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「ほら、やっぱり! 国守の巫女は私なのよ!」
「明美……」
ざわめく広間の中で、明美の声が高らかに響いた。
まだ懲りてなかったんだ。
だから、そういう大きな立場とか高い身分には義務がセットなんだよ。
さっきまでの不貞腐れた様子が嘘のように、胸を張って言う明美に呆れてしまう。
その虚栄心がなければ、明美はもっと素敵な人生を送れるだろうに。
「何が国守の巫女だ! お前こそが災いの魔女だ! 汚らわしい女め!」
声を張り上げ割り込んだのは、元・魔術師長。
お元気そうで何よりです。忘れてたけど。
魔術師長の言葉に――災いの魔女と聞いた人たちは恐怖に顔を歪めてまたざわつき始めた。
そこに、ラルス様の威厳ある声が響く。
「災いの魔女などおらぬ」
「はっ! それはあなた様が災いの血を引くからであって――」
「災いの魔女とは、ただ色恋事に溺れた愚かな女性であっただけだ。時の王は彼女の執念に恐れをなし、ありもしない存在を創り出した。この世で一番に恐ろしいのは魔物ではなく人の執念であるからな」
そうだね。人間の執念って怖いよね。ついつい明美を見ながら納得してしまう。
って、ラルス様は若いのに、すごいな。
元・魔術師長は憎々しげにラルス様を睨みつけてるのに。
これからラルス様は背後に気をつけたほうがいいよ。
「災いとは全て己の言動によって招くもの。女性でありながらその身に強い魔力を持ったがために、優柔不断で臆病な王に魔女とされた彼の人は気の毒であったと思う。よって、私は性差に関係なく等しくあろう」
おお、ラルス様ってば、すごいこと言った。
私たちの世界でも提唱はしてても、現実はなかなかお互いに上手くいかないんだけどね。
まあ、体の構造自体が違うからねえ。これはもう永遠のテーマだよ。
それにしてもそうか。こうして見渡せば、男性に比べて女性の魔力は格段に弱いみたいだ。
その中でやっぱり明美はかなり強い。
「というわけで、アケミには新しく魔術師長補佐となってもらう」
「は?」
「え?」
「何それ?」
あっさり告げたラルス様の言葉に、取り押さえられていた元・魔術師長や明美やその他の面々が間抜けな声を出した。
実にラルス様らしいよ。使えるものはヤモリでも使うもんね。
「それほどの魔力を腐らせておくのももったいないだろう。先ほど私は魔術師長の職を任命されたが、王との兼務は難しい。よって、そなたが補佐してくれるなら、かなり助かるだろう。今までのようにサボらずしっかり技の向上に励めよ」
「ちょっと! 勝手に決めないでよ! あんたみたいなガキの補佐なんて、誰がするもんですか!」
頑張れ、明美。ラルス様の特訓は厳しいよ。
たぶん逃げられないだろうから、精いっぱいラルス様にこき使われたらいいよ。
そんなふうに思う私は意地悪な自覚はある。でもこれもまた仕返し。
それにしても、さっきからどうにも解決できていない違和感がまだあるんだよね。
「……あの、ラルス様」
「何だ?」
「今さらなんですけど、ラルス様っておいくつなんですか?」
その見た目からずっと十四、五歳くらいに思ってたけど、今日はどうにも違和感を覚えてしまう。
今までは特に感じなかったのに。
「ああ、私の年齢か。今年二十二になる」
「ええ!?」
「嘘!」
すごい童顔なんですけど!
いや、それよりも周囲の人たちまで驚いているのもどうかと。
自国の王子様の年齢を知らなかったの?
ラルス様は壇上から広間を見渡し、にやりと笑った。
「人は見た目で判断することが多い。幼き姿をしていれば、それだけで相手は油断してくれる。皆、私に興味がなかったようだからな。もう何年もこの姿で過ごしておったが、不思議に思う者はいなかったようだ」
そう言うが早いか、何か小さく呟いたラルス様の姿はぼやけ、次にはっきりした時には美少年ならぬ美青年が現れた。
広間内はまた驚きに包まれたが、後ろにいる元・王様まで口をぽかんと開けているのはどうなの?
ラルス様は変化の術をずっと自分にかけていたんだ。
さらには言動まで幼くして。
私は最初からずっと、見かけに騙されてたんだ。悔しいなあ。
「油断を誘うのはよいが、王としては侮られてはならぬからな」
ああ、茶番はまだ続いているんだね。
使者たちの前でこのやり取りをすることによって、帝国に新しい王は侮れない人物だと印象づけているんだ。
明美は美青年になったラルス様に秋波を送り始めた。無視されているけど。
本当にその根性は尊敬するよ。
「……アレクさんは知っていたんですか?」
「姿はともかく、年齢は知っていましたからね」
「そっかー。ちなみに、アレクさんはおいくつなんですか?」
「私は今年で二十三ですよ」
「よかった。年相応に見えます」
「それはどうも」
にっこり微笑むアレクさんは、やっぱり優しくて、イケメンで、侮れない人だ。
でも私はラルス様に耐えたんだから、頑張れるかも。
「この後、アレクさんは国へ帰るんですか? それともまた違う国へ?」
「いえ、さすがに帰国しますよ。周りも何かとうるさいので」
「じゃあ、私も連れて行ってくれませんか? 魔術はけっこう上達したので、ご迷惑をおかけすることはあるかもしれませんが、便利でもありますよ? 本棚から本を取る時とか、動かなくても手元に持ってこれますし」
「それは確かに便利ですね」
アレクさんはくすくす笑って、そして私を真っ直ぐに見つめた。
その眼差しは今までになく真剣で厳しく、どきりとしてしまう。
やっぱりスパイ業に私は邪魔なのかもしれない。
「私について帝国にいらっしゃるということは、覚悟が必要ですよ? リラさんを利用しようという者はたくさんいるでしょうし、逆に排斥しようとする者もいるでしょうからね」
「……私、この国にいてはダメなんです。この国は巫女なんてものに頼らず、自分たちで立ち直らなければいけないと思います。きっとラルス様もそのつもりだったはずですから。ただ私は、この世界のことをまだ何も知りません。いくら魔術が扱えても、いきなり一人で飛び出すには無謀すぎるでしょう? とても甘えた考えですが、知り合いが傍にいたほうが心強いと思って。ダメですか?」
「もちろん、かまいませんよ。自分の甘さも自覚されているならよろしいのでは? 私もできる限り、リラさんを守ります」
「ありがとうございます!」
やった! 前に、帝国は一番に魔術が発達しているって聞いたことがあったんだよね。
だから帝国に行って、魔術をいっぱい勉強すれば、いつか元の世界へ帰る術が見つかるかもしれない。
よし、頑張るぞ!
決意を新たにした時、今まで私たちの傍に立っていた使者の人たちが驚きの声を上げた。
どうやら話の内容が聞こえたみたい。
「殿下! まさか本気で、この……この方をお連れになるおつもりなのですか!? 間違いなく騒ぎになりますぞ!」
はい? 今、アレクさんのこと「殿下」って呼んだ?
さすがにラルス様も驚いたらしく、こちらを見て眉を寄せた。
「まさか……。アレクとは、アレクセイ殿下のことか?」
「はい。おっしゃる通りです。ラルス陛下、今までのことはお互い様だと、お許しいただけませんか?」
「……ただの密偵ではないと思っていたが、まさか皇子殿下自らとは……なるほどな。これはどう考えても貸しだろう?」
「どうぞお手柔らかに」
アレクさんがそう言って頭を下げると、ラルス様はふんっと笑った。
二人のやり取りはやっぱりよくわからない。
でも、皇子様が自らスパイをしてたなんて、大問題じゃないの?
しかも私は皇子様に一緒に連れて行ってほしいってお願いしたってことだよね。
この決断はすごく早まっていたんじゃないかと思う。
「あの、私は人質になるのでしょうか?」
「いいえ、そんなことは許しません。先ほども申しましたけど、リラさんは私が守りますから」
「えっと……」
こういう場合は何て答えればいいんだろう。
アレクさんは優しくて、イケメンで、皇子様だった。
こんなふうに優しくされたら、勘違いしてしまいそうだよ。
冷静になれ、私。
顔が熱くなってしまった私に、アレクさんはちょっと悪戯っぽい笑顔を向ける。
「とはいえ、今のリラさんの意に反することができる者はいませんからね。安心してください」
あ、そうなの?
でも確かに、今はあの牢屋に入れられない限りは、この場にいる人たち全員を相手にしても負ける気がしない。
それじゃ、交渉次第では少しでもこの国の賠償を軽くできるかもしれないよね。
なんだか選択を間違えた気もするけど、とにかく目標に向かって進むべし!
私はひとまず笑って流すと、広間にいる人たちに向かって告げた。
「私はこの国を離れます。でも、私の命を救ってくれた〝ラルス様〟への恩は決して忘れません。〝ラルス様〟が困っている時はいつでも力になるつもりですから」
これは私からの、ここにいる人たち――帝国の使者も含めて、全員への牽制。
ラルス様はドSだけど、国民に対してはたぶん誠実であると思う。
きっとこのお城の体制をめちゃくちゃにして、巫女なんて存在の力がなくてもちゃんと国を立て直してくれるはず。
不思議とそんな確信が持てて見上げれば、ラルス様はにやりと笑った。
ああ、また上手く踊らされてしまったみたい。
やっぱり最後まで、私はラルス様に尻尾を掴まれて慌てているヤモリだよ。
でもいつかきっと、立派な仕返しをしてみせる。
そして私は大手を振って、家族の許に帰るんだから!




