12
私がすっかり力のコントロールもできるようになった頃。
正確には、召喚されてから七十二日が過ぎた日。
今日は王宮にシェプラード帝国の使者が来るらしい。
戦争終結の話し合いかな?
だったらすごくいいことだよね。
実は、二十日ほど前に王宮に駆け込んできた伝達係の人が、大変な報せを持ってきたそうだ。
どうやら戦場の兵たちが、もうこれ以上は戦を続けることができないと訴えて、士気が下がっているって。
国守の巫女の召喚の報せに喜んで、やる気を得た兵たちだったけど、所詮は気力だけ。
まだかまだかと巫女が救いに来てくれることを待ち望んでいた兵たちは、圧倒的軍事力を誇る帝国を前に、ついに気力さえもなくしていったとか。
どうやら、巫女は――明美は戦場に行くのをとても嫌がっているらしい。
そりゃ、そうだ。
私たち現代日本の女子高生が、戦場になんて行けるわけがない。
怖い。
この時ほど、明美が代わってくれてよかったと思ったことはないよ。
ちなみに、明美と恋仲になっているらしい王太子様が、明美に無理強いをするなと反対したとか。ははは。
まあ、私にはアレクさんがいるから。
あの大きくて温かい手に私は癒やされてる。
最近はなぜか「ごめんね」って謝ってくるのが謎だけど。
あのドS王子を止められないからかな。
それは仕方ないよね。
いくらラルス様がアレクさんをちょっとだけ怖がってるようでも、所詮は主従関係。
アレクさんは南の国境を守る辺境伯の三男さんらしく、魔力が強いからってラルス様の従者に推薦されたとか。
メイドさんたちにも人気が高く、いつもきゃあきゃあ言われてるけど、本人は誰に対しても紳士的に接しているみたい。
それがまたいいらしい。
メイドさんたちも分不相応なことは望んでいないようで、ある種のアイドル的存在。
たとえ根暗王子様の従者で出世は無理そうでも、身分差があるんだから諦めなさいって、本気になったメイドさんを先輩メイドさんが慰めてたのを見たことがある。
身分差って大変。
身分差といえば、明美と王太子様の問題もあるみたい。
当たり前と言えばそうだけど、王太子様には婚約者がいるのに、明美と結婚したいって言い出して周囲を困惑させているとか。
王太子様、愛に走るのもいいですけど、責任とか大事にしましょうよ。
そもそも掟はどうしたんだ。明美は黒髪だよ?
とにかく、強力な魔術砲を使えるようになったらしい明美を戦場に行かせたい魔術師長派と、王都に残らせて広告塔のようにしておきたい王太子派とで今は揉めているんだって。
しかも、王太子様の婚約者が魔術師長のひ孫さんらしくて、余計に複雑らしい。
ラルス様はその話をニヤニヤしながら語ってくれた。
「あの、ラルス様はどうするんですか?」
「どうするって?」
「その、クーデターが起きたら?」
「クーデターって何だ?」
「えっと、反乱です。今の王様も王太子様も魔力で王宮魔術師たちに勝てないんですよね? 騎士が守ってくれるならともかく、魔術師長たちに騎士たちが味方したら?」
「ああ。それも時間の問題だろうな。でも僕は別にどうでもいい」
「で、でも、王様も王太子様も殺されちゃうかもせれませんよ? 場合によっては、ラルス様だって王家の血を引くんですから」
「僕のは、災いの血だよ」
「え……」
「まあ、殺されそうになったら逃げるさ。逆に民を納得させるために王として担ぎ上げられるなら、それでもかまわないしな」
「でも……」
「ヤモリのお前が気にするなよ、リラ」
そう言って、ラルス様はまた私にデコピンしてどこかに行ってしまった。
何だろう。今まで感じなかったけど、ラルス様ってもう色々諦めてる?
もっとガツガツしてるかと。それこそ自分がクーデターを起こしてやる! ってくらいに考えてるかと思ってた。
うーん。
悩んでいると、アレクさんがお昼ご飯を持ってやって来た。
わーい! ご飯だ。今日は何かな?
実は最近、お昼ご飯だけはアレクさんと食べているのだ。
ラルス様はお昼ご飯時にはいないので、アレクさんが自分のご飯をトレイに載せて来てくれる。
その中から、美味しそうだなと思うものを示すと、アレクさんが小さくして分けてくれるんだよね。
アレクさんファンのメイドさんたちに悪いけど、役得だ。
「リラさん、今日もお肉を食べてみますか? 今日はラム肉ですよ」
うんうん。と頷くと、アレクさんは優しく微笑んで小さくお肉を切って二切れも私のお皿に載せてくれた。
やった! 子羊さん、ありがとう。心して頂きます。
おいしーい!
アレクさんに感謝の気持ちを込めて、笑顔を向ける。……笑顔には見えないだろうけど。
だけどアレクさんはそっと私の頭を撫でて、「喜んでくださって、嬉しいですよ」って言うんだから不思議。
ひょっとしてアレクさんは動物の気持ちがわかる魔術でも使えるのかも。
それからアレクさんの一人語りのような、お話を聞いて、お腹もいっぱいになった私は尻尾を振って、もう一度感謝の気持ちを伝えた。
すると食事を終えたアレクさんはまた頭を撫でてくれて、部屋を出ていってしまった。
さて、しばらくは私一人だから警戒しながらお散歩に行こうっと。
自然に呼ばれるまま地上に降りて用事を済ませると、また壁を登って今日はどの辺りに探検に行こうかと考える。
そこにすごい魔力の持ち主が違う建物からこちら目指してやって来る気配がしたので、急いで部屋に戻る。
この気配はきっとラルス様だ。
息を切らしながら、いつもの本棚に入り、狸寝入りをしておく。
「おい、リラ! 起きろ!」
「はい!」
なんだかいつもと違う雰囲気だったから、思わず大きな声が出てしまった。
慌てて口を押さえたけど、ラルス様が怒ることはなかった。
「もう、今さらいい。どうせアレクだって気付いてるんだろうからな」
「……え?」
「そうだろ、アレク?」
ラルス様が閉まったままの控室のドアに向かって問いかけると、静かにドアが開いてアレクさんが姿を見せた。
「はい、ラルス様。おっしゃる通りです」




