表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国守の巫女の座を奪われて、家守になりました。  作者: もり
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/27

 

 翌朝。

 私がすっかり気に入った本と棚の微妙な隙間に入って寝ていると、アレクさんがやって来た。

 ラルス様は別室で――というか、寝室でお休み中だ。

 気配で起きた私に気付いて、アレクさんが優しく微笑んでくれる。


「おはようございます、リラさん。よく眠れました? いえ、夜行性ならよく遊べたのか訊くべきですかね?」


 爽やかに問いかけられて、あまり眠れなかったと答えかけて口をぱかりと開き、すぐに閉じる。

 危ない、危ない。

 ラルス様の言い付けを破るところだった。


 いや、そもそもなぜ私はラルス様に従っているんだっけ?

 こんな姿にされて……。

 でも、そうじゃなかったら殺されてたんだよね?

 縛り首で、灰にされて。


 何でこんなことになったんだろう。きっとお母さんたち家族も友達だって心配してるに決まってる。

 しかも明美と一緒にいなくなったんだから、怪しまれるよね?

 人気のない神社の境内で女子高生二人が行方不明。

 事件は大きくなって、ワイドショーとかが騒いで、そして次のニュースで忘れられるんだ。

 だけど、お母さんもお父さんも、忘れることはない。


 そうだよ。召喚ができるなら、いつか返還もできるんじゃないかな?

 私に力が――魔力があるなら、一生懸命頑張って覚えて、自分で帰ればいいんだよ。

 悲しくて涙は出てきたけど目標はできた。

 明美のことは、申し訳ないけどどうでもいい。

 私はとにかく頑張ろう。


「リラさん、ご飯を食べていませんね? 好みではありませんでした?」


 決意を固めていると、ケースの中に放置したままだった虫の足を持ち上げて、アレクさんが心配そうに訊いてきた。

 思わず『うん』と声を出さずに頷いたけど、アレクさんは驚くことなく「そうですか……」と答えて虫の足を持って出ていった。


 やった! 嫌なものがなくなった!

 そう思うと、ケースも嫌じゃなくなって、またあのさらさらの砂を触りたくなる。

 ひょいっとジャンプして、ケースに飛び移ると、ペタペタと壁面を這って下りて砂の上に立つ。

 おお、いい感じ。


 きゅっきゅっと足の裏に伝わる感触が楽しくて行ったり来たり。

 太めの木の枝にも乗ってみると、また違って楽しい。

 木の枝をくるくる回って遊んでいたら、アレクさんが戻ってきた。

 そして私を見つけてくすりと笑う。


「よかった。あまりそれは気に入っていらっしゃらないのかと思っていましたから」


 いや、今までは虫とか死骸とかがあったから。

 もちろん説明はできないので、首を傾げる仕草で誤魔化す。

 アレクさんも返事を期待していないのは当然で、また何か言いながら近づいてきた。

 どうやらアレクさんは独り言が癖らしい。


「すみません、リラさん。うっかりヤモリは虫ならなんでもいいのかと思っていましたが、死骸は食べないそうですね。しかも調べたら色々なヤモリがいるそうで、中には草を食べるものもいると書いてありました。これは人間用の野菜ですけど、どうですか? あとは念のために、他のものも入れておきますね」


 そう言って、アレクさんは野菜とイチゴのようなものと、パンをひとかけら乗せた小皿をケースの中に入れてくれた。

 なんて親切な人なんだ! これなら食べられる!

 美味しそうなご飯を見ると、途端にお腹がぐうと鳴って、急いで小皿へと近づいた。

 普段は感じない匂いを敏感に感じる。

 イケる。このご飯なら食べられる!


 まずは野菜からと、ぱくりとかじれば……うん、野菜だ。

 もう一口食べてから、今度はパンをかじる。

 お、おいしい……!

 そこからはもう止まらなかった。

 色々なことがあって、すっかり忘れてたけど、私はかなり空腹だったらしい。

 一気にパンと野菜、そしてデザートのイチゴもどきを食べて、満足。

 ああ、幸せ。


 そこで、今までずっとアレクさんに見られていたことに気付いた。

 ええ! がっついて食べてたのに恥ずかしい!

 いつもは、こんなにお行儀悪くないんです。本当です。

 慌ててわたわた動き始めた私に、アレクさんは誤解したのかうんうんと頷いた。


「気に入ってくれたんですね? よかった。次からは野菜とパンと果物を用意します」


 アレクさんはにこやかに言うと、空になった小皿を持っていってしまった。

 ちゃんとお礼も言えずに申し訳ないことしたな。

 でも、ありがとう!

 伝わらないのはわかっていたけど、ぶんぶん尻尾を振ってみる。

 その音が聞こえたのか、ドアの前で一度不思議そうに振り返り、また微笑んでくれた。

 いい人だ、アレクさん。ラルス様とは大違いだな。


 なんて呑気に考えていたら、悲しくも切迫した状況に追い込まれた。

 誰もが必然である自然現象。――トイレだ。

 ヤモリってどうするんだろう? コウモリのなら見たことがあるけれど、でもなあ。

 さらさらの砂を見て考える。


 我が家ではお猫様を飼っていた。ハムスターも飼ったことがある。

 どちらかというと、おそらくハムスター的なものになるはずだ。

 でもはっきり形跡は残るわけで、それを片づけてくれるのはアレクさんで。

 私は見た目はヤモリでも心は乙女なわけで。

 アレクさんのような美青年に始末をさせてしまうのは申し訳ないというか、恥ずかしくて死ねるレベルであって。

 こういう時、魔法――魔術が使えたら……。うん、そういう意味でも今日から本気で頑張ろう。


 ただ問題は今だ。

 まだいける。まだ我慢はできる。

 だから対策を練るなら今のうち。

 窓際に置かれている観葉植物をちらりと見て、考え、諦める。

 昨日一日だけだけど、この部屋にラルス様とアレクさん以外の人が入って来ることはなかった。

 ということは、あの植物もアレクさん管轄だと思う。


 やっぱり外か。外しかないよね。

 うーん。外は怖いんだよね。ヤモリは狙われているって。

 でもさ、見つからなければいいわけで……。

 部屋から出るなとは言われているけど、ラルス様はまだ寝てるし。

 昨日は、夜遅くまで長々講義されたんだよね。


 うう。思い出したら吐き気がしてきた。

 昨日たくさんぶつけて叩かれて、心なしかたんこぶになっている頭をさする。

 ラルス様が言うには、この世界にはどんな物質にも魔粒子というものが存在するらしい。

 要するに電子みたいなものかな?

 そして、その魔粒子を集めて色々な魔法を作り出す力が魔力といって、その魔力が強いほど当然のことながら強力で色々な魔術を操れるとか。


 私はとりあえず静電気的なものの応用系だと思うことにした。

 その魔術を操る人たちを魔術師と言うんだって。

 ちなみに、何事にも例外はあって、魔粒子を含まない、通さない石――防魔石というものがあるらしく、あの牢屋はそれでできているらしい。


 あとは、髪の色の濃さに魔力の強さはたいてい比例されるから、私にしても明美にしても黒髪なので魔力が強いと判断されたみたい。

 そう考えれば、黒髪もどきのラルス様が自信を持つのもわからないでもない。

 というわけで、私は最悪の場合、昨日の空気砲ならぬ魔術砲で逃げるつもりで、ドアの隙間から部屋の外へとこっそり出た。

 さあ、大冒険の始まりだ! ――って、トイレに行きたいだけだけど。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ