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「さて、いい加減に帝国の使者も待たされて苛立っている頃だろうから、この場で決めたい。先ほど彼女から指名された僕が――私が王位を戴こうと思うが、異存はないか? あるのなら今のうちに申し出よ」
すっと壇上の前に進み出て、朗々と告げたラルス様の言葉に、反対の声を上げる人は誰もいなかった。
意図的ではなかったんだけど、高い天井に刺さった剣がきらきらと輝いて、ラルス様を照らしている。
何て言うか、ちょっと威嚇してる感じ?
「どうやら異存はないようだな。――陛下、いえ、父上はお認めくださいますか?」
「……儂は、息子であるこのラルスに……王の位を譲る。皆、これからはラルスに、そしてこのポセンア王国に変わらず仕えてくれ」
声は震えていたけれど、王様ははっきりとラルス様への譲位を宣言した。
未だにうずくまったままの元・魔術師長と元・王太子様以外の誰もが、腰を折り、深く頭を下げる。
要するに同意したってことだよね。
ラルス様がゆっくりと壇上に上がると、王様が椅子を――玉座を譲った。
うわあ。すごく若い王様だ。
でも見た目に騙されちゃダメ。絶対。
「父上、私は若輩ゆえに、どうか相談役として後ろにいてくださいませんか。今はまだ」
「……では、そうしよう」
その言葉を合図に、すぐに新しい椅子が運ばれてラルス様の少し後ろに置かれた。
これは、元・王様が後ろ盾についているようで、実のところは後ろに控えさせてるんだ。
最高に性格悪いな、ラルス様。
それにしても、あの侍従さんは用意が素早かったね。
そこで何となく違和感を覚えて、元・王太子様を見たら、騎士二人に拘束されていた。
「アレクさん、いったい何人のお仲間さんがここにいるんですか?」
「さあ? 数えてみましょうか?」
「いえ、いいです」
にっこり微笑むアレクさんはとても優しくて、イケメンで、得体の知れない人だ。
今、広間にいる騎士たちの三分の一くらいは腰に剣を佩いたまま。
つまりそういうことだよね。
いったいこの中で何人の人がスパイで、何人の人がラルス様の味方なんだろう?
「では、ラルス国王陛下。すっかりお待たせしてしまっている使者の方たちを、お通ししてもよろしいでしょうか?」
声を上げた人は、ラルス様が王様になったことを当たり前のように受け入れているみたい。
ずいぶん渋いおじさんだ。
ああいう人はメタボなんかで悩んだりしないんだろうなあ。
お父さん、お腹は出てるけど胃は弱いから心配。
ラルス様はおじさんに問いかけられて天井を見上げ、それからなぜかアレクさんを見下ろした。
「……アレク、このままでもよいと思うか?」
「かまいませんよ。うちの者たちは、この余興を楽しむほどには洒落がわかりますから」
「何だ、やはりお前は帝国の者だったか」
「……私はラルス第二王子殿下の従者を務めさせていただいておりましたが、ラルス様が国王となられた今、私には過分な職であります。ゆえに、これにて辞すことをお許しください」
「認めよう。では、ベリエフ辺境伯、使者たちを通してくれ」
「かしこまりました」
なるほど。ラルス様は天井の剣を見たのか。
さっきも思ったけど、これって威嚇してるようだもんね。
そしてアレクさんはたった今、ラルス様の従者を辞めたんだ。
王様の近くにスパイがいてはいけないんだろうけど、寂しいな……。
って、ベリエフ辺境伯? どこかで聞いたことがある気がする。
私の反応に気付いたのか、アレクさんがこそっと教えてくれた。
「南の国境を守っている方でしてね、領地の東側の一部がシェプラード帝国と接しているのです。それで今回、帝国との仲立ちを買って出てくれたのですよ」
「そうなんですね」
あれ? 南の辺境伯? それってアレクさんのお父さんじゃなかった?
いや、そうか。要するに帝国と通じてたのは辺境伯ってことか。
戦争をしている今、国境を守る辺境伯自身が領地を離れて王都まで来るって、そういうことだよね。
もちろん、息子さんか誰か信頼できる人に任せてはいるんだろうけど。
この国、本当にヤバいよ。
王様になるように言うなんて、無茶だったかなと思ってラルス様を見ると、とってもドヤ顔だった。
うん、大丈夫そう。
やっぱりラルス様は巫女が現れようがどうだろうが、最初からその覚悟だったんだ。
ということは、仕返しにならなかったどころか、上手く利用された気がする。
辺境伯はすぐに使者の人たちを連れて戻ってきた。
だけど、私がこの場にいてもいいのかな?
うーん。
でも他の女性たちも出ていく気配がないよね。
そういえば昔のヨーロッパの絵とかで、王様と謁見する人の周囲にたくさんの人がいるものを何度か見たことがあるから、こんなものかな?
そう考えると、この場面もなんだか重要な歴史の一幕のようで、しっかり見ておく。
元の世界に戻ったら、お土産話にするんだ。
とはいえ、学校の式典のようなもので、長々とお決まりごとのような言葉がやり取りされるだけ。
まあ、この場でいきなり交渉に入ったりはしないだろうから、仕方ないか。
ただ、ずっと立っているのって意外ときついんだよね。
校長先生の長い話を聞いている気分になって、気分転換に今さらこの場にいる人たちをじっくり観察し始める。
元・王太子様はいつの間にかいなくなっていて、明美は不貞腐れたように部屋の隅で腕を組んで壁にもたれている。
すぐそばに剣を佩いた騎士がいるから、動くに動けないのかも。
他の貴族だか要人だかな人たちは、こそこそと内緒話をしている。
使者の人たちに対してなのか、ラルス様に対してなのか、どっちの噂をしてるんだろうね。
「――では最後に、こちらには国守の巫女様がいらっしゃると伺ったのですが、ご挨拶させていただいてよろしいでしょうか?」
「……ああ、そちらにも噂は届いておりましたか。ある日突然、私たちの前に現れた娘のことですね。彼女は素晴らしい魔力を持っているので国守の巫女ではないかと、噂が広まったのですよ。なあ、リラ?」
「っはい!」
しまった。元気よく返事をしすぎてしまった。
条件反射だよ、もう。
白々しい嘘まで吐いたラルス様のにやにや笑いがムカつく。
「おお、あなた様が国守の巫女様でございますか。どうか、このポセンア王国とともに、我がシェプラード帝国にも平和が訪れるよう、お力をお貸しくださいますようお願い申し上げます」
代表らしき人がそう言うと、使者の人たち全員が私に向かって頭を下げた。
その言葉を聞いて、周囲からは「ずうずうしい」とか「なぜ帝国にまで巫女の力を貸さねばならんのだ」なんて声が聞こえる。
あの人たちは、私のさっきの宣言をもう忘れたのかな?
「……使者の皆さん、どうか顔を上げてください。私は国守の巫女と呼ばれるだけの力はあるかもしれません。ですが、先ほども言ったんですけど、私はこの力をここにいる人たちのために使おうとは思っていませんから」
私が使者の人たちに対してもはっきり明言すると、また周囲からざわめきが起こった。
これが、家族からいきなり引き離された私の、この国の偉い人たちへの仕返し。
そもそも国守の巫女とかって名前が大そうだし、私は奉仕精神なんてものはあんまりない。
ただ目の前で苦しんでいる人がいたら、どうにかして助けてあげたいって思うだけだよ。




