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「巫女よ、あなた様がこの国を離れるのはとても残念ではあるが、これは我らに課せられた試練として受け入れよう。またいつか巫女がこの国に戻ってくることを願っております」
「……わかりました。その願いが遠く離れても私のもとに届けば、戻ってきます」
これが本音と建て前ってやつですね。
さっきは二度と戻ってくるなって言ったのにね。
王様は大変だ。
臣下の人たちの前では嘘でも私を――国守の巫女を手放したくないふりをしないといけないんだから。
だけど私も大変だと思う。
今だって国守の巫女っぽくしてるんだから。
なのにメイド服だよ、先生。
服装の乱れは心の乱れだとは思わないけども、その場にふさわしい格好は必要だよね。
この格好で現れたときのみんなのどよめきを私は忘れない。
こういうイベントがあるならあるって、教えてほしかった。
ラルス様はともかく、せめてアレクさんは教えてくれてもよかったのに。
少し離れた場所にいるアレクさんをちらりと見ると、にっこり笑顔が返ってきた。
アレクさんはスパイだったけど、ラルス様と一定の信頼関係は築けていたと思う。
そのアレクさんがいなくなって、私もいなくなって、ラルス様は本当に大丈夫かな?
明美は相変わらず不貞腐れていて、早く私にどっか行けって感じで睨んでるし。
もう少しこの国にいたほうがよかったかな、なんて思っているといきなりおでこに衝撃が!
「いたっ!」
「巫女、どうされましたか?」
「……何でもないです」
今のは間違いなくラルス様の空気砲デコピンだ。
それなのにしれっと「どうされましたか?」とか!
はいはい。さっさと退散しますよ。
まったく、素直じゃないんだから。
おでこをさすっているとアレクさんが近づいてきて、私のおでこに手を当てて何か呟いた。
途端に痛みがなくなる。
だけど、なぜか周囲からはまたどよめきが上がって焦る。
するとアレクさんが優しい声で教えてくれた。
「私がリラさんに――巫女様に触れたからですよ」
え? 巫女に触れたらダメなの? タッチ禁止?
この世界のことはだいたい勉強できたけど、この世界のルールはよくわからない。
このイベントのことは仕方ないとして、これから旅の間に色々聞いて体験してもっと勉強しよう。
そう考えると戦争とか政争とか憂鬱なことばかりだと思ってたけど、少しだけ気分上昇。
もしラルス様に何かピンチが起こったら、アレクさんの部下の人が教えてくれるよね。
「ラルス様、困ったときはいつでも言ってください。すぐに助けに駆けつけますから」
「――ありがたいお言葉、感謝する」
どうやって駆けつけるんだって問題は置いといて。
大きな声で答えた表向きとは違う、「生意気言うな」って感じのラルス様の笑顔を見た瞬間に私の防御魔法は成功。
見事にラルス様の空気砲デコピンを防いだよ。
と思った瞬間、第二弾がやってきて対処できなかったら、アレクさんが防いでくれた。
「油断は禁物ですよ、リラさん」
「はい、ありがとうございます」
「アレク、あまり甘やかすなよ」
アレクさんが甘いんじゃなくて、ラルス様が厳しいんだってば。
私がヤモリでも人間でもラルス様は容赦ない。
まあ、私が国守の巫女だって思った途端にころっと態度を変える人たちよりよっぽどいいけど。
元王様は私にラルス様との仲を取り持つようにってお願いに来たし(親子なんだから自分でどうにかするべきだよね)、魔術師たちは明美に騙されていたんですって謝罪に来たんだよね(両手を組んでもみもみしてるゴマすりポーズ初めて見たよ)。
そういう意味では明美は一貫して私を嫌ってるからすごいよ。尊敬する。嫌われてるけど。
「じゃあ、ラルス様お元気で。あと背後に気をつけてくださいね」
「リラに心配されるまでもない」
「またまた、意地張っちゃって。嬉しいくせに」
「何か言ったか?」
「何でもありませーん!」
笑顔のラルス様ほど怖いものはないのでスタコラサッサっと退散。
王宮前の階段を駆け下りて、待ってくれている馬車の前で立ち止まる。
けど、しまった! アレクさんを置いてきてしまった!
私の焦りが伝わったのか、アレクさんは気にしないでというような笑顔を浮かべてゆっくり階段を下りてくる。
ラルス様は口の動きだけで……「バーカ」って言った!
当たってるだけに悔しい。
メイド服だし、皇子様なアレクさんを置いてきちゃったし、もう今さらだよね。
取り繕っても仕方ないってことで、ラルス様に向けて、思いっきり舌を出した。
ラルス様はにやりと笑って空気砲。
なので私も防御魔法をしつつ空気砲返し。
無言の応酬はほとんどの人が気付いていないけど、アレクさんや魔術師さんたち魔力の強い人たちは気付いてる。
アレクさんは困った人たちだって顔をしてて、ちょっと子供じみていたなと反省。
魔術師さんたちの顔色は悪い。
うん、そうだね。
まるで私がラルス様やこの国を嫌ってるみたいだもんね。
半分当たってるけど。
というわけで、そろそろ引き際。
私はラルス様に向けていた人差し指を引っ込めて、両手をばっと上げて天を振り仰いだ。
「えいっ!」
私の両手から放たれたいくつかの色とりどりの光は、王宮より高く上がってぱっと花開いた。
ポンッという音とともに、私のイメージ通りの花火が大空に開く。
こっそり練習したんだよ。
部屋の中で一人小さくね。
って、しまった。昼間に花火はちょっとわかりにくかった。
しかも魔力の強い人たちは攻撃だと思ったのか、防御魔法を発動させてるし。
まあ、でもいいか。
これは私からこの国へのエール。
ラルス様には伝わったみたいだからね。
私の視線に気付いたのか、空を見上げていたラルス様は私を見て微笑んだ。
って、嘘! 微笑んだ!?
今の幻じゃないよね!?
まったく邪気のない微笑みだったよ!?
「とても素敵な火花でしたね」
「……ありがとうございます」
「それでは出発しましょうか?」
「あ、はい」
アレクさんに促されて馬車に乗り込む。
それでも車窓から見える小さなラルス様に手を振って、別れを惜しんだ。
さよなら、ラルス様。
助けていただいたご恩は忘れません。
意地悪された恨みも忘れません。
いつかラルス様をぎゃふんと言わせてみせますからね。




