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その夜、アレクさんが「お休みなさいませ」と下がった後に始まった私の特訓で、最初にラルス様は大きくため息を吐きながら教えてくれたことがある。
どうやら今日の雷は、国守の巫女――明美がやったことになっているらしい。
なんでも、雨を呼び寄せるための術を教えている最中だったとかで、きっと力の制御が上手くいかず暴走したのだろうと。
ラルス様のせいにならなくてよかったですねと言うと、ラルス様は噴き出した。
さすがに雷を操ることができるのは、巫女くらいしかいないのだとか。
しかもあの塔は昔、災いの魔女を閉じ込めていた場所らしく、魔女が死んでしまった今も、誰も近寄れなかったので、荒れ果てるままになっていたらしい。
それを一気に瓦礫の山と化してしまったのだから、やはり明美は国守の巫女だと王様も魔術師長たちも喜んでいたそうだ。
「本当に、あいつらは馬鹿だよ。いったい何を見ているのか。あの偽物も確かに通常よりは強い魔力を有している。それでも王宮魔術師程度だ。それを訓練すればさらに伸びるはずなどと。僕の目の前にはこんなにも魔力に満ち溢れた存在がいるのにな」
そう言って笑うラルス様はとても歪んでいて、本当に何があったのかと思ってしまう。
でも直接訊くのはもちろんできるわけもなく、アレクさんにも無理。
というわけで、私はしっかり情報収集に勤しむことにした。
夜はラルス様の特訓を受けながら、昼間は隙を見て抜け出す。
気配を感じることができるようになってから、お忍びは格段に楽になったんだよね。
あ、要するにトイレね。
そのついでに、時間に余裕がありそうな時は、魔術師を避けてお城をうろうろしながら情報収集。
特に女性陣は噂好きだから、数人集まっているところに行けば、色々な話が聞ける。
すっごく気を配れば、ラルス様とアレクさんの動きもわかるから、ばれそうになったらさっさと部屋に戻ればいいのだ。
そして得た情報の中で一番大きなものは、なぜ国守の巫女が召喚されたか、だ。
それは三年前の世界的干ばつが発端らしい。
要するに、世界的に食糧不足になったってことだよね。
それでも魔術師たちが雨乞いをしたお陰で、いくつかの地域はどうにか食物を育てることができたらしいけど、やっぱり絶対数が足りなかった。
国中が飢えのために苦しみながら、どうにか生き延びたものの、翌年にはほとんどの地域で種籾までも食べてしまったために、植える種が少なかったとか。
各国も自国が生き延びることに必死であり、他国から種籾を買い取るわけにもいかず、そこからポセンア王国は慢性的な食糧不足に陥っているみたい。
こういう話を聞くと、便利な世界で育ったことに感謝せずにはいられないよね。
それで問題はここから。
要するに、少ない食料を求めて戦争が起こっているらしい。
これはもう、馬鹿というか何と言うか。
こういう時こそ、助け合いだろうに。
この王都ではとても平和に思えるけど、東の大国シェプラード帝国と国境線を巡って争っているんだって。
そこが干ばつを免れた肥沃な大地だったからとか。
正直なところ、召喚には大反対だけど、するなら干ばつになった時点でしようよ。
今さら、戦争のために国守の巫女を召喚とかって、舐めてるの?
この話を初めて聞いた時には、怒りを抑えるのに大変だった。
でも雷は抑えられたけど、豪雨になってしまって、ラルス様に怒られたのは痛い思い出だ。
そう。気がつけばもう召喚されてからひと月以上になる。
時間的感覚は、腹時計が言うには、おそらく地球と同じ二十四時間(誤差はあるかも)。
日にちは毎日、本棚の奥にインクで印をつけているから、三十四日が経過したってわかる。
ちなみにインクはラルス様の机から失敬していて、そのあとラルス様のノートで足を拭くので、最初の頃は怒られた。
でも気にしない。だって、忘れたくないから。
今ではラルス様もインクで遊ぶのが私の楽しみだと思っているみたい。
本当はすごく帰りたい。
ラルス様は私を明美よりも立派な巫女にするために、色々な魔術を教えてくれているらしいけど、私は帰るために厳しい特訓にも耐えているんだ。
きっと帰っても、家族には迷惑をかけると思う。
世間は色々と厳しいからね。
それでもきっと、喜んでくれるはずだから。
ちなみに、あの雨も国守の巫女――明美の力だと思われているんだって。
巫女は力が不安定なようだと誰かが噂していたしね。
ラルス様情報では、光を灯すことは自由にできるようになったらしい。
「あんなもの、魔術師ならできて当然だがな」
って、ふんぞり返って言っていた。
確かに、私も簡単にできたもんね。
ただ驚くのは、明美は呪文を必要とするらしいこと。
呪文が難しくて覚えられないとかって、我が儘を言ってサボる日もあるとか。
そういえば、明美は成績優秀だったけど、英語だけは苦手だったよね。
言葉は通じても、魔術を使うためにはこの国の古代語で呪文を唱えないといけないから、イメージ的にはいきなりラテン語を話せって言われているような感じ? 違うか。
私はなぜか、ラルス様が見せてくれる魔術は全て一度でできるようになるんだよね。
力の調整はなかなかできないけど。
呪文も必要としないから、ラルス様曰く、私こそがやっぱり国守の巫女なんだって。
過去何百年も前の巫女の記録を読めば、その通りのことが書いてあるんだとか。
そのことさえ忘れているのか、魔術師長たちは耄碌しているって、笑ってたな。
性格悪いよね、ラルス様。
でも仕方ないのかなって、噂を聞いて思った。
ラルス様のお母さん――王妃様は、ラルス様を生んだ時に亡くなったらしい。
それでずっと、ラルス様は養育係に育てられて、行事以外では王様や王太子様に会うこともなかったので、家族の情とかも欠落してるってメイドさんが言ってた。
しかも、王様も王妃様もついでにお兄さんの王太子様もみんな茶色の髪なのに、ラルス様だけあの黒っぽい色。
さらには、王様と王妃様ははとても仲が良かったらしく、王様的にはラルス様が王妃様を殺したと思い込んでいるようだって。
これには驚いたけど、どうやらその思い込みには理由があるらしい。
とあるメイドさんが言うには、「災いの血」とやらがラルス様に流れているそうだ。
それは私が壊してしまった塔に幽閉されていた災いの魔女にまつわる話。
数百年前に召喚されたのは、国守の巫女だけじゃなくて、災いの魔女も一緒だったとか。
魔女は王様に恋をして、どうにか心を手に入れようとしたけれど、王様は巫女のほうを好きになってしまってゴメンナサイ。
怒った魔女は国へ呪いをかけたんだって。
もうこうなるとおとぎ話だね。
もちろん呪いを解いたのは巫女で、魔女は捕えられて塔へと幽閉されてしまった。
王様をはじめとした国の要人たちは、魔女を殺すべきだと主張したけど、慈悲深い巫女がどうか命だけは助けてあげてほしいとお願いしたために一生をあの塔で過ごしたとさ。
めでたし、めでたし。
じゃないよね?
慈悲深いっていうけど、実はとんでもない悪女じゃないかと思っちゃうよ。
だって、すぐ近くで好きな人が別の女性ときゃっきゃうふふってしてるんだよ?
私が魔女ならいっそのこと殺してほしかったと思う。
国民からは災いの魔女だと忌み嫌われ、憎き恋敵は崇拝されているんだから。
恨みも募るよ、それはもう。
そしてついに魔女は塔から身を投げてしまったらしい。
もうどこの悲恋なんだろう。
ただし、話はそれで終わらない。
慌てて駆けつけた見張りの兵に、魔女は呪いの言葉を残して死んでしまった。
それも「ポセンア王家に災いの血を混ぜたり。滅せよ、ポセンア」って。
もうホラーだよ。
というわけで、王様と王妃となった巫女は二人とも黒髪だった――要するに魔力が強かったんだけど、災いの血を恐れて、二人の子供からはできる限り髪色の薄い伴侶を選ぶようにとの掟が定められたらしい。
その話を知った私の感想。
王様、馬鹿ですか?
ただのはったりでも、魔術を使っての本当のことだとしても、「混ぜたり」ってもう過去形で言ってるんだから、どうにもならないでしょ。
それを髪色の薄い相手――魔力の低い相手とばかり婚姻関係を結んだら、王家の魔力自体がなくなってしまうよね?
そしてもう一言。
今の王様も馬鹿ですか?
ラルス様は災いの血ではなくて、ただの先祖返りだよ。
このままだと、魔術師長や王宮魔術師みたいな魔力の強い人にクーデターを起こされたら困るだけなのに。
今のところは大丈夫みたいだけど、次世代に起こらないとは限らない。
むしろラルス様が起こしたりして……。
って、洒落にならないし!
ちなみに、今のホラーなおとぎ話――じゃなかった、王家の歴史を知ったのは、ラルス様の机の上にあった本をこっそり読んだから。
国守の巫女のことが知りたくて、どうにか読めないかと頑張っていたら、なんと!
念動力? みたいな技で本をめくることができたんだよね。
しかも文字まで読めるんだから便利だ。……古代語はさっぱりだったけど。
でもこれはラルス様には内緒。
念動力は教えてもらっていないことだし、何となく言えない。
気配を魔力で感じることができるのも、未だに秘密にしてる。
確かに、ラルス様は命の恩人でもあるけれど、ドS王子で未だに信用できないんだよね、これが。
だから私の心の癒やしはアレクさん。
ラルス様にデコピン、アゴピンされて腫れた箇所を見つけると、いつも優しく塗り薬を塗ってくれる。
それに私の好きなご飯は何か、色々と試してくれて、最近ではチーズとかもくれるんだ。
すごく優しくて、イケメンで、紳士。
だけど、何となく掴めない人でもある。
うん、やっぱり私の心の平安は家族の許にあるんだ。




