96話 ウセロと七人の男たち
「アジトの様子がおかしいと思ったら……テメェらが入り込んでやがったのか、冒険者ギルド」
ウセロがグレイスを睨み、そして、俺へと視線を移す。
「やはりテメェもギルドの犬だったわけだ」
と、ブルドック顔のウセロが俺を睨む。
どっちかっていうと、確実にお前の方が犬だけどな。
「口内炎は治ったのか?」
「うっせぇ! あんなもんでどうこうなるオレじゃねぇんだよ!」
まだ少し痛むのか、ちょいちょい頬をぷっくりさせている。
だが、こいつが出てきたところで怖いものはない。
なにせ、一度倒した相手だ。
上家の人間離れした動きは厄介だったが、ウセロなら恐れることはない。グレイスもいるし、負けることはまずあり得ない。
……はずなのだが。
「コーシ、妙ね」
「あぁ。ウセロのヤツが妙に落ち着いているな」
一度俺たちに完敗したウセロ。
力の差ははっきりしているし、この状況を見れば上家が敗北したことも分かりそうなものなのだが……
「あいつの切り札は上家だったはずだ。なのにあの落ち着きよう……何かあるな」
「そうね……油断は禁物よ」
スティナがそう耳打ちした直後、ウセロの後ろから七人の男たちがゾロゾロとこの部屋へと入ってきた。
七人の男たちが出てきた場所。あれは、スティナが一階の見取り図に書いて作り出した、この部屋への直通階段だ。
「私たちの作った階段が、まんまと利用されたようね……油断したわ」
「油断すんなよ、マジで!」
上家との戦闘に時間をかけ過ぎたようで、盗賊たちがアジトへ戻ってきてしまったのだ。
そして、ここへ直通の階段があったため、どんどんと援軍が送り込まれてくる。
「一度階段を閉じた方がよさそうじゃのぅ」
「そうね」
ニコに言われ、スティナが見取り図に書き込む。
同時に、この部屋の階段が消失した。
「ふん! 今更消しても遅ぇよ! 正規ルートを通って援軍はどんどん上ってくるぜ!」
「なら、こうするまでよ」
スティナが見取り図に何かを書き込むと同時に、階下から――
『ぎゃー!』
『なんじゃこりゃー!?』
『食われるぅー!』
『えっ、お母さん!?』
『無理無理無理! マジ無理だから!』
『あばばばばっ!』
『ぐわぁ! 酢漬けにするんじゃねぇー!』
――など、様々な悲鳴が聞こえてきた。
…………スティナ、お前何やった? 特に『お母さん』のヤツ。
「チッ! 相変わらず嫌な戦い方をしやがる……!」
ウセロの顔をが歪む。
うん。ホント。スティナに関しては、敵じゃなくてよかったって心底思うよ。
「だがな! このアジトは完全に包囲されている! つまり、テメェらはもう逃げ出すことすら出来ねぇんだよ!」
「ほ、本当です! 窓の外に物凄い数の松明が!? 凄いいっぱいいますよコーシさん!?」
窓の外を見てエルセが狼狽する。
こりゃ、相当な数がいるようだ。
「へっへっへっ。その気になりゃ、壁をよじ登ってでもここへは来れる。観念するんだな」
ウセロが買った気になりほくそ笑む。
「……エルセ」
「は、はい」
「外に向かってサンダー」
「はいっ!」
らぐなろフォンを窓の外へと突き出し、そこから強烈なイカヅチを階下へ堕とす。
『ぎゃっ!』
『ぎゅっ!』
『ぎょっ!』
外から無数の悲鳴が聞こえ、幾分静かになる。
「テメェら、無茶苦茶か!?」
だってよ、危険因子は早々に排除したいだろう、普通。
「あぅ、コーシさん……バッテリーが切れました」
唯一の問題は、らぐなろフォンのバッテリーの持ちが悪いってことだ。
「がはははっ! どうやら切り札はもう使えねぇみたいだな!」
ウセロが喜び勇んで、窓辺へ駆けていく。
「野郎ども! 遠慮せずどんどん上ってこい!」
そう言いながら窓の外へと視線を向けたウセロ…………だが。
「なっ!? なんだこりゃ!?」
ガバッと、般若のような形相をこちらへ向ける。
……なんだ? 何があった?
「壁を……ほんの少しだけ高くしておいたわ」
涼しい声で、スティナが見取り図をピラピラと俺たちに見せる。
見取り図の壁には、『高さ300メートル。材質は凄くつるつるで滑りやすい』と書き込まれていた。
「スティナ、ナイスだっ!」
「うむ! 見事な気転なのじゃ!」
「スティナさん凄いです! 見直しました!」
「ふふん。まぁ、当然ね」
スティナは誇らしげに胸を張る。
おう、威張れ威張れ! 今回ばかりは大いに威張れ!
「いつか、私が完全に引きこもる部屋を作る際は、こういう設計にしたいと常々考え、温めていたプランよ! この部屋にいれば、何人たりとも私を外へは連れ出せないの!」
「スティナ……バッドだ」
「ぅ、うむ……見事な気転、かもしれんがのぅ……」
「スティナさん、酷いです……見損ないました」
「なぜなのかしら!? こんなにも役立ったというのに!?」
コイツが引きこもらないように、今のうちにあのひん曲がった性根を強制してやらなきゃな……
「けれど、これで二階へ上がる階段も相当な段数になるはずよ」
「そうなれば、ここへたどり着く頃にはへとへとじゃのぅ」
「なるほど! やっぱりスティナさん凄いです! プラマイゼロで凡人ですっ!」
「……エルセ。それ、凄く嬉しくないわ」
スティナの(とても後ろ向きな)気転により、援軍は阻止出来た。
というわけで……
「倒すべき敵は、今ここにいる八人ってわけだな」
ウセロの背後に控えるのは、揃いの法被を着込んだ七人の男たち。
「そいつらが、新選組だな」
「よく知ってるな……なら、こいつらの恐ろしさも知っているだろう? 覚悟するんだな」
ウセロが腕を持ち上げると、七人の男たち――新鮮組が刀を抜いた。
上家が作り、持たせたというからくりソードってヤツだろう。
「どうやら、戦闘再開って感じだな……」
「コーしゃま、気を付けるのじゃ。ジョーカー何某の作った物は、油断出来んのじゃ」
エルセとスティナを背に庇い、俺とニコ、そしてグレイスが戦闘態勢を取る。
「ワタシが先陣を切る」
剣を構えるグレイスの隣で、俺は魔法の準備を始めた。




