリンクさせる。
写るのは無機質なコンテナの内側。
確認するようにぐるりと全周を、機体を動かさずに見回す。
外に立っていれば、ACの甲殻の上と下のボディの間にインジケーターみたいに光がぐるりと回るのが見えただろう。
パイロットの操作のほとんどは意識下で行われ、肉体動作を伴う操作はごくごく僅か。
今では自分の身体よりも、機体を身体として動かしている時間の方が長い気すらしている。
「作戦領域です。降下直後から即戦闘開始となります」
システムはオールグリーン。
わざわざ声に出さなくとも、オペレーターの方でも機体状態は確認しているはずだ。
生体センサーには確かに15個の光点。
まとまらずに散らばっている。
「システムを戦闘スタイルへ移行。降下開始、3、2、1、ダイバー、作戦を開始してください」
落とし穴みたいにコンテナの床が開いて抜ける。
ここまで運んでくれたキャリアーとはおさらばだ。
一機のヘリが飛び去りながらもコンテナを閉めるのを見届けて、意識を切り替える。
自身の肉体で受けるそれとは微妙に異なる奇妙な落下感に包まれながらも、センサーと目視で最初の標的を選んだ。
ブーストを入れて降下速度を調整。
接続している武器を二度、三度と切り替えて、問題ない事はステータス上で分かっているのにきちんと機能していることを確かめる。
ついでにコンテナから同時に落下した複数のドローンが追尾してきているのも確認。
ドローンのひとつに視界を切り替えて、機体状態を俯瞰する。
こんな事を確認しなくても、機体は万全だと分かっているのに、わざわざ確認するのはド新人だった頃からの癖だ。
今回の作戦で選んだ武器は3つ。
まんまキャンサーそのもののボディの前側に左右均等に載る、戦車の砲塔のような一対のそれは分類で言うならライフルの一種だ。ACのほとんどの火器は背中に載せられ、どれもキャノンと呼んだ方が相応しいのだが、あまりにも多くの火器が開発された結果、分類は細分化され、役割的に前時代のそれに近いからとこう呼ばれている。
キャンサーの甲殻を元にした特殊弾頭を撃ち出す最も一般的な武装で、近距離、中距離で扱いやすく、最も戦場を選ばない武器でもある。
ルーキーに最初に使う事になる武装でもあるため、馬鹿にするダイバーも多いが、そういう奴ほど名を売るために変わった武器をどんな戦場でも使い続ける馬鹿であることもまた多い。
そのライフルの後ろ側にもまた一対の箱が乗っていて、それは垂直に打ち出すと、上空で方向転換して目標を追尾するバーチカルミサイルの発射装置だ。
そして最後のひとつはすべてのACに標準搭載されているといっても過言ではない、キャンサー自身の鋏、シザーズ。燐光を発してあらゆる物質を両断する最強の武装……なのだが、これが主武装だったのは、ACが開発された最初期、第1世代機から第2世代機のACくらいのもので、キャンサーの駆逐と新規武装の開発が進んだ第3世代機以降、現在の主流の第5世代機に至るまで続いている背中に載せた火器で撃ち合う時代にはほとんどお飾りにしているダイバーがほとんどだ。
あっという間に地面が近づいて来る。
ブーストを吹かしてジグザグに降下する。
レーダーにACの機影はない。
それでもこの降下中というのは狙撃されるチャンスなので、警戒するに越したことはない。
衝撃をブーストで緩和しつつ着地。
それでもひび割れていたアスファルトの道路にさらに深いひびが刻まれる。
倒壊したビル群。
寸断され尽くしてまばらに空に掛けられた橋のようになっているハイウェイ。
人の姿は当然なく、それどころか鳥の1羽、虫の1匹、雑草の1本すら見当たらない。
砂と荒廃、それだけの世界に、まるで象徴のように、動く彫像のような姿がある。
世界を破滅に導いた魔獣、キャンサー。
その触覚のような目が確かにこちらを見ていた。
当然、その背中にはひとつの火器もなく、震えるように一対の鋏が燐光を上げている。
対するこちらの機体には触覚のような目はなく、代わりにあるのは山のような火器だ。
その内のひとつが火を吹く。
発射された弾丸は無敵の甲殻を持つはずのキャンサーの身体を割り砕く。
だがこれではキャンサーは絶命しない。
さらにもう2発打ち込んでから、すぐさま移動。
蟹漁なんて飽きるほどにやってきた。
もうどこまでやれば奴らが死に、どこまでやらないと生き逃れるのか知り尽くしている。
熟練の漁師、なんて言葉が浮かんだが、この言葉もライブラリーで見た知識であって、実際の自分の記憶ではない。
生体センサーにある近い反応の元に向かいつつも、倒して回るルートを決める。
2体目を目視した瞬間にライフルで打ち倒す。
かつて破滅の魔獣と恐れられた怪物も、今ではシミュレーションの的とそう変わらない。
3体目は倒れたビル越しにミサイルで撃破し、生意気にもミサイルを避けた4体目は改めてライフルで滅ぼす。
キャンサーの動きは基本的には横方向へと限定される。
完全に水平移動しかできない訳じゃないのだが、空中に逃げるでもなく、立体的な挙動ではないため予測がしやすく、火器で倒すのはそう難しくない。
それに比べてACにはキャンサーにはないブースターが付いているため、高速移動ができるだけでなく、より立体的で複雑な挙動を可能としている。
さすがに超重量を誇るACの機体を自在に飛び回らせるほどの出力はないので、あくまでも超短期的な出力に限定されるが、それでもキャンサー相手ではあまりにも性能差があり過ぎた。
容易く10体を屠り、残弾がそれぞれ50%以下になっていることを確認しても、何の焦燥感もない。
ただそれでも経験則から、すべての残弾を使い尽くすのは危険と知っているので、11体目はケチって倒す事にする。
ビル群の隙間を縫うように接近して、キャンサーの横に出る。
背中のライフルの一丁を旋回させて一撃を見舞う。
足の2本が砕け飛ぶが、致命傷ではないと知っている。
ブーストを掛けつつ、最速で接近してそのままキャンサーに衝突。
その衝撃に合わせるようにブーストを斜めに吹かして急旋回。
その時にはもう機体は鋏を振り上げている。
燐光を放つシザーはあっさりと甲殻を割り砕き、赤とも紫ともつかない体液がしぶく。
カメラが汚れるのを嫌って再度ブーストを掛けて離脱。
これで多少は弾が残せる。
残りのキャンサーも順当に狩っていき、最後の1体がどうやって入り込んだのか、高架の上にいて、そこまで行くのが面倒だったのでミサイルで焼き殺す。
これで右側の1騎のミサイルが空になっていた。
ライフルも残りわずかだが、任務はこれで終わり。
後は安全な場所で待機しているはずのキャリアーを呼び戻して帰投するだけ。
とはならない事がままあるのが、この仕事のつらいところだった。
「ダイバー、レーダーに新たな反応を確認しました。反応からしてACです」
残業なんて、前時代の遺物が残っているのも、ダイバーくらいなものじゃないか?
そう言ってオペレーターが笑う確率は零に等しいだろうから、黙って機体を隠れるようにビル群の影へと動かす。
その間にもオペレーターは実際にドローンを使って機体情報を確認していた。
「エンブレムと機体構成から、ダイバーズネット所属、機体名【ハートノッカー】と判断します。高出力のスナイパーキャノンを2基載せた遠距離仕様。なんとか接近して倒してください」
今いる場所はクラウンの管理区であり、そこにクロノスの飼い犬であるダイバーズネットのダイバーが表れる意味はひとつしかないだろう。
この場所にキャンサーを追い込んで罠を張っていたか。
「たまらないねぇ。一仕事させてへとへとになったダイバーをぶちころしてやるのは」
どうやら陽気なタイプのダイバーらしい。
わざわざオープンチャンネルで呼びかけてきた。
「機体を残してダイバーだけで逃げるんなら見逃してやるよ。さっさと置いていきな」
知らない機体名だったが(当然、ダイバーも知らないが)、この手のダイバーは山ほど知っている。
ダイバーが力を求める時に、一番簡単な方法がある。
より良い機体に乗り、より良い兵装を揃える事だ。
時にそれは腕を磨くよりも有効な事が多い。
だが企業からの依頼というのは、抗争が激化している時ならともかく、平時はそう多くはない。
自分が受けたような蟹漁くらいならば日常的にあるものの、そう大した金は入ってこない。
そんな時に一攫千金を狙うなら、他のダイバーを襲ってACを鹵獲するくらいしかなかった。
さらにはACの撃破数というのは組織への契約金にそのまま繋がる。
より多くのACを倒せば倒すほど、多くの名声と金が手に入る。
より良い機体が優先的に手に入る、企業専属ダイバーへの道すらも見えてくるのだ。
今、オープンチャンネルで下卑た声を上げている海賊のようなダイバーは古今、絶えたことがなかった。
使い切ったバーチカルミサイルを1基、パージする。
何も奴にくれてやるためじゃない。
機体を少しでも軽くして、機動性をあげるためだ。
キャンサーと言っても、タイプがある。
防御力に優れた重量級、小柄で移動力に優れた軽量級、バランスの良い中量級。
今自分が乗っているのは中量級であり、敵が乗っているのも中量級だった。
使い切った弾薬分と、兵装の違い分だけ此方の方がやや軽い。
どうしたって機動力は必要になる。
全兵装をパージして、一目散に逃げるというのも手だが、結局どこかでキャリアーに乗れなければ逃げ切れない。
長距離戦仕様のAC相手にそれは難しいだろう。
少し悩んでライフルも1基パージした。
一度パージすれば、クレーンがなければ載せ直す事はできない。
それでも重視するのは火力よりも機動力だ。
「おーおー、良いねぇ。諦めずにこそこそと動き回る雑魚ってのは。ドキドキするぜ。お前もしてるだろう?ドキドキさぁ。死ぬ瞬間まで活きの良いところを見せてくれよ」
ビルの影から通りを渡ろうとした刹那、アラームが鳴る。
ロックオンアラームだ。
「この俺に!」
だが、それは予測していた。
オペレーターが今もドローンで敵を追っていた。
位置は正確に掴んでいる。
ブーストを吹かして一気に通りを渡る。
高速弾はかする事なく通り過ぎた。
「あぁん?避けただと?……アースなんて雑魚組織の雑魚ダイバーが?ふざけろよ?」
反論せずにビルの影から影へと移動する。
敵の使うスナイパーキャノンは当たりどころが悪ければ、たったの一発で行動不能にさせられる。
そして敵は口は悪いが腕は決して悪くない。
ちょっとでもブーストを吹かすタイミングを間違えば、あっという間に撃破されるだろう。
同じパターンにならないように、回避軌道を変えながら、致死のはずの一発を、ただの無駄な一発へと。
目まぐるしくレーダーを確認して、地形を瞬時に判断し、幾度となく接近を試みる。
実際に何度かライフルとミサイルの射程には入れられた。
だが、敵もまたかすらせる事なく綺麗に躱す。
なにしろライフルは、スナイパーキャノンに比べればあくびの出る遅さだ。
ミサイルなんて、ビルの影に入れば簡単に避けられる。
汎用性は高くとも、ことAC戦においては、最も中途半端な武器と化す。
ミサイルを撃ち切ってパージする。
「しかし何だ?そのガキみてえな武装は?蟹漁を覚えたてのルーキーみてえなナリしてやがるのに、何で俺の弾を避けやがる?ありえねえ……ありえねえだろうがよ!」
北米エリアから亜細亜エリアへと移るのに合わせて組織も移動したが、とある事情で経歴をごまかした結果、契約金は破格だった。
今ではそれなりに貰えてはいるが、それでも2大企業直みたいな組織に比べれば、手に入る金はかなりの差がある。
良い装備も買おうと思えば買えるのだが、その分の弾薬をはじめとした維持費と言うのは決して安くはない。
ダイバーズネット所属のあんたとは違うんだよ。
湯水のように高価な弾を海賊稼業なんかで使い捨てやがって。
これでこちらに残るはライフル1基とシザーズのみ。
このまま避け続けて、敵も弾切れとなれば、さすがに引きそうな気がするが、決して相手もルーキーじゃない。全弾回避は厳しすぎる。
それに奴も高価な弾を使い捨てて帰るなんて真似はしたくないだろう。
海賊稼業でまさかとは思うが、どこかに追加弾丸とセットするための機材を持ち込むようなコストを掛けていたら、それこそどうしようもない。
高速弾が躱しきれずに残った足の1本を吹き飛ばす。
あぁ、確かにこいつは腕は悪くない。
頭は悪そうなんだがな。
「はっは!よーしよし!これからだ!やっと本調子になってきたぜ!なんだよ、俺の調子が悪かっただけかよ!!運が良かったな!」
言ってろ。
心の中で返して専念するが、実際に余裕はない。
さらに飛んできた一発を何とか躱す。
次の一発も躱す……そこで覚えたのは疑念。
次の一発を躱し切れずに、確信に変わる。
また足の1本が吹き飛ばされた。
だが、それは狙ってやっているように思えた。
足の2本を落とされて、しかもそれはすべて右側で、明らかに機動力が落ちる。
こいつ、遊び出したな。
「ダイバー」
さすがに心配になったのか、邪魔しまいと黙っていたオペレーターが声を掛けて来る。
その気持ちは嬉しいが、今はそのまま邪魔しないで欲しい。
賭けにはなるが、こういう馬鹿を相手にする時に、昔成功した方法を思い出した。
3本目の足が飛び、そして次の弾で片側の足がすべて飛ばされる。
いくらブースターがあるとは言え、こんな風にボディが接地してしまっては、機動力はガタ落ちだ。
それを察して敵ACが目前へと姿を現す。
ライフルを撃ったが、簡単に躱された。
そして狙い打ったようにライフルが飛ばされる。
間違い無い。
もうコイツは命のやり取りをしていない。
キャンサーよりも簡単なシミュレーションの的としか思っていない。
その証拠に更にこちらへと近づいて来る。
「ダイバー、逃げてください。ハートノッカー、あなたもどうか見逃して欲しい。対価は弊社から支払います」
「オペレーター風情が何言ってやがる?黙ってろ」
そうだ。オペレーターは黙ってろ。
こんな屑にくれてやる物はない。
特に命のやりとりをしている最中に遊び出すような屑には。
「さて、この俺相手に良く頑張ったな。まあ、あんたは運が良かったよ。俺の調子が悪かったものだから、生き残れるかもなんて期待させて悪かったな」
機体の鋏が燐光を放つ。
まだ武器は残っている。
「おいおい、まだやる気か?さすがに俺もさらに接近してやるほど、馬鹿じゃない。あんたの鋏は届かないぜ?」
そうかな?
そうだろう。
お前の機体だったらな。
第5世代のお前の機体なら。
「さて、終いだ。パージした武器は拾っておいてやる」
背中のキャノンがこちらのコックピットを狙っているのが分かる。
その砲口がぴたりと止まる。
「ダイバー!?」
オペレーターの声が響く。
そして自分は鋏を振り上げ、振り下ろした。
文字通り、空を切るように。
燐光が残像を生む。
それだけのはずの行為。
だが、結果はそうではなかった。
「……ば、ばかな」
コックピットを狙っていたのはそちらだけじゃない。
こちらもまた狙っていた。
本来なら有り得ない、シザーズから飛び去った燐光放つ刃によって。
「シザーズ光波……シックス……噂じゃなかったのか」
光の刃はハートノッカーの機体をざっくりと焼き切っていた。
ノイズばかりが流れてきていた通信はやがてプツリと静寂を取り戻す。
「お疲れさまでした、ダイバー。あなたはもしかして……いえ、何でもありません。今、私が見たものは記録から消しておきます」
噂があった。
既に第6世代のACは完成していると。
だが、二大企業はこれを自社のダイバーのみに渡し、決して外の傭兵たちには流していないのだと。
命知らずなダイバーたちは研究施設を襲い、この第6世代機を奪おうとしたが、逆に第6世代機を操るダイバーたちに抹殺されてきたとは、もう何年も前から言われてきていた。
通称シックス。
どちらの企業にも存在する、暗殺部隊。
誰も実際にそのシックスを見た者はなく、第6世代機も見た事がないはずなのに、シックスにはもうひとつの噂があった。
シックスの機体のシザーズは光刃を放つと。
シザーズ光波といつしか呼ばれ恐れられたが、あまりにも長い事ただの噂でしかなかったそれは、ただの都市伝説となり、今ではただの与太話でしかない。
そう思われていた。
自分は知っている。
与太話などではない事を。
第6世代機の真実を。
第6世代機は機体性能自体は第5世代機と実はそう変わらない。
違うのはダイバーの方だ。
第6世代機はダイバー自身を機体のパーツとして扱う。
その結果として、第5世代機まででは有り得なかったダイバーと機体の一体性能を発揮する。
まるで本当の自身の身体のように。
その正体は……手術の記憶がフラッシュバックする。
有り得ないほどの血を幻視する。
スプーンを曲げる少年少女。
透けて見えるカードの絵柄。
殺し合う子供たち。
やめろ。
やめてくれ。
それを振り払うように、機体制御には必要無い動作、頭を振る事によって正常な視界を取り戻す。
オペレーターの配慮は正しい。
企業の秘密を知った人間が、組織がどうなったか、それは枚挙に暇がない。
過去でも、現在でも。
「帰りましょう。ダイバー……ぇ?待ってください。レーダーに反応がありました……いや、消えた?」
この時の自分は知らなかった。
ビル群の影から去っていく機影があることを。
そしてその機影には、6の数字が刻まれたエンブレムがあったことを。