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徒然の猫  作者: 目様冬貴
第一部 王都編
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2話 来客の日



 冬もいよいよ本番となり、寒さが厳しくなってくると、普段から朝に弱い私は輪をかけて寝起きの機嫌が悪くなる。否、機嫌が悪いという表現は正確ではない。小娘曰く冬眠明けの亀の様な顔をしているらしい。何分冬眠明けの亀をこの目で見た事が無いもので、それに馬鹿馬鹿しくてろくすっぽ反応もせずに聞き流しているのだが、ここ最近は多少寝坊しても小娘が起こしてくれる所為もあってか以前よりもなお寝起きの心境が魔境に突入している様に思えてならない。


「おはようございます」

「……お早う」

「今日は一段と辛そうですね…」

「昔から低血圧でな」

「ひどい顔してますよ」

「酷いのは顔では無く表情だと何度言ったら…」


 去年も感じた事だが、一つの部屋の中に人が一人しか居ないのと二人居るのとでは空気の暖かさがまるで違う。心理的な効果もあるのかも知れないが、『一人ではない』という、ただそれだけでこれ程までに体感の温度は変わるらしい。小娘には悪いが、猫を飼うのはこんな気分なのかとふと思った。



ーーー ーーー



 朝食を摂り、店を開けて暫く経つと、ちらほらと降っていた雪も落ち着き、表に人通りが増え始めた。それでも通りから少々離れたこの店は静かなもので、静寂と平穏平和を愛する私からすれば生活するのにこれ以上ないおあつらえ向きの環境であることは言うまでもない。

 それ故に、書店の店主であるならば本来は歓迎して然るべきである客が訪れた際に、それを疎ましく感じてしまうのを誰が咎められようか。

 店の扉が開く音を憂鬱に聞いていたが、しかし猫の様に音もなく這入って来た客を見た途端に憂鬱は速やかに払拭された。


「やあ」

「姫か。久しぶりだな。」


 それだけ言うと彼女は濃藍の髪を揺らして品定めを始めた。構わず話し掛ける。


「従業員を雇った事は知っているか?」

「君が?てっきり一人が好きなんだと思ってたけど」

「一人は好きだが、雇う事を強要されたのだ」

「ふぅん…」


 姫は私の数少ない友人である。元々彼女の兄とは学術院で机を並べた仲であり、私が開業した時に冷やかしに来た兄にくっ付いていたのが姫との最初の出会いである。

 姫は小説がお好きとの事で、他の書店よりも品揃えの珍妙な私の店を大いに気に入り、偶に王城を抜け出して買い物に来る。夏に十一歳になる最年少の常連だが、同時に最古参の常連でもある。高額の買い物をする訳では無いが、値段を気にせず欲しい物のみを選ぶため、金持ちにはどういった本が好まれるのかという傾向の調査に大いに役立ってくれている。

 護衛でも連れてお忍びで来れば良いものを、態々独りで王城の警備を出し抜いて来るものだから、来店が不定期で間が開く。その為巡り合わせが悪く、今まで小娘とは出会っていない。先日小娘にもその話をしたので、丁度良いからこの際引き合わせておこう。私が不在であろうとも『偉い人』に確りとした対応が出来ねば、この店の従業員は勤まらぬ。


「雇ったと言ってももう去年の今頃になるのだがな」

「うーん、それなら見かけた事はあるかも知れないね。白い獣人だろう?」

「なんだ、話し掛けてやれば良かったのに」

「君に言われたくは無いな。君と違ってこれでも私は有名人なんだよ。顔が割れてるんだ」

「奴は田舎者だから知らんぞ」

「王都で暮らしているのなら、そのうち嫌でも知ることになるよ。それより私は、君が兄様みたいな分野を開拓し始めたのかと驚いている所なんだけど」

「断じてそのような事は無い。私は本に操を立てたのだ」

「よく言うよ」


 出任せでは無い。私は一生を本と添い遂げ、活字に人生を捧げる積もりなのだ。その意志は強く決意は固い。


「それよりも、新入りを呼んで来よう。これからもこの書店の従業員でいる気ならば、経験を積ませたい」

「私で良ければ力になるよ」



ーーー ーーー



「今来てるんですか!?そこに!?」

「ああ。挨拶しなさい」

「ご令嬢とかじゃなくて、王族の姫様ですよね!?なんでここに!?冗談じゃなかったんですか!?」


 この分だと、その他の発言も冗談と受け取られている可能性がある。嘆かわしい事である。冗談とそうで無い事の区別くらいはきちんと付けて貰いたいものだ。


「落ち着き給え。見苦しいぞ」

「いや、逆に何でそんなに落ち着いてるんです!?王族ですよ!姫様ですよ!しかもなんか常連とか言ってなかったです!?」

「そうだ、常連だ。上客だぞ」


 確かに言われてみれば、私の王族に対する畏敬なり尊敬の念は薄い。原因はまず間違いなく姫の兄の所為であろう。昔は度々大変な目に遭わされた。


「…挨拶しないと無礼ですかね?」

「……」


 『別にそんな事は無い、彼女は気さくで寛容だ』と本当の事を言えば、小娘は日和って出ていかないかも知れない。と云う思考をする、この間僅か瞬きの間。


「…そうだな、無礼だ」

「ぬぅん、んんんん…仕方ないですね、腹を括ります」

「お前は肝が据わっているのだから、最初から前のめりに動けば…」

「うるっさいですね、今精神を統一しているんです」

「そうか」



ーーー ーーー



「へぇー。じゃあ南の方の出身なんだね。」

「そうなんです、山の東側の集落なんですよ。だから王都に来て初めて雪を見て」


 …以前から私は、小娘が話そうとしない事は突っ込んでは訊くまいと考えていたのだが、姫は普通に訊くし小娘も普通に話している。とても複雑な気分だ。

 初めは小娘もかなり緊張していたものの、歳の近い共通の趣味を持つ同性だからか、それとも生来の性質からか、二人はすぐに打ち解けた。果たして小娘が言う所の『偉い人』に応対する練習になっているのかは甚だ疑問ではあるが、姫に、延いては小娘に新たな友人が出来た事が純粋に嬉しい。我ながら年寄りのような感慨を抱くようになったものだ。お節介ながら、願わくばこのまま親友と呼べるような間柄になってくれれば、とも思うが、二人が接触する機会はそう多くはないだろう。現に小娘は一年間この店に勤めておきながら、姫に遭遇したのは今日が初めてという体たらくである。姫に積極的に城を抜け出すように言うわけにも行かず、かと言って護衛でも連れて来ようものなら姫は今日のように身分を捨てて会話することもままならないだろう。今後の国の将来を担う若人に健全な友好関係を、と周囲の大人が幾ら願っても、現実はなかなか上手く行かないものだ。


「私が言えた義理ではないな…」

「何を一人でぶつぶつ言ってるんです?」

「いや、前に姫が『学術院に入る』と言った事があってな、寮に入るのならここにも遊びに来やすいのではないかと」

「学術院、学校ですか?」

「そうだ。この国の最高学府にして、初等教育機関でもある」

「あぁ、懐かしいですね、学校…ほぼ寝てました」


 容易に想像できる。


「姫は何を専攻するかもう決めたかね?」

「うん。魔法魔術学科にしようかと思ってるよ」

「……え?」

「それは良い。姫ならばきっと優秀な研究者になるだろう」


 私も魔法魔術学科を卒業した。地味だが、なくてはならない技術である。最近は生徒数も少ないと風の噂で聞いたが、お姫様がその道を目指すのならば、注目され人気も出るだろう。


「待って、待って下さい。魔法って言いました今?」

「それがどうかしたか?」

「からかってる…んじゃあないですよね?魔法って実在するんですか?」

「しないと思っていたのかね」


 彼女の故郷にはその分野に詳しい者が居ない可能性が大いにある。獣人の種族的特徴の一つとして、魔力に対する不適応が挙げられるからだ。


「いやだって小説の中だけの話かと…そんな便利なものがあったら、その、色々苦労しないじゃあないですか!」

「虚構や創作と現実を一緒にするんじゃない。魔法や魔術は便利ではあるが、お話の中の様に万能では決してない。器用貧乏と言うべきか」

「まず私には魔法と魔術の違いすら分かりませんよ…」

「それは私も聞きたいね。入学してすぐ専攻分けがある訳では無いけれど、予習として、ね?」


 優秀な研究者になると云うのは半ばお世辞だったのだが、本気で研究者にでもなるつもりなのか。先程買った本も、少々時期尚早とも言える魔術専攻の教本であった。


「また面倒な…ではかなり雑に端折って説明するぞ」


 魔術は、魔力を操って直接触れずに物を動かすこと、またその発展系の技術。揺るがぬ幾つかの法則があり、殆ど科学の様なもの。

 魔法は、魔力を捧げて加護や恩恵を得ること。こちらは現象に近く、規則性が無く説明出来ない不可思議なもの。奇跡と呼んでもいい。

 …と云う内容を軽く説明した。


「ついでに、魔力を動力として使用する機械や機構は魔導技術、魔導機械と呼ばれる事もある。覚えておくといい」

「この店にもいくつかあるよね」

「えっ!?」

「やはり知らなんだか…どうやって風呂を沸かしていると思っていたのかね」

「温泉でも湧いてるのかな〜、と…お風呂は地下ですし」

「それは本当かい?興味深いね。是非一度入ってみたいな」


 薮蛇だったか。我が家の風呂に姫が入って、それが露見すれば、私は処刑されてしまうだろう。冗談で済めばいいが。


「さて、そろそろお暇させて頂こうかな。お茶とお菓子ありがとう。美味しかったよ」

「気をつけて下さいね」

「お前、城まで送ってやりなさい」

「いや、必要無いよ。独りじゃないと見つかる」

「そうか」

「じゃあね。また来るよ」


 そう言って姫は店を出た。

 今日は非常に楽しんだと見える。やはり持つべきものは友なのだろう。


 本を抱えて帰る姫を外まで見送り、家の中に這入ろうとすれば、唐突に小娘に袖を引かれた。


「姫様って、顔の知れた有名人なんですよね?」

「そうだな」

「どうやってここまで来たんですかね?」



ーーー ーーー

商品情報

〇手前は猫である

 姫が購入した小説。さる魔術師に拾われた猫の視点から人間達の奇妙な日常を描いた作品。印刷物。店主のお気に入り。


〇魔術入門 改訂八版

 姫が購入した本。書店の重要な収入源である、学術院の教科書。魔術専攻で使用される。数年前に開発された印刷の技術で製本されており、非常に安価。書店の主な客層はお忍びの貴族や商家の人間、宮仕えの者、裕福な平民であり、手に取りやすくお求めやすいお値段となっている。教員の指導を軸に読み進める事を前提として編集されている為内容はこの世の物とは思えない程難解。足場や鈍器としても優秀だが、店主が怒る。



姫は耳年増です。

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