プロローグ 領主の息子、乳母と交流する
異世界ローデシアの東方大陸に覇を唱える、ウィズ騎士王国。
その南東の山林を領地とする地方領は、エドガルド伯領と呼ばれている。
『王国の三賢人』のひとりに数えられた『ランス・エドガルド』伯爵を祖とする、由緒正しき伯爵領は今、存亡の危機を迎えていた。
そんなことはつゆ知らず、彼――レント・エドガルドは、伯爵家の跡継ぎとして生まれ、将来は伯爵として統治を行うことを約束されていた。
彼は長子で、正妻の子であったが、彼の一つ下に生まれた妹は妾の子であり、爵位の継承権は持っていなかったからだ。
そしてレントには、誰にも話していない秘密があった。
彼は異世界ローデシアではなく、地球の生まれであり、元は『真田錬斗』という日本人だったのだ。
事故で命を落とした彼は、生まれ変わったあとも、前世の記憶を引き継いでいた。彼が転生したことに気づいたのは、生まれてから一ヶ月後、乳母から授乳を受けているときのことであった。
「ば、ばぶー!」
自分が転生したことに気づいた錬斗の第一声はそれであった。
エドガルド伯領の領主の息子として生まれたが、前世の記憶を引き継いでいる。それに気がついた衝撃は、まさに稲妻に打たれるようなものであった。
(思い……出したぁぁ!)
と言っているつもりなのだが、歯がなく発声器官も未成熟なので、言葉にできなかったのだ。
そんな彼を抱いている乳母は、戸惑いを顔に出す。錬斗の今までにない様子を見れば、無理もない話であった。
「レント坊っちゃん、どうなされたのですか? 私のお乳では、お気に召さなかったでしょうか……どうしましょう」
実の母親からも授乳は受けているのだが、レントには二人の乳母がついており、日替わりで彼に乳を与えていた。乳母は二人とも乳飲み子を抱えており、その乳を分けてもらっているという形になる。
そんな事情より何より、十七歳と十八歳の、容姿としては平均的だが、金色か赤毛の異世界人の女性に乳を与えられているという状況は、レントにとっては役得でありながら、余りにも甘美すぎるものだった。
「……良かった、ちゃんと飲んでいただけるんですね。たーんと召し上がってくださいませ」
「んっ、んっ……」
差し出された乳房に手を添えて、レントは無心で吸い付く。赤ん坊にとっては本能的なものか、差し出されたら全力で母乳を飲まなければという気持ちにさせられるのである。
(生きるってそういうことなんだよな……たんと吸って大きくなる、それが今の俺の仕事だ。しかし……)
手を添えると吸いやすいので、ほとんど力は入らないが、手を乳房に添える。まだ未発達の感覚でも、乳母のぱんぱんに張ったバストの手ごたえは感じ取れた。
「レント様ったら、そんな小さなお手てで、搾りだそうとなさって……」
「大変お上手でいらっしゃいますね。アンナ、私も差し上げていいかしら?」
「は、はい、レイラ先輩……」
(次から次へとおっぱいが出てくる……俺は一体どうしたらいいんだ……!)
前向きにツンと突き出していて張りがあるアンナのバストと比べ、彼女より年上のレイラは少し重力に負けそうになっているが、第二子に授乳している最中の彼女の乳房からは、アンナより勢いよくミルクがほとばしる。
(だらしのないバストという言葉は、彼女のためにあるな……だが、その良さが今の俺には分かるぞ)
「あら……? レント様、急にすごく大人しくなって……」
「ふふっ……レイラ先輩のお乳が、とってもお気に召したんですね」
「そうなのかしら。うちの子なんて、すぐお乳から口を離してしまうのに、この落ち着き……次期領主の方は、零歳のときから風格があるのね」
(お腹が満たされてきて眠くなってきただけなんだが、何か良い方向に勘違いされているぞ)
赤ん坊に対してというか、領主の息子に対して乳母たちは甘い。しかしその甘やかしも、自分の振る舞い次第でいつまで続くかが変わるのだろう、とレントは思う。
せっかく前世の記憶を持って生まれ変わったのだから、うまく立ち回りたい。レントはそう思いながら、次はアンナに抱きかかえられ、形よく前に突き出した乳房に吸い付く。
「レント坊ちゃん、今日は本当に落ち着いていらっしゃいますね……」
「きのうまでは、お噛みになることもあったものね。まだ歯がはえていないから良かったけれど」
「あ、レイラ先輩もかまれちゃいましたか。今日は全然違いますよね、自分から搾ってくれてますし。これだと、添い寝をしているだけで勝手にお飲みいただけそうです」
「アンナったら、そんないい加減なやり方ではダメよ。レイリック様のおぼえをよくするためにも、赤ちゃんのうちからなついていただかないと……」
(なるほど、そういうことか。彼女たちにも役得があるのなら、思い切り甘えても構わないな)
レイリックとはレントの父であり、現領主である。乳母たちは自分の家族の待遇を良くするためにも、熱心にレントの世話をしている。レントはそう理解すると、遠慮しすぎる必要もないと思い始めた。
「んっ……せ、先輩、その、坊ちゃんが昨日よりお上手になられていると思いません……?」
「や、やはりそうよね……どうしましょう、こんなふうに毎日上手になっていったら……」
「坊ちゃん、よろしいですか? ぺろぺろとしないで、ちゅーちゅーとだけしていただいて……」
胸を出したままでアンナが吸い方を教える。レントは初めはつたなく、しかし徐々に彼女の言うことを聞いて、その通りにしているように振る舞う。
「レイラ先輩、坊ちゃんが私の言う通りにしてくださっています……ああ、なんて可愛いのかしら」
「こほん……アンナ、そろそろ私に交代してちょうだい。私からも教えてさしあげないと」
「私が教えますので大丈夫です。そうですよね、坊ちゃん」
「あぶー」
レントはまだ話せないが、声を発することはできる。二人の乳母にどのように見えているか、レントのまだよく見えない目でも感じ取ることができた。
(可愛がられるって幸せなことだな……この人たちのためにも、俺は立派な領主になるぞ)
レントは乳母たちに愛くるしさを振りまき、毎日交流しながら、『この世界は俺にとってとても優しい』という認識を深めていったのだった。