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かすかに光が差し込むドアの下は、とっても狭かったけど、絨毯敷きのお陰でどうにかずりずりと這い出ることができた。
さあ、トイレを探す冒険の旅に出るのだ!
人間に見つからないためには、まず天井に登り、壁との境をそっと這っていく。
もちろん廊下の窓際の壁のほうね。
陰になっていると見つかりにくいから。
よかった。体が変な蛍光色とかじゃなくて。
どこかの窓でも開いていれば、一気に外壁を伝ってトイレ――じゃなかった、地面に降りれるんだけどな。
抜き足差し足ぺたぺた足で進んでいると、ちょうど開いている窓を見つけた。
ラッキー!
するりと窓から外に出て、地上目指して降りていく。
高所恐怖症じゃなくてよかった。
窓の数から、ラルス様の部屋が三階にあったのがわかる。
ただ天井が高いから普通の三階建てよりもかなり高いみたい。
壁面のへこみを見つけてぺたぺたと這って降りていると、どこからともなく殺気を感じた。
慌てて振り返ると、今にも襲いかかろうとしている鋭い嘴が迫っている。
うそおおお!! ぎゃあああああ!!
急いで大きめの壁のへこみに隠れて第一撃をどうにかかわす。
今、カツンって聞こえた!
嘴の主はどうやらトンビかタカかわからないけど、そんなやつ。
一度体勢を立て直すかのように空に舞い上がって旋回してる。
どうする、どうする!?
今から部屋の中に逃げ戻るには遅すぎるし、たまたまかわせただけだから、次はわからない。
人間ばかり警戒していたけど、そうだよ。私、ヤモリだよ。
外には天敵がいっぱいなんだよ!
そこで気付いた。
こんな時こそ、あれだ。魔術砲!
大きな茶色い鳥がくるりと回ってこちらにすごい勢いでやって来る。
焦るな、焦るな、私! 昨日のラルス様の言葉を思い出すんだ!
イメージで、この空間にある魔粒子を集めて狙って……。
えいっ!
もうどうにでもなれと目を瞑る。
だけどパンッと大きな音がして、一瞬後にばさばさと木々が揺れる音がした。
恐る恐る目を開けると、あと二メートルほどに迫っていた鳥がいない。
音のしたほう――地上には、見回りの騎士らしき人たちが駆け寄ってきていた。
ひょっとして命中したのかな? よくわからないけど、とりあえず周囲に鳥はいないみたい。
でも今、地上に降りて鳥がいても嫌だし、人間に見つかるのも困る。
うう、つらいけど遠回りしよう。
今度は周囲を警戒しつつ、鳥や蛇がいないことを確認して、びくびくぺたぺた地上に向かう。
とはいえ、一番の難題は地上だよね。
やっぱり他にも天敵がいるだろうし、トイレとご飯、睡眠中が一番無防備な時だから野生動物は大変だって何かのテレビで見たことがある。
どうにか地上に降りて周囲を確認。
あ、蜘蛛さん、大丈夫です。食べたりはしないので逃げなくていいよ。
他の虫もさっといなくなって、何となく誰にも見られていない感じ。
よし……。
というわけで、ミッション成功。
あとは戻るだけ。とはいえ、お家に帰るまでが遠足です。
要するに油断するなってことなので、周囲に気を配りながらささっと壁を登る。
その時、ふと違和感を覚えた。
何だろう。色々な生命の気配がする。
それは私に攻撃的なものを向けているわけじゃなくて、ただ生きている動物の気配。
もちろん小さな生命――虫とかまではわからないけど、たぶん人間かな? とか、猫かな? とかがわかる。
気配がするほうを見れば、予想通りにメイドさん二人が何かを持って歩いていた。
まさか、これも魔力のお陰?
だとすればすごく便利。――と思った瞬間、すごい強烈な気配を感じてびくりとしてしまった。
見つからないように窓の外からそっと窺う。
すると、ローブを被った二人組が廊下を歩いていた。
魔術師だ!
思わず隠れて、どきどきしながら動かないでいると、やがて気配は遠くに行ってしまった。
念のためにもう一度覗くと、やっぱり二人はもういない。
これってひょっとして、生き物が持っている魔力を感じてるのかもしれない。
だとしたら本当に便利だ。
周囲をまた警戒しながら最初に出た窓に到着すると、幸いなことにまだ開いたままだった。
よかった。
あとは何の気配もしない時に近道をして、ラルス様の部屋に向かう。
そしてまたまた気付いた。
ラルス様の部屋に近づくほどに、強烈な気配を二つ――二人分感じる。
これはひょっとしてと思いながら、部屋に到着。
うん、やっぱりこの気配はラルス様とアレクさんのだ。
すごいよ。さっきの魔術師たちの比じゃないくらいに強烈。
あ、そうか。ラルス様は当然として、アレクさんも髪色がかなり濃いもんね。
よいしょとお気に入りの本棚に登って落ち着くと、色々と考えた。
さっき初めてと言っていいほどに、この世界をきちんと見たけれど、行き交う人たちは金色や薄茶色の髪の人ばかりだったんだよね。
それに、あの召喚の時の偉そうだった恰幅のいいおじさん――たぶん王様とその隣の美青年――たぶんラルス様のお兄さんは茶色だったし。
そうか。やっぱり家族に似てないからラルス様は捻くれちゃったんだ。
昨日は遅くまで色々と講義してくれたからか、ラルス様はまだ起きてこない。
でも、アレクさんが気にした様子もないし、いつものことなのかも。
うーん、私もやっぱりまだ眠い。
うとうとしていると、遠くでベルが鳴る音が聞こえて、すぐにアレクさんが部屋にやって来た。――と思ったら、そのままラルス様の寝室に入っていく。
手には水差しとタオルと洗面器みたいなのを持っていたのに、器用にドアを開けて、しかも寝室に入る前にちょっと私のほう見て微笑んだよ。
くうう。アレクさんはイケメンだ。
それから、しばらくしてアレクさんは控室のような場所に戻って、またすぐに今度はカートを押してやって来た。
カートの上には、美味しそうなご飯がいっぱい。
あれか、ベッドで朝食ってやつか。欧米か。
どこのお貴族様だよって一人突っ込んだけど、本物の王子様でした。
そういえば、私の朝ご飯はもしかしてアレクさんのを分けてくれたのかな?
アレクさんは紳士だ。
あれこれ考えているうちに眠気には勝てず、気がつけばすっかり寝ていた。
途中でラルス様が着替えて寝室から出てきたけど、会話はなくまたローブを着てどこかに行ってしまった。
たぶん、図書室かな?
夢見心地でぼんやり考え、本気で寝てたみたい。
次に目が覚めたのは、痛みによるものだった。
突然の攻撃に驚いた私は半パニック状態。
この部屋なら安全だと思ったのに!




