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雷鳴が止み、小雨になった窓の外をぼんやり見ていると、突然ドアが開いて、びっくりした私は跳び上がった。
まあ、窓枠の上に無事に着地したので無問題。
「ああ、ご無事だったんですね。よかった」
ほっと安堵の声を出しながら、部屋に入ってきたのはアレクさん。
今度はノックもなしに入ってくるなんてびっくりだよ。
かすかに呼吸が乱れていて、それだけ急いでいたのがわかる。
もしかして、大切なご主人様――ラルス様が心配だったのかな?
雷が苦手ってだった? でも喜々として、部屋から出ていったけど。
というか、今は部屋にいないよね?
いつの間にか帰ってきていた? と思いながら振り返ると、いきなりアレクさんが私をひょいっと持ち上げた。
突然のことに悲鳴が出そうになるのを必死に堪える。
「動物は、普段は獰猛な大型犬でさえ、雷は怖がる場合が多いですから。それに女性は特に怖がりますしね」
ああ、確かに家の雑種犬のコロも雷は怖がって小屋の中に避難してたな。って、女性? ヤモリなのにメスってばれてる?
なんで? どうして? と恥ずかしくなって尻尾を揺らしてわたわたする私に、アレクさんはくすりと笑った。
いやあああ!!
きっとお腹見られた時にばれたんだ! 恥ずかしいいい!!
耐えられなくなった私はぴょんと飛び跳ねて、窓へとへばりつき、ぺたぺたと登って天井の角まで逃げた。
なんという羞恥プレイ。
声にならずおうおう泣いていると、アレクさんが私を見上げて少し沈んだ声で謝罪してくれた。
「すみません。逆に私が怯えさせてしまったようですね。ですが、足は治ったようで安心しました」
アレクさんはそう言って微笑むと、部屋を出ていってしまった。
そうか。私を心配して息を切らして駆けつけてくれたのに、ちょっとひどい態度だったかな。
ちっちゃく反省していると、ラルス様が戻ってきた。
「おい、リラ! お前、何してんだよ。あいつら、自分たちの儀式が成功したと勘違いしてるだろうが!」
とっても不機嫌なラルス様には近づかないほうがいいと思って、そのまま天井の隅にいたら、何かが飛んできた。
「いたっ!」
痛みに思わず足を離しちゃって、天上から落下。
やばい。この高さはさすがに落ちたら死ぬ。
そう思った瞬間、私はラルス様に受け止められて、また尻尾をつかまれぶらんぶらん。
あの、尻尾が切れるんでやめてほしいんですけど。
「呼んだら、すぐ来い」
「はい、すみませんでした」
素直に謝罪すると、ラルス様は満足したのか私を近くの棚に下ろしてくれた。
ふう、怖かった。
「にしても、お前の力は相当だな。今のも不意打ちだったから当たったが、おそらく避けようと思えばできたはずだぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。今のはこの空間に漂う魔粒子を集めてお前に向けて放ったんだ。だがお前も、同じように魔粒子を集めて防御することができるはずなんだよ。僕たち魔術師にとっては基礎的な術だが、威力次第では強力な武器になる」
ラルス様は私の目線に合わせて屈み、それから少し離れた丸テーブルの上にある花瓶を指さした。
「リラ、あの花を狙って撃ってみろ」
「え? む、無理ですよ」
「できるからやってみろ。おそらくお前には魔術理論とか教え込むより実践したほうが早い気がする。想像でいいんだ。この空間にある魔粒子を集めて、あの花を狙って撃つ。おそらく花が揺れるはずだ。さあ」
さあと言われても、空間の魔粒子って何?
でもまあ、あれかな? 理科の実験で見た空気砲的な感じ?
私は頭の中になんとか先生をイメージして、真っ赤な花を目がけてえいやと空気砲ならぬ――魔術砲を撃ってみた。
一瞬後、パリンッと甲高い音とともに、花瓶が砕け散る。
「……やっぱり、お前は力の調整を覚えたほうがいいな」
「あれ、私のせいですか?」
「間違いなくな。力の調整ができないうちは、使うなよ。死人が出る」
「……わかりました」
よくわからないけど、花瓶を割ったのは申し訳なかったと思う。
だって、美術館とかに飾られてる高級っぽいものだったし。
このままだと、お花が……水も……でもヤモリな私には片付けられない。と、思っているうちに、ノックがされて、アレクさんが入ってきた。
「殿下、また実験ですか? 失敗するのもいい加減にしてください。直すのは私なんですから」
言うなり、アレクさんはお花を集めてから、何事かぶつぶつ呟いた。
掃除の魔術かな? それは便利だなって見ていたら、なんと! 割れた花瓶が元に戻った。しかも水浸しだったはずなのに、テーブルの上も、絨毯も乾いているように見える。
ええ? 覆水盆に復らずじゃないの!?
驚いて口がぱっかーんと開いたまま、私は集めた花を生け直すアレクさんを見ていた。
すごいよ。魔術。
「殿下」
「何だ?」
「リラさんに怪我はないでしょうね?」
「ない」
「それはようございました」
「おい、僕の心配は?」
「おや、殿下は天才魔術師だと伺っておりますが、心配が必要でしょうか?」
「……ない」
「ですよね」
アレクさんは花を綺麗に生けてから、私に向けてにっこり微笑むと、部屋から出ていった。
いい人だ、アレクさん。




