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何が起こったのかわからなくて、きょろきょろしつつ、次の攻撃に備える。
すると、敵は目の前にいた。
「リラ、お前はあれほど外に出るなと言ったのに、出たな?」
「ラ、ラルス様?」
「なぜ外に出た?」
「な、ななな、何のことでしょう?」
「しらばっくれるなよ。鷹を魔術で攻撃したのはお前だろう?」
「はい?」
「先ほど、無闇に魔術で殺生をするなと、僕がじじいに怒られたんだぞ?」
「怒られた……」
「僕の部屋の前の庭に、明らかに魔術で攻撃された鷹が落ちてきたらしい。飛んでいる鳥を落とせるほどの技を繰り出せるのも僕しかいない。となれば、僕がやったと思われるだろうが」
「……ラルス様が夢遊病で――っ!」
「ふざけるな」
どうにか誤魔化そうとしたけど、あまりに無謀だったみたい。
アゴピンされて、痛みに涙が出てきた。
さっきの痛みはデコピンだよ。
うう。でもこれは甘んじて受けなければいけないと思う。
確かにラルス様の言う通り、外は危険がいっぱいだった。
でも、新しい発見もできたんだから、個人的に良しとする。
「ごめんなさい」
「だから、どうして外に出たんだ?」
「あの……あ、明美がどうしてるか心配になって……」
嘘だけど。
どうしているか気にはなるけど、きっと明美なら上手くやっているはずだ。
さすがにトイレに行きたかったとは言えないから仕方ない。
「ああ、あの偽物か。それで、何かわかったのか?」
「いえ……。鷹に襲われて怖かったので、すぐに戻ってきました」
「まあ、それが正解だな。にしても鷹を一撃で倒すとはさすがだよ。だが、やはり人間には向けるなよ。あれほどの威力なら、間違いなく人間も死ぬ」
「わ、わかりました……」
うう。人間に――魔術師に見つかったら、使おうと思ってたけど考えが甘かった。
人殺しはできない。怖すぎる。
鷹にも悪いことしたけど、許してね。
とにかく力のコントロールを覚えないと、この世界でやっていけないよ。
「ラルス様、私、頑張ります!」
「当たり前だ。どうやら、あの偽物も魔術師長が直々に教えているらしいぞ。どれほどの力を発揮するのかはまだわからないが……。まあ、僕はこれからもう一度図書室に行くから、また夜にな。あと、もう少し声を落とせ」
「……はい」
そうだった。アレクさんにばれてはいけないんだった。
でも、アレクさんになら本当のことを言ってもいいんじゃないかな?
そう思っていると、部屋から出ていったラルス様と入れ替わりに、アレクさんが入ってきた。
「殿下の声が聞こえた気がしましたが……。忘れ物でもしたのですかね? まったく、毎日図書室に通い詰めて、何をそんなに熱心に勉強しているのか……。やはり……」
アレクさんはため息を吐いて、愚痴めいたことを言っていたけど、最後は少し濁らせた。
何だろう。ちょっと気になる。
だけど、アレクさんは私を見て優しく微笑むだけ。
「目が覚めたんですね? でもまだお昼は……」
またまた言いかけて、アレクさんは顔をしかめた。
何? 何かある? 顔を歪めても、美形なままのアレクさんを見て首をひねる。
すると、アレクさんは控室に入り、すぐに戻ってきた。
手には昨日の壺が握られている。
「リラさん、ひょっとして殿下に叩かれたりしました? 殿下は少々乱暴な方ですからね。機嫌の悪い時は隠れているのが一番ですよ」
アレクさんは壺の蓋を開けながら、優しく私に言い聞かせる。
うん、わかってはいても、呼び出されちゃうんです。
言いたくても言えないから、わからないふりをしてまた首をひねる。
アレクさんは苦笑して、薄緑色の塗り薬を頭と顎に塗って何事かを呟いた。
途端に、頭も顎も痛みが引いていく。
「まったく、それにしても女性に手を上げるなんて……。では、お昼まではもう少しありますからね。リラさんも退屈かもしれませんが、この部屋でおとなしくしていてください。先ほど、鷹がすぐ近くにいたそうで、外は危険ですよ?」
もう身に染みてわかっています。
こくりと頷くと、アレクさんは満足そうに微笑んで部屋を出ていった。
それから一人になった私は、眠気も覚めたので、力をコントロールする練習をする。
明美も練習を始めたんだから、私も頑張ろう。
別に張り合うつもりはないけど、もう何もできずに投獄されるのは嫌だから。
なかったことにして殺されるのも嫌。
一人で練習するには、危険じゃないものがいいな。
そう考えて、昨日ラルス様がしていた光を灯す魔術を練習することにした。
部屋の中を明るくする光……電気みたいな感じね。
えいっ!
呪文なんてものはわからないので、ただ頭の中にイメージしただけ。
それなのに、まさか本当にできるとは思わなかった。
昼間だからそんなにわからないけど、さっきよりも部屋全体が明るくなってる。
私って天才かも。
ちょっと調子に乗りつつ、今度はえい! と電気を消すイメージをしてみた。
「成功してる……」
思わず声に出してしまったのも仕方ないよね。
まさか本当にできるとは思わなかったんだから。
ドキドキしながら、何度か点けたり消したりを繰り返した。
そのたびに、部屋の中は明るくなったり戻ったりする。
この練習は昼間にして正解だったみたい。
夜だったら何事かと思われるよね。
とにかく、光の点灯実験は成功ということで。
他にはどんな魔術があるのかなあ。
あの魔術砲は失敗すると怖いし……。
ぼんやり窓の外を眺めると、とってもいいお天気だった。
そういえば、雷を落とすこともできたんだよなあ。
今考えても自分の力が信じられない。
もちろん、家族がいる世界ではそんなことは少しもできなかった。
そもそも黒髪が魔力強いなら日本人――東洋人はほとんどみんな魔力強いよね?
どうして私が――明美もだけど、召喚されてしまったんだろう。
あれか、落とし穴に落ちたようなものか。
私はまんまと罠にはまって、明美は自ら飛び込んだ感じ?
眼下に広がる街並みはとても平和で、その手前にはお城の他の建物も邪魔にならない程度に窓から見える。
たぶんだけど、この建物は一番いい棟で、見晴らしがいいようにできているんだと思う。
簡単にお城と言っても、色々な建物があって、繋がっていたり独立していたりするみたい。
その中に、ひときわ高いぼろぼろの塔があることに気付いた。
何だろう?
蔦が絡まってて、傾いて今にも外れそうな窓とかもあって、所々外壁が崩れてたりする。
あれだな。近づくな、キケン。って建物だ。
今は人が住んでいないみたいだけど、何かいわくつきの物件かも。
ああいう場所に雷が落ちるんだよね。
ガラガラドッカーン! て。で、何かの祟りだって――。
その時、雲ひとつない青い空に、その明るささえ凌ぐ眩しい光と頭の中のイメージ通りの轟音が響いた。
え、えっと……。
テレビで見るようなシーンに重ねて想像しただけなのに?
まさか、本当に雷が落ちるなんて思ってもいなかった。
あちらこちらで悲鳴が上がる中、重い音を立てて遠くに見える古びた塔がガラガラと崩れていく。
土煙もすごい。
これがいわゆる、青天の霹靂ってやつか。マジでびっくりだよ。
どうか怪我人がいませんように。
見なかったことに、というよりも何もなかったことにして、私はお気に入りの場所に戻った。
よし、お昼寝でもしよう。
だけど目を瞑った私の体で、絨毯敷きのはずの廊下を走って誰かが向かってくる振動を感じる。
嫌な予感が激しくしたので、狸寝入り。――が許されるわけもなく。
恐ろしい形相のラルス様に、こっぴどく怒られてしまいました。




