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徒然の猫  作者: 目様冬貴
第一部 王都編
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1話 冬の日



「ふぁ…」


 どうやら眠ってしまっていたようだ。なにやら懐かしい夢を見ていたように思う。やたら細長い店の奥まで暖房を引き摺り、たまの晴れ間の日差しを天窓から浴びて読書していたが、いつの間にか午睡の構えになっていた。先日まで季節の変わり目で体調を崩していたので、その疲れが出たのかも知れない。


「茶、茶は…台所か」


 冷めきった茶を飲み干し、よっこいしょと立ち上がろうとすれば、薄手の毛布が掛けられていることに気付く。経験から言えば、これは労せずして私の好感度を上げようという姑息な小細工である。これに気を許して態度を軟化させれば、あの小娘は付け上がり今よりも更に働かなくなる。というかなった。親切を素直に受け取れないのは悲しいことであるが怠慢は看過できぬ。私は自分に甘く部下に厳しい人間であるからして、こと小娘の怠け癖に関しては断固たる態度を取らざるを得ない。

 本日の茶菓子は小娘に供出して頂こう。


 そこへ、菓子と読み終わった本の山を抱えた小娘が通りかかった。


「あら、起きましたか。誰だか親切な人が毛布を掛けてくれていたみたいですよ」

「屹度私の人徳の為せる業だろう。毛布が自ら寄ったのだ」

「度し難い性格でも寝顔は子供なんですよね」

「目の保養になったろう」

「酒の肴になります」

「飲まない癖によく言う」

「飲んでもいいんですよ?」

「…いや、済まない。私が悪かった。毛布ありがとう」


 獣人に酒など飲ませれば、それこそ人の身では肝臓が幾つあっても足りない。財布も又然り。

 閑話休題。


「それはそれとして、掃除もせずに読書とは、出世したな」

「いつも掃除ばかりして、床が磨り減っちゃいますよ!この店はそれしかやる事が無いんですから」

「私が言いつけたのはお前の部屋の掃除だ」

「んん…」


 換毛期程ではないが、小娘の部屋の床や寝床は抜けた白毛できらきらしている。この家には虫が涌かないようになっているし、私は喘息では無いのだが、だから放置して良いという道理は無い。


「ところでここにお茶によく合うお菓子があるのですが、お一つどうです?」

「ああ、それは良い。頂こう。ついでに熱い茶が欲しい」

「注文が多いですね」

「おや、こんな所に白い毛が…」

「緑茶でいいですか?」

「頼む」


 緑茶を初めとして、私は以前より東方の文化に傾倒している。いずれ彼の国へ旅行に出掛けたいが、その方面に関して頼れる人物は今現在王都に居ない。

 一服し人心地ついた所で徐ろに小娘から質問が飛んで来る。


「さっきの話ですけど」

「寝顔か」

「やっぱり気にして…じゃなくて、お店の話です。差し出がましいかもですけど、ここってかなりお客さんが少ないんじゃあないですか?」

「そうだな。少ない」

「よく経営が成り立ちますよね」

「会計は私が行っているから知らんのも無理はないが…ここの商品は、物にもよるが単価が非常に高い。量より質で攻めているのだ」

「…ずっと地元から出た事が無かったので、未だにお客さんの見た目だけではお金持ちかそう見えるだけか判断出来ないんですよね」

「そんなものか」

「そんなものです」


 王都の奥まった一角、商業区や倉庫区画から離れた住宅地にある我が店は、古書や希覯書、教本小説伝記から果ては画集や資料集まで、凡そ書物であれば様々な分野の物を雑に取り揃えている『書店』である。

 終戦後、経済的な成長を続けるこの国では、数年前に印刷技術が登場し本の値段が大きく変動した。丁度その時期に学術院を卒業した私はそれを機にやたら細長いこの店を養父の遺産で買取り、院生時代から付き合いのある恩師に口利きしてもらい、弱冠十代にして自分の店を持つに至った。客層は中流階級の庶民から富裕層の貴族や商人、中には王族(お忍び)のお得意様もいる。学術院が始まる時期を含む一年中閑古鳥の鳴くこの店の収支が黒字を保っていられるのは、とある筋から安値で仕入れた本を貴族連中に高額で売り付けているからに他ならない。言い方は悪いが、双方合意の上なので何も問題は無い。私は両者の仲立ちをしているに過ぎない。真っ白である。


 そして私の隣に座って暖房にあたりながら阿呆面で緑茶を飲む小娘は、何らかの事情で箱入り娘であり、村中の本を読み尽くしまだ見ぬ新たな本を求め書店で働くために上京した…のではないかと推測している。本人は多くを語らないし、私も多くは聞かぬ。話したくなれば話すだろう。


「ん、じゃあ、私が応対した事のある人の中に偉い人とかいたんですか?」

「そうだな」

「…なんかすごい無礼なこととか言った気がしますけど」

「そうだな、妙に馴れ馴れしい店員だと思われていたかも知れないな」

「肝が冷えますね」

「まああまり気に病む必要は無いと思うが」

「あそうですか?そんなもんですか。」

「ただ長生きしたいのなら不用意な言動は慎むように」

「あっはい」


 実際の所、通りから離れたこの店にわざわざ好き好んでやって来る様な人間は少なからず奇人変人の類いであり、そういった類いの奇人変人は得てして礼儀作法などは些事だと割り切っているものである。少なくとも店主として彼ら彼女らを傍から見ているとそう見える。


「…姫」

「は?姫がどうかしましたか?」

「いや、お前は未だ姫に会った事が無かったなと」

「姫ですか」

「姫だ」

「それは、どんなお金持ちさんのご息女なんです?」

「だから、この国の姫だ」

「…すみません、聞かなかったことにします」

「駄目だ。現実から目を背けるんじゃない。この店には王族の常連客がいる。それは事実だ」

「それを一年前に言ってたら一発で私を追い払えましたよ!」

「その手があったか」


 まこと盲点であった。

 そうやって茶を飲みながら店の奥に座っていると、やがて日は翳り、再び雪が降り始めた。今夜は冷えそうだ。少し早いが、今日はもう店を閉めてとっとと寝よう。



ーーー ーーー

商品情報

〇旅をするなら必携!世界の歩き方 〜大陸中央北部編〜

 とある人物が世界を旅した際の経験から書き上げた本。彼は何度も世界を巡り、あらゆる場所でこれを半ば強制的に買い取らせて小銭を稼いでいる。小娘はこの本をきっかけに、この本を頼りに王都を目指した。店主も不良在庫として多数保有している。内容については信頼出来るらしい。挿絵が劇画調。



今回から最後の部分に商品情報または人物紹介が入ったり入らなかったりします。

どちらも世界観の補完や裏設定等を解説する予定です。

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