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徒然の猫  作者: 目様冬貴
第一部 王都編
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4話 物品検めの日



 今日は未明から雪が降り続き、王都は厳しい寒さに覆われていた。ただでさえ客の少ない私の店は天気が悪ければ本当に誰も来ない事が多く、いわんや大雪の日に客が来る筈も無い。


「だから、開き直って店を閉めると?」

「そうだ。開き直るのに閉まる、開き…ふふふ」

「面白くないです」

「それに、昨日受け取った本を一度きちんと調べなければ」

「買ってから調べるんですか。査定もしたのに」

「先生は色々な物を売り歩いているが、財が欲しいのではなく商売がしたいのだ。多少ならぼっても気にしない」

「手段が目的ですか」

「私の目にはそう見える」


 私は先生以外の森の人にお目にかかったことは無いが、噂によると彼らはどの共同体にあっても『自分は森に属する者である』という立ち位置を崩さないという。その点先生はそうは思えない振る舞いしかしていない。何か事情があるのだろう。なんとなく想像は出来る。


「ていうか、明らかに本ではない何かがありましたけど」

「受け取り手の居ない物を勝手に置いていく事もある。太古の呪物を押し付けられた事もあった」

「怖いんですけど!」


 詳細不明の金属器に詳細不明の魔法的処理が施されていて、危うく腕を喪いかけた。先生に文句を言うと『俺の腕はまだ引っ付いてる』と返され、呆れてものも言えなかった。

 今でこそ笑い話だが、あれ以来先生の持ち込んだがらくたをぞんざいに扱った事は一度も無い。ぞんざいに扱ったから腕を喪いかけたという訳では無いが。


「本屋って何をする仕事でしたっけ」

「少なくとも、訳の分からんがらくたを調べる仕事でない事は確かだな」


 訳の分からないがらくたが本の形をしていたとしても、それを調べるのはやはり本屋の仕事ではないような気がするが、魔法魔術学科出身の本屋が居ないのならばお鉢が回ってくるのも不自然ではない。王都は広いので他に居そうなものだが、私以外のそういった技能を持つ本屋は寡聞にして知らぬ。


「さて…」


 今私と小娘が居るのは、やたら細長い書店を内包する建物の住居部分、その地下一階である。主に物置や貯蔵庫として使っているが、先生が置いていった物の中でも特に用途不明詳細不明意味不明な物、または謎の魔法的処理が施されていると思わしき物、それらとは逆に明らかに危険であると分かる物が未分類のまま放り込まれている。余談だが、更に下階には風呂があり、食堂の地下であるここからは行けないという何とも不便な造りになっている。不便さを感じたことは無いが。


「これから行う調査は危険だが、どうする?」


 怖いだの何だの言いつつ後ろを付いてくる小娘にそう聞くと、長い尾が膨らんでいるのに気が付いた。人間には無い部位の挙動にはいつも目を奪われる。


「…私もここの従業員ですから、私に出来ることなら何だって手伝いますよ」

「それは心強いな。有難う」



ーーー ーーー



 過去の経験から謎の金属器には過剰な警戒を以てあたっているが、今私が握っている裂けた花弁の様な形の物は、そう危険では無いようだ。


「何ですかそれ」

「知らん」


 これが何かは分からないが、詳しく調査した結果、『周囲から魔力を吸収する機能を周囲から魔力を吸収することにより保つ魔術』と『余剰魔力で術式と器の劣化を防止する魔法』が施されているということが判明した。


「魔術と魔法が互いに干渉し合い、それによりどちらも本来のかたちを残して維持されている…」

「私共通語しか分からないので共通語で喋ってもらえませんかね」

「奇遇だな、私も共通語以外は分からん」


 両者とも非常に高度で精緻な構造だが、恐らく現代の技術では再現は難しいだろう。それを二つが支え合うかたちでとなると最早不可能である。そして残念なことに、後者の魔法により術式自体は残っているが、肝心の金属器が激しく損傷している。元よりこの形状を維持するための術式なのか、はたまた周囲の魔力を吸い尽くして辛うじて術式だけ残ったのか、真実はまさしく歴史の砂の中である。これでは魔法的魔術的な価値はあっても考古学的な価値は望めまい。門外漢なので知らんが。そもそも盗掘されている(としか思えない)時点で真っ黒なのだから今更どうということも無い。


「魔力の吹き溜まる場所に置いておけば壊れにくく錆びない置物……いや、学術院に研究資料として送った方が万倍ましだな」

「たらい回しじゃあないですか」

「他にどうしろと」



ーーー ーーー



「誰も受け取らないものを、先生さんは持って来るんですよね?」

「そうだな」

「その首飾りは普通に需要があると思うんですけど」

「怪しいな。露骨に」


 赤い宝石の嵌った首飾りは、保存状態が良く、目立つ破損は無い。そして宝石に複雑な魔法が一つだけ施されており、それは『自身に対する悪意ある魔法を吸収する』というものである。問題は、その『自身』と『悪意ある』の術式的な意味での定義が曖昧なことだ。凡その性質が判明してから少し実験を行ったが、終ぞ魔法が吸収された試しは無かった。こういう類いの物品では、恐らく『自身』の部分に問題があり、身に付けると禄でもない事が起こるのだろう。

 幸いというか、物理的な破壊への対抗措置は無い様で、私の独断で破壊した。


「少しもったいないですね…」

「やめておけ…」



ーーー ーーー



「この壺は、何か入ってるみたいですけど…あっ」

「うぉあ!」


 盛大な音を立てて、取っ手の取れた壺の中身が床にぶちまけられた。


「退避!」

「はっはいっ」


 しかし壺と違ってその中身は、床に広がる事は無く、こんもりとした山の形に纏まってぷるぷると震えている。


「水か…?」

「いやどう見ても水じゃないですよあれ」

「水は専門分野だ。水を扱わせて私の右に出る者は居な…あまり居ない」

「ちょっと!なにやる気になってるんですか!危険ですって!」

「心配するな。この家も地下水脈で選んだのだ。水に関しては一家言持っている」

「その真顔で冗談言うのほんとやめてください!…冗談ですよね?」

「………」

「………あの」

「ふうっ!」

「あっ待て!駄目ですって!」

「離せ!私ならやれる!」

「何を意地になってるんです!子供か!」

「…ん?」

「あれ?」


 水は、その形をもにょもにょと変えていた。どうやらある程度私の思う通りに動くらしい。


 慎重に調査した結果、水に施されているのが何なのかは全く分からなかったが、魔術を使う要領で魔力を通すとかなり自在に操れる事が判明した。凍結、蒸発、昇華、浮遊、分離と思いのままである。更に、普通の水を混ぜようとした所、水の上に水が浮くというかなり奇っ怪な光景が出来上がった。どう頑張っても増やしたり、そして減らしたりするのは不可能であった。とても使い勝手が良い。

 そして最も特筆すべき特徴は、どれだけ体積や状態が変化しても、温めたり冷やしたりしない限り温度が変化しないという事である。逆に言えば、魔力を使わずに形を変える事は不可能である。この水の詳細不明意味不明な度合いは、他の金属器やら首飾りやらに引けを取らない。


「いや、これは良い。私の想像力次第で何でも出来るのではないか?」

「うーん…危険じゃ無いならいい…のかな?」

「ついては、これを常に身につけておこうと思うのだが」

「いやそれは駄目ですよ!何が起こるか分かりませんよ!」

「そうか?物も濡らさないし散らかる心配も無い」

「寝てる時とかどうするんですか?変な夢見たら絞め殺されるかも知れないんですよ?」

「眠っている間に魔力を扱うのは不可能だと結論が出ている」

「……いえ、やはり反対です。何が起こるか分からない」

「…仕方ないな」

「解って下さってありがとうございます。」


 要は小娘に露見しなければ良いのである。


「…そう言えば、朝は本を調べるって言ってましたけど」

「ああー…厄介な物から片付けたと思えばいい。本はまた今度にしよう」


 こうして、騒乱の雪の日は過ぎていったのである。密かに、例の水を身に付けているのは言うまでも無い。



ーーー ーーー

商品情報

〇透明な刃

 某国で実際に起こった事件を元にした推理小説。複数の妻を持つ大地主が、異邦の商人と取引をした数日後、妻達が次々に死んでゆく。大地主が有能な秘書と協力して事件の真相を探り始めると、赤い宝石の首飾りを着けた者から倒れていく事に気付く。


人物紹介

店主

 人間。やたら細長い書店の店主。家族はいない。二十代前半。中肉中背茶髪榛眼で目つきが悪い。髪は邪魔になったら切る。耳がいい。目は悪い。もやし。右利き。偏屈で偏食家で気分屋。本の虫で乱読家で書痴。猫派。東方文化に傾倒している。咄嗟の判断力に優れる。料理はそこそこ出来る。友人は少ない。心身一如。八方画策。聖読庸行。


小娘

 獣人。やたら細長い書店の従業員。十代半ば。六つ年上の兄がいる。父譲りの小柄、薄い体つき、白毛金眼で体が丈夫。物理的にもかなり頑丈。髪は肩甲骨を覆う位でふんわり。目も耳も鼻も勘も良いが妙に鈍い所があり舌は包容力の化け物。右利き。お転婆。本の虫。怠け者。猫派。料理はかなり出来る(獣人は皆ある程度出来る)。にんじんが苦手。王都で初めて見た雪に一目惚れした。天衣無縫。自在不羈。一片氷心。何やら秘密を抱えているらしいが…

花弁の形の金属器は、苦悩の梨の残骸です。人間よりも頑丈な種族に対して有効だった様です。

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