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徒然の猫  作者: 目様冬貴
第一部 王都編
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3話 旧交の日



「ただいま戻りましたー」

「ああ、お帰り」


 小娘が居候するようになってからこっち、私は生来の出不精によりいっそう磨きをかけていた。何しろ大義名分が有るのだ。言い方はとても宜しくないが、小娘は居候で部下で年下であること、私より小娘の方が体力があること、そしてこと買い出しに関しては、小娘の値切り能力は目を見張るものがある。どうも街の人に大変好かれているようで、渡した金額で通常の倍量の肉を勝ち取って帰って来た事もあった。

 しかし小娘が働くことによる収入の増加と支出の増加は必ずしも釣り合っているとは言い難く、有り体に言って給料と食費が大きな負担になっているのである。小娘が所謂『看板娘』の役割を果たすことによって常連の客も増えてはいるのだが、それを補って余りある量の肉を食うため、動く金額が多少大きくなっただけで実収入は大差無い。

 それでも良いか、と思えるくらいには賑やかさに毒されていることも付け加えておく。


「何してるんですか?」

「知的遊戯だ。数独といってだな…やるかね?」

「結構です。…外出しないのにどこからそんなの見つけてくるんです?」

「いや、これ自体はかなり前から置いてあったのだが、手を付けるのをすっかり忘れていてな」


 珍妙奇っ怪な本をどこからか入手しては私に売りつける知り合いが居る。数独の本は前回彼が店を訪れた際に買い取ったものだが、それ以外に買い取ったものが様々な意味で一筋縄ではいかないような物品ばかりで、ただの珍しい本は存在感が薄かった。


「それよりも、今日は外がちょっと騒がしいんですよね」

「何かあったのか」

「なんでも王城に不審者が現れたとか」

「不審者…」


 どういった巡り合わせか、王族やその関係者には何人か知り合いがいる。彼ら彼女らの無事を案じていると、それを敏感に察したのか小娘から追加の情報が提供される。


「王族に何かあったという噂は無かったですから、その点に関しては心配無いと思いますよ」

「秘匿されているのかも知れん」

「もう、何でそう悪い方に考えるんですか」

「…済まない。悪い癖だ。挙げられなかった可能性を指摘せずにはいられない」

「ほんとに悪い癖じゃないですか」

「お前のその、余計な一言も悪い癖だと思うぞ」

「隣の芝ってやつですね!」


 そう云う意味ではないし、何故嬉しそうなのか。


「ともあれ、城内の事は私にはどうしようもない。様子を見るしかないだろう」

「そう…ですね。無事だとは思いますけど」



ーーー ーーー



 昼食の後は暫く数独を楽しんでいたが、一つ解き終わって目が疲れたのでやめた。

 小娘と茶を飲んで一服していると、表で馬車の止まる音がした。


「…雪降ってるのに、こんな街の端っこまで馬車で乗り付けるなんて、物好きな人もいるもんですね」

「あれは入荷だな」

「この前来たばっかりじゃないですか?」

「それは普通の本だ。今日のはそうでない本だ」

「あ〜……」


 小娘は勘が良いのに妙に鈍い所があるが、心当たりがあるようだ。本は確り見ているのだろう。普段通常の業者から仕入れる本は、最近流行りの印刷物や、この時期からは学術院の教本などが主だが、この店の目玉であり個性でもある『普通でない本』はある一人の人物から仕入れている。


「もうじき来ると連絡があったからな」

「どこであんな本を見つけて来るのか不思議だったんですよね。そんなのばっかりだから慣れてましたけど」

「前に来たのは一昨年の春だったから、二年弱といった所か」


 そう言いつつ店に入ると、表には一台の幌馬車が、そして店内にはかなり大柄な金髪緑眼の偉丈夫がいる。店内で笠の雪を払うのは止めて欲しいが言って聞くお人ではないので泣き寝入りである。


「でか」

「お久しぶりです、先生」

「おう。今日はやたら降るな。お、その子は?嫁か?」

「従業員です」


 小娘はすっかり気圧されて黙っている。小柄な彼女からすれば、まさに山の様な風格だろう。小娘は私より頭一つ小さいが、先生は私より頭二つ以上大きい。


ぼんが従業員を雇うとはなぁ…一体どんな心境の変化だ?」

「人恋しさが限界を迎えまして」

「やっぱり嫁か」

「従業員です」

「お前のその、真顔で冗談言う癖治した方がいいぞ。俺には見分けがつかん」

「それは冗談ですか?」


 私が先生と和気藹々と歓談しているのを見て、やっと緊張が解れたのか、小娘が再起動する。


「あ、あの、去年からここで従業員として働いてまして…」

「本当に従業員だったのか!」

「そこを冗談だと思っていたんですか」

「分かりづらいんだよ」

「それが冗談かと思いましたが」

「冗談じゃねえや」



ーーー ーーー



 店内は寒いので、朝から屯していて暖かい食堂で饗すことにした。

 実際に本を持って来るのは後日になる(曰く家に置いてきた)そうで、今日は王都に来たその足でここに立ち寄ったらしい。

 取り敢えず茶を出して、暖房に火を入れ直す。


「この店も変わったなあ」

「そうですか?一人増えただけで内装は触っていませんが」

「馬鹿そういう意味じゃねえよ、こう、人の棲む場所になったって感じだ」

「心外ですね」


 人跡未踏の地を長年踏み荒らしてきたお人の言は説得力があり過ぎて何だか納得してしまいそうになる。少し肩の力が抜けた小娘も、会話に入り辛いようだ。


「お前みたいな偏屈はなあ、とっとと身を固めて落ち着いた方が貫禄が出るんじゃないのか」

「先生はご結婚なさらないので?」

「喧嘩売ってんのか?森の人が添い遂げるなら、相手は森の人でないと、ってよく聞くだろうが」


 視界の端でそろそろと手が挙がる。また萎縮しているのか。


「あの…質問してもいいですか?」

「おじさんに分かることなら何でも答えちゃうぜ」


 そして先生は相変わらず婦女子には甘い。


「先生さんは妖精族の方ですか?私獣人と人間しか見たこと無くて」

「そうだぜ。王都にはあんまり居ないからな、人間と獣人ばっかりだ」


 妖精族、森人、森の人、森の民、森の友、木の友、植物の友、緑の指…呼び名は様々だが、何れも意味する種族は一つである。金髪緑眼で透き通る肌、尖った耳、鋭い感覚機能、魔力に対する高い適性、そして強靭な自制心。森と共に生き、格式と伝統を重んじ、排他的な彼の種族でありながら、先生はその特徴から尽く外れている。


「おじさんは冒険家なんだぜ。太古の遺跡や未知の樹海を開拓して、珍しい物を見つけて色んな奴に売るんだ」

「盗掘や墓泥棒とも言いますよね」

「それは事実の一側面に過ぎない。真に受けるなよ、猫ちゃん」

「猫ちゃん…?」


 先生が大陸各地で失敬してきた物品の中でも、本の形をしている物は私の所に持ち込まれる。しばしば危険物も混ざっている。


「時にぼん、俺の本はどうだ?売れてるか?」

「筆頭不良在庫ですね」

「第二弾が売れればそいつも一緒に売れるだろ。そのうち書き上げるからな、もうしばらく待ってな」


 既に計画が引込みのつかない段階まで進行している事に恐れ戦く私を他所に、小娘は先生を質問攻めにしていた。先生も昔を思い出したのか、若い婦女子と話すのが嬉しいのか、嬉嬉として軽口を叩いている。


 その後も世間話や情報交換に勤しみ、そして先生は暗くならないうちに店を後にした。


 まだ雪は強くなりそうだ。



ーーー ーーー

人物紹介

先生

 妖精族。旅人。年齢は明かさないが確実に百年以上は生きていると思われる。初老。金髪緑眼で白い肌なのは妖精族の共通項だが、妖精族離れした筋肉を持つ。かなり高身長。長髪を後ろで一つに纏めている。過去に学術院の教員をしていた時期があり、店主に魔法魔術の基礎を教えた。体術や魔術を得意とし、魔術師にあるまじき近接戦闘を行う。強い。家族とは折り合いが悪いらしい。中央北部の交通の要衝である王都を拠点として大陸全土を行ったり来たりしている。何やら本を書いて小銭を稼いでいるらしい。妖精族では珍しく肉が好き。右利き。犬派。洽覧深識。鉄心石腸。

おじさんの得意技は天地魔闘の構えです。

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