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「どういうこと!? りらは、りらは街へ出したって言ったじゃない! 処刑したって何!? どういうことなのよ!」
一瞬、静まり返った広間に、明美の悲鳴のような声が上がる。
それを聞いて、私はまたほっとした。
私が殺されたって聞いて、パニックになるってことは、そこまで私を憎んでいたわけじゃないってことだよね?
ただ私が嫌いだっただけなんだよね?
王太子様に詰め寄る明美を見て、ちょっとだけ嬉しくなった私は単純だ。
今はもう広間内も大騒ぎになってる。
さっきの雷鳴よりうるさいくらい。
なんて言うか、この人たちも無責任だな。
口にしてるのは文句ばっかりだよ。
その中でラルス様がすっと手を上げると、その場はまた静かになった。
うーん。すっかりラルス様のペースだなぁ。
「そうですね。災いの魔女を必要以上に恐れていらっしゃる陛下は、牢に捕えていた娘の処刑を命令なされた。そして魔術師長をはじめとした魔術師たちが、彼女の亡骸を灰へと化した。その日、空には暗雲が立ち込め、雷が王都のいたる所に落ち、豪雨に見舞われましたね。あなた方が必死に鎮めの儀式を行っていたことを、僕は知っていますよ」
「わ、我々は、陛下のご命令に従っただけです! 陛下が召喚の儀を望まれて――」
「ケーネル! そなたが戦に勝つためにと、国守の巫女のことを進言してきたのであろう!」
第二ラウンド、カーン!
今度は責任のなすりつけ合いが始まったよ。
そして、ラルス様はそれはもう楽しそうに笑っている。
ああ、性格悪い。
でも今はまあ、嫌いじゃない。好きでもないけど。
「さて、いつまでも使者をお待たせするわけにもいかないでしょうし、いい加減に話を進めましょうか」
ラルス様はそう宣言すると、ポケットから私を摑んで取り出した。
いつになく持ち方が優しい。
さらには「あとはリラの好きにすればいい」とかって囁く。
優しいラルス様なんて怖いんですけど。
「ラルス? いったい何を……」
「ラルス殿下、そのヤモリで何をなされるおつもりですか? 殿下のいかなる魔術も我々は――」
「だから、あなたたちは耄碌していると言っているんだ。この子を見てもまだわからないのか?」
や、やめて。見ないで―!
まさかヤモリな私がこんなに注目を浴びるなんて思いもしなくて、恥ずかしくて前足で顔を隠す。
その時、ラルス様が何かを呟く声が聞こえて、魔術師長さんたちがぐっと魔力を高めたのがわかった。
攻撃に備えてるみたい。
「さあ、リラ。自由になれよ」
「――え?」
いきなり私は宙に放られて、あたふたと着地体勢を取った瞬間、ずしりと後ろ足に重さがかかった。
おかしい。私はこんなに重かったはずじゃ……と思ったけど、私が地面に着いたのは後ろ足じゃなくて、二本の足だと気付いた。――人間の、見慣れた通学用の革靴を履いてる足。
信じられないまま前足を持ち上げてみれば、人間の、私の手。
はっとラルス様を見上げると、それほどに目線は変わらず、隣で微笑んでるアレクさんも今までより近い。
「リラさんがこんなに可愛い方だとは、思っていませんでしたよ」
え? 可愛いだなんてそんな!
アレクさんの言葉に嬉し恥ずかし照れていたけど、ラルス様は馬鹿にしたようにふんっと鼻を鳴らした。
きぃぃー! お世辞だってわかってるし!
それでも女子としては嬉しいものなんです!
「りら!」
「……明美」
「心配してたのよ! 無事でよかった!」
「あぁ……うん」
明美が王太子様を振り払うようにして駆け寄り、私に勢いよく抱きついた。
何、この旧友との再会を喜ぶ図は。
心配はしていなかったよね、さっきまで。知ってる、知ってる。
それにしてもこの感覚。懐かしいな。
私は間違いなく人間だ。
ダサいと思ってた制服も着ているだけで嬉しい。
最近では、人間だったのが夢だったんじゃないかって、思うこともあったんだよね。
ヤモリの姿に馴染みすぎてたよ、私。
「なっ、た、確かに灰にしたはず……」
「だから、あなた方は耄碌していると、何度言わせるんだ。あなた方が灰にしたもの、あれは僕が変化の術でリラに姿を変えていただけのヤモリだよ。あなた方はそんなことにも気付かなかったようだけどね」
「ラルス! 調子に乗るのもいい加減にしろ! お前は――」
「カルロス、やめよ!」
「ですが、父上……」
「ラルスの機転で、本物の国守の巫女が生きていた。それが全てだろう。よくやった、ラルス。さすがは儂の息子だ」
はい。第三ラウンド、カーン!
突然降って湧いたらしい親の愛情を示す王様と、納得のいかない王太子様。
だがしかし、耄碌扱いされた魔術師長はどう出る?
「陛下、お待ちください! この娘が国守の巫女だとは、わからぬではないですか! 油断されてはなりませぬ! 災いの血が災いの魔女を匿っていただけのことでしょう!」
「そうだ! そうに決まっている!」
おっと、こう来たか。
引くに引けない魔術師長の言葉に、王太子様もちゃっかり乗った途端、明美は我に返ったのか私から離れていく。
うん、そういう変わり身の早いところは尊敬するよ。
ラルス様を見れば、「好きにやれ」とばかりに顎で促されるし、アレクさんを見れば、励ますように微笑んで頷いてくれた。
さっき、ラルス様は私に自由になれって言ったよね?
今は好きにやれって感じだし。
それに今まで騙してたことを怒ってもいいって、殺されてもかまわないって言ったよね。
私は怒ってるよ。
だから、仕返しをさせてもらうんだから。
「私は、すごく怒ってます。家族や友達から急に引き離され、こんな知らない世界に喚び出されて、さらには殺されかけたんですから。あなたたちを一生許しません」
「こ、小娘が生意気を――」
「だから、償ってください。もちろんそれで許すわけじゃないけど、せめてもの責任は取ってもらいます」
「馬鹿馬鹿しい! 何を戯言を申すか!」
感情を頑張って抑えて冷静に話す私の言葉に、魔術師長も王様も怒ってる。
でも、好きなだけ喚けばいい。
今ならわかるから。
私の力はこの場で誰にも負けないって。