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第6話 領地継承/領内最強の剣士

 レントが十五歳の誕生日を迎えると、父であるレイリックは彼に領主を継がせ、自らは息子を補佐する立場に就くと家来たち、そして領民に宣言した。


 レイリックは一部の家来、領民からは厚く信頼されていたが、あまりに人が良すぎたために、税率は他の辺境領の半分ほどで、さらには領内の商業・農業についてもあまり干渉せず、正当に得るべき税すらも得られていない状況だった。


 領内の豪商、広大な農場を持つ地主の方が、領主よりも富を蓄えている。まず、レントはその状況の是正に臨むこととなった。


 王都の役人が年に一度やってきては税金を取り立てていくのだが、その額は税収から計算される。その金額があまりに安すぎる、エドガルド伯に領地を任せておくのは国にとって不利益であり、是正を求めるという文書が届き、レントは前々から取り組むべきと思っていながら、領主の権限がないために手がつけられなかった改革に、後を継いで早々に取り組むことを強いられた。


 ◆◇◆


 エドガルド伯領に対して王国が実施した財政是正審査の第一回目。その当日を迎え、レントは役人が来るまで執務室で山積みの課題を改めて整理していた。


 当面向かい合うべき課題は、税収不足。その要因のひとつが、領内の産業について、先代のレイリックが疎かったということがある。


 エドガルド伯領には鉱山地帯が含まれており、金、銀、銅の採掘が主要な産業となっているが、レイリックは危険な仕事に従事する鉱夫の権利を考え、採掘で得られる利益からわずかしか税を取っていなかった。

レイリックは商人たちを信用しきっていたのだ。そのために、鉱山の経営は商人主導で進んでゆき、想定される税額を支払われなくても文句を言わなかった。レイリックは鉱山のことを知らなかったので、生産高についても無関心だったのだ。


 さらに鉱山を取り仕切る商人は、レイリックの目をごまかすために、採掘による利益報告書の改竄・実態の隠蔽を行っていた。レントは収益を正確に報告しない商人たちに対して、まず正確な情報を集めることを考えた。


 レントは催眠魔法を駆使し、優秀な諜報員を集めた。彼が最も得意としたのは女性の籠絡であったが、男性であっても、『仕事に見合う金が欲しい』『結婚相手を探したい』といった満たしやすい欲望を持っている場合は、容易に三段階の詠唱句を使って従属させることができたからだ。


 もちろん商人と直接対面し、従属させられれば話は早い。交渉のテーブルに付き、対面することさえできれば、レントはどのような相手でも恐れるに足らずと確信していた。


 領内で最も大きな商会、ファクト商会。その長であるユーシス・ファクトは、女だてらに男装をしているという。


(男装した女をものにしたことはないからな。会うときが楽しみだ)


 ユーシスと直接会談を行うべく、レントは家来に命じて手配を進めている。彼女は多忙を理由にして返事を遅らせていた――それもまた、領主のことを第一とは考えておらず、空いた時間で相手をすれば良いと軽んじている証拠だ。


「お兄さま、失礼いたします」

「はい、どうぞ」


 レントが返事をすると、黒く長い髪を持つ、軽鎧で武装した女性が入ってくる。


 セリア・ラムズワース――レントの妹。


 彼女は幼少から学んでいた剣技を認められ、レントの護衛剣士となっていた。


 まだ十四歳だというのに、彼女はすでに立派な女性として成長していた。その姿を見た領内の男性は漏れなく熱狂的な信奉者になると言われており、実際にセリアを連れて町を通ったことのあるレントは、彼女の人気を肌で感じていた。


 癖のないさらりとした黒い艶髪と、見つめられれば吸い込まれそうなほど澄んだ瞳。すらりとしたしなやかな四肢――そして特筆すべきは兄のレントでも目のやり場に困るほど、はちきれそうなほどに実った胸だった。


 その胸のために、軽鎧の胸の装甲をつけることができないほどで、セリアはそれを恥じらい、外を歩くときはマントを常に羽織っていた。しかし兄の前でマントの前を開き、その乳袋を惜しみなく見せつけている。


(見せつけてるわけじゃなくて、兄に恥じらうことはないってことだろうけど……こんなに立派になるとは思わなかったな……)


「……お兄様?」

「あ、ああ、いや。何でもないですよ、セリア」

「……お兄様、何度も申し上げていますが、私に敬語を使う必要はありません」

「性分ですから、堪忍してください。僕は兄ですが、セリアには護衛をしてもらっていますから、敬意を払わなくてはね」

「……その理屈は、よくわかりません。私はお兄様の護衛です。護衛に敬語を使う主人は、きっと他にはいません」


 拗ねたように言うセリアを見て、レントは苦笑する。この妹は、異母兄であるレントが自分に対して敬語を使うことに、ずっと苦言を呈してきた。


「主人ですか。僕はセリアの主人ではなくて、兄だと思っていますが……片方の親しか血がつながっていないと、兄ではなくなってしまいますか?」

「そ、それは……お兄様、意地悪です……私は、そういうことを言っているのではなくて……」

「僕は立場が変わっても、周りに対する態度を変えたくはないんですよ。それに、セリアは僕よりも強い。剣技において上ということも、敬語を使うに足る理由でしょう」

「……お兄様は……あのとき、本気では……」

「僕は本気でしたよ。セリアに勝てなかったから、こうして守られている。情けないことではありますが、それで安心している部分もあります」


 レントの言葉に、セリアは俯いてしまう。彼女にそんな顔をさせてしまう理由を、他ならぬレント自身が最もよく理解していた。

 ――領内の剣技大会で、レントはセリアに破れ、セリアは優勝した。

 そのときレントが手加減をしたことは、レント自身も認めてはならない事実だった。セリアを優勝させることが、彼女を護衛にする条件だったからだ。


 そして護衛にしなければ、セリアは政略により、王都の貴族と婚約させられることが決まっていた。


 レントは妹の結婚を止めたいがために、わざとセリアに負け、彼女を護衛として側に置いた。領内で最も剣技に優れた者が、領主の護衛となる――そのしきたりは、セリアを『伯爵家の血を引く子女』から、『護衛剣士』へと変えた。レイリックもセリアを娘として以前に、領内で最強の剣士として扱うようになった。


 しかしレントがわざと負けたことを、セリアは感じ取っているふしがあった。

それでもレントは、彼女の方が自分より強いということを、事実のままにしておかなければならなかった。


「……いつか、また近いうちに、非公式ではありますが、お兄様とお手合わせをしたいと思っております。叶うのであれば……」

「はい、それは喜んで。でも何度やっても、僕はセリアには勝てませんよ」

「お兄様……」


 セリアは少し寂しそうな顔をする。それに気づいていながら、レントは笑った。この話を続けて、妹の心をこれ以上曇らせたくはなかった。

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