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第3話 家庭教師から学ぶ催眠魔法

 シルヴィナと出会った夜会は、必ずしもレントにとって、良い記憶を残すだけの場ではなかった。


 集まっていた貴族たちは、エドガルド家の家臣でありながら、現当主レイリックを無能だとけなしたり、黙っていても領主を継ぐことになるレントに対して妬ましく思うような声もあり、それをレントと部下に対して聞こえよがしに話す場面があった。


 そうしてレントは理解した。このまま領主になる日を待っていても、何一つ安泰ではないのだと。


 父の家来が全員、そのまま自分に忠義を尽くすわけではない。それはどれだけ勉強や剣術に励んだところで、変わらないのだろうと思った。


(一番恐ろしいのは、人間だ。金や女で簡単に心を揺らされ、脅迫に屈し、俺を裏切る可能性がある。そうなったとしても人は脆いものだ、責められはしない。しかし俺に忠義を尽くさない人物を、正面から心服させるのは骨が折れる)


 十歳の誕生日を迎え、領主の館で行われた誕生祝いの集まりにおいても、レントは忠義の浅い家来の声を聞き、彼らをどうすれば不穏分子から忠実な配下に変えられるのかを考えていた。


 どんな方法を使っても、この領地と、自分の守りたいものを守り抜く。


 そのために必要なものは、忠誠。相手を問答無用で臣従させる力。


 この世界には魔法がある。そう知ったレントは、剣術一筋であったこれまでから方向を転換することにした。


 彼は父に頼み、魔法を学ぶために家庭教師をつけてもらうことにした。そうしてレントの元を訪れたのは、クリームヒルトという若い女性だった。


 ◆◇◆


 クリームヒルトがレントの住む屋敷を定期的に訪れ、書斎でレントに指導をするようになってから、二週間後のことだった。


「レント様、いかがなさいましたか? 先程から、勉学に身が入っておられぬご様子。お悩みなどありましたら、このクリームヒルトにご相談くださいませ」

「ああ、申し訳ない。つい、考え事をしてしまっていたんです」


 クリームヒルトに古代語を教わっていたレントは、自分の家来でもある彼女に心配をかけまいと、柔らかく笑ってみせた。


 レントは誰に対しても、敬語で接するようになっていた――それは、常に次期伯爵として目上の扱いをされ、ちやほやとされるうちに、自分が驕ってしまわないようにという自戒のあらわれでもあった。


「古代語を学ぶことは、きっとレント様にとってお役に立ちます。全ての魔法は、古代語を持って発動することができますから」


 クリームヒルトは王都の魔法学院を首席で卒業したばかりの才女で、王宮魔法士として招聘を受けていたが、エドガルド伯領にいる両親のもとに戻り、そこで職を探したいという希望を出して、レイリックが彼女を採用した。魔法士としてだけでなく、彼女はあらゆる勉学で優秀な成績を修めており、レントの家庭教師として適任であると考えたためである。


 古代語も学習して習得できるものが全てではない、難解な学問とされている。しかしクリームヒルトは上位古代語までを読むことができ、それらを用いる難度の高い魔法を習得していた。


「今が最も、勉学をする上で適した時期です。レント様は優秀ですから、基礎を飛ばして進むことができておりますし、数年中には私の知識に追いついてしまうやもしれません」

「ありがとうございます。クリームヒルトさんに褒めてもらうと、すごく嬉しいです」

「っ……い、いえ、わたくしは、思ったままを申し上げているだけですので……」


(俺はまだ十歳なんだけど、クリームヒルトさんはたまに恥ずかしがってるように見えるな……俺が伯爵の息子だから、かしこまってるんだろうか。いや、『あの件』もあるしな……)


 『あの件』とは、エドガルド伯領において、伯爵の子女の家庭教師や、侍女たちに義務付けられるある制約にかかわることだった。


 十歳といえど、レントも男子であり、貴族の男子は自分に仕える者に対して、いわゆる『お手付き』をしても咎めを受けない。そのために昔は、年端もいかない貴族の少年が何人もの侍女に手を出してしまい、気が付けば血統を拡散させることになっていて、後継者争いが激しいものになったという事例がある。


 それを防ぐために、貴族の子女の直属の従者が異性である場合、魔法によって制約をかけるという制度ができた。貴族の血統は然るべき婚姻関係を結んだあとに、子供に引き継がれるべきであるという考え方である。


 レントの妹のセリアにも女性の教育係がつき、セリア自身にも厳重にその貞操を守るように指導がされていた。


 レントも指導を受けたが、強引にではなく合意の上でならば、将来的に大人として習得すべき作法を、家庭教師から学んでも良いと言われていた。それも、当のクリームヒルトの目の前でである。


(実を言うと、その件も気になってるんだが……十歳とはいえ、身体も大人になりつつあるからな)


 乳母たちとの交流を思い返して、彼女たちにもう一度甘えたいと思うこともある。貴族にはそれが許されてはいるが、周囲の評判や、レント自身の倫理観によって、実行には移さずにいた。


 しかしクリームヒルトは、魔法学院に通っていた当時と同じようなものだという堅めの学士の服装では隠しきれぬほどの、乳母たちを圧倒するほどの母性豊かな肢体を持っており、彼女がレントに指導するために横に座って教本を覗き込むだけで、その大きな胸がレントの肘に惜しみなく当たってしまうほどだった。


「レント様に対して、わたくしはいつもお褒めするところしかございません。しかし、勉学のお時間に集中できないということであれば、何かわたくしに落ち度がありましたらお伝えいただければと思っております」

「い、いえ。そうじゃないんです、僕はただ……」


 クリームヒルトはレントを過剰に敬うが、必ずしも男尊女卑というわけではない。クリームヒルトは子爵家の娘であり、レントの家来といっても、自己の裁量を持っている貴族である。


 しかし妾腹の娘であるセリアは、伯爵家の血を引いていても、個人としての権利を認められていない。彼女に爵位の継承権はなく、ゆくゆくは彼女を夜会で見初めた貴族に嫁ぐことになると目されていた。


 レントは、セリアがそれを望んでいないことを知っていた。


 だが、王都の貴族は同じ伯爵であっても、エドガルド家のような辺境伯よりも発言権が大きく、格上とされている。


 そんな彼らが夜会でセリアの姿を見てしまえば、何人目かの妻に加えようと軽率に口にするであろうことは、レントには容易に想像がついていた。


 妹を守りたい、という単純な正義感もある。それと同じくらい、美しく成長していくだろう異母妹を、簡単に遠くに行かせたくないという思いがあった。


「レント様、やはり、少しだけ休憩にいたしましょうか。心ここにあらずというようにお見受けしますし」

「ああ、いえ。一つ、クリームヒルトさんに頼みたいことがあるんです」

「わたくしでお役に立てることがございましたら、何なりとお申し付けください」


 クリームヒルトが魔法学院の出身だと知った時から、レントには考えていることがあった。なかなか切り出せずにいたが、これ以上引き延ばしても仕方がないと感じ、ここで頼んでみることにした。


「貴女にはこれから、魔法を教わりたいんです。父には、魔法は部下に任せれば良いと言われていますが、個人的に必要だと感じているので」

「レント様が、魔法を……それは、良いお考えです。わたくしも僭越ながら、レント様の潜在的な魔力を、このまま眠らせておくには惜しいと思っておりました。あなた様の持つ魔法の資質は、類まれなものがございます」


 レントは魔法の才能があると、幼少期から言われていた。しかし貴族は部下に魔法を使わせるもので、次期当主のレントが失敗すればリスクのある魔法を学ぶことを、父レイリックは奨励しなかった。


 しかし奨励していないというだけで、絶対に学ぶなとまでは言っていない。


 レントが魔法を学びたいと言えば、家庭教師であるクリームヒルトに、教えないという選択はなかった。


「レント様、魔法にもいろいろと種類がございますが、どのような魔法に関心をお持ちなのですか? 教本をお持ちしましょうか」

「お願いします。僕も、魔法については全く知識がありませんから」


 クリームヒルトは薄緑に色づいた髪を撫で付けると、持参してきていた鞄から、一つの革張りの表紙がついた羊皮紙の本を取り出した。


 鍵のされた表紙を開き、レントは目次に目を通す。そして、目的のものに近いと思われる章題を指さした。


 『生物の精神に作用する魔法 ~精神支配、操作について~』


 レントはそれを目にしたクリームヒルトが、こんな魔法に興味を持つなんて、と怒るのではないかと心配した――しかし。


「レント様のご希望であれば、この分野の魔法をお教えしましょう。しかしこの魔法は、古代語魔法の中でも使用者の力量による効果の差が大きく、全く効果が出ないことも多いです。それでも、この魔法から習得を開始されますか?」

「できればそうしたいな。他の魔法よりも、僕はこの魔法に興味があるんです」

「かしこまりました。成功か不成功かははっきりしている魔法ですし、魔法の基礎を学ぶ上では悪い題目ではありません。詠唱自体は、魔法の中では短いほうですから」


 クリームヒルトは催眠という分野の魔法が、初心者のレントには効果を発揮できないだろうという前提で話している。


 レントも、もしそんな魔法が横行していて、簡単に威力を発揮していたなら、自分の耳にもそんな話が入ってくるはずだというのは分かっていた。


 しかし誰も効果を発揮できていないなら、それがレントにとっての強みとなる。


 いずれ伯爵となり、この弱い辺境領から成り上がる。もしくは、この領地を盤石のものとするために、配下を集める。


 そのために、レントは剣の腕を磨くだけではなく、強力な飛び道具を求めていた。剣術と頭脳だけでは、統治者として敵対する人物を御するには苦労させられる。その過程で利用できるものがあるなら、早いうちに手に入れておきたいという考えがあった。


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