39話 お揃いTシャツでイチャイチャ
「コーシさん見てください! カエルです! カエルがいました! ほら、あそこ!」
「あぁ……あれは、アユだな」
「えっ!? ……カエル、じゃ?」
「魚だな」
「あぁ……あれがぁ」
俺は心底お前が心配だよ、エルセ。
さらさらと流れるのどかな小川を眺める俺とエルセ。
まぁ、正直暇だ。もうすることがない。
「違いますよ? 陸に上がってくれば分かりますよ? こう、泳いでる姿だからですね……ほら、川の流れでゆらゆらしてますし!」
「いや、ない」
「オッサンにハイレグビキニ着せて海へ突き落としたら、一瞬美女に見えたりするでしょう!?」
「見えねぇし、お前とそのオッサンはその場で捕まるな」
「ハイレグビキニのオッサンと同じ留置場は嫌ですっ!」
そこなのか、お前が必死に抵抗するのは。
「しかし、何も出ませんね?」
エルセが飽きて、足元の石を川にぽい~っと投げ入れる。
これで魔獣が「痛ぇなこの!」って出てきてくれりゃ話は早いんだが……一切姿を見せない。
「やっぱ、カップルに見えないんだろうなぁ」
「なんでですか? ペアルックですよ?」
……そうだった。
カップルに見せるために俺とエルセはお揃いのTシャツを着ているんだった。……なるべく思い出さないようにしてたのに。
だって寒いんだもん、ペアルック。
「何か、もっとカップルっぽいことしなきゃダメなんでしょうかねぇ?」
また河原に石を投げ入れようと持ち上げて、「きゃっ!」と可愛らしい声を上げるエルセ。
そして、石の下から這い出してきた生き物を見て、「なんだ、ミミズさんですか」と胸を撫で下ろす。
……いやっ!? 何と勘違いしたの!? 「きゃっ!」って言っていい生き物だろ、ミミズは!?
あ、そうか。これはエルセ流の「ふり」なのか。
はいはい。ありがちありがち。
分かったよ、乗っかってやるよ。ったく、しょうがねぇなぁ。
「な~にやってんだよ。バカだなぁお前は。あはは☆」
「…………」
「…………」
「…………」
すっげぇ、冷めた目で見られてるんだけど、今、俺。
「……『話にならない』」
「おう!? それは俺の知能のステータスの話か!? ディスってんのかお前は!?」
「別に、わたしは何とは言ってないですよ。ただ『話にならない』と言っただけで」
くっ、この……
ダメだ。
こいつと頭の良し悪しの話はしちゃいけない。ケンカになる。
あぁ、そういえば、争いは同レベルの者同士でしか発生しないとかなんとか言われてたっけなぁ…………誰がエルセと同レベルだ、こら!?
ぐぎぎ……と睨み合う俺たち。だが、こんなことをしている場合ではない。
魔獣をおびき出して倒さなければいけないのだ。
「もっとカップルっぽいことをしましょう!」
任務に対する意気込みを鼻息で表すかのように、力強くエルセが言う。
「例えば、どんなのがカップルっぽいんだよ?」
自慢じゃないが、彼女がいたことがないので俺には分からんぞ。
「まぁ、付き合ったことはおろか、女子と二人きりでおしゃべりしたこともないようなコーシさんには思い浮かばないでしょうね」
「あれぇ? じゃあ今目の前にいるヤツは女の子じゃないのかなぁ?」
おしゃべりくらいはあるわい!
「それじゃあ、恋のエリート、エルセさんのご意見でも拝聴いたしましょうかね!」
「ふふん! 括目するといいです!」
いや。目は見張らないぞ。耳だけで十分だ。
「交換日記です!」
あぁ、聞いて損した! 無駄に鼓膜すり減らしたわ、今!
「なんで外で交換日記書いてんだよ!? 家で書けよ!」
「路上ライブとかあるじゃないですか!」
「黙々とカリカリしてるのを見せてなんになるんだよ!?」
「でも、交換日記って、結構恥ずかしくないですか?」
「ん? まぁ、そりゃあ、多少は照れるだろうなぁ」
「コーシさん、恥ずかしい姿を他人に見られるのが好きな方じゃないですかぁ?」
「お前は、なにを勝手に俺に変質的なイメージ抱いてくれてんだ?」
こいつ……川に叩き込んでやろうか?
「んじゃあ、分かりやすく、手でも繋いでみるか?」
「ふぁっ!?」
と、奇妙な声を発した直後、エルセが――川へと逃げた。
なにやってんだお前!?
なに飛び込んでんの!?
川からザバァ……と顔を出したエルセは真っ赤に染まっていた。
「な、なにをっ、破廉恥なことをっ! ざ、懺悔してくださいっ!」
「おい、誰の真似だそれ!?」
「つ、月に代わってお取り寄せですよ!?」
「月がネットで地方の名物でも発注したのか!? お仕置きしてくれ、その流れなら!?」
「え…………コーシさんって、そういう……」
「お前の間違いをフォローしてやったんだよ! ドン引きしてる暇があったらさっさと上がってこい!」
全身ズブ濡れになり、川から上がってくるエルセ。……Tシャツが張りついて、ちょっと大変なことになってんだろうが! ……俺も上着を着てないから貸してもやれない。
俺のTシャツを貸そうにも、ここでTシャツ脱いだら確実にチカン扱いだ。
「ま、まったく、もう……! いきなり変なこと言わないでください」
「手を繋ぐくらい、普通にするだろうが……?」
「し、しませんよ!? 素肌と素肌が触れ合うんですよ!? そんなも、もう……素っ裸でおしくらまんじゅうするのと一緒じゃないですか!」
「素っ裸なのにおしくらまんじゅうのせいでエロいのかエロくないのかよく分かんなくなってるっ!」
ホンット、喩えが下手だな、お前は!
「エ、エッチなのは、ダメですよ……もう」
と、濡れたTシャツを体に張りつかせて頬を染めるエルセ。
今のお前の格好こそがエッチぃけどな!
羞恥のポイントが一切理解出来ないエルセ。
そして結局魔獣は出て来なかったし…………と、その時俺は、背後に禍々しい気配を感じた。
これは……来たかっ!?
バッと振り返ると、そこには――
「むぅ! なんだか不愉快なのじゃっ!」
「コーシ……濡れTシャツはマニアック過ぎるわ」
「時間切れだ! 交代だぞ、そなたたち! えぇい、ズルいぞ、なんだか悔しいぞ!」
――ぷりぷり怒った仲間たちがいた。
……禍々しいオーラ発生させてんじゃねぇよ。
かくして、俺とエルセの魔獣おびき出し作戦は失敗に終わった。敗因は、まぁ、カップルに見えなかったことだろうな。
……俺は、結構ドキドキさせられたけどな…………くそ、エルセのくせに。
そんなわけで、選手交代と相成った。
え……まだ続けるの、恋人ごっこ…………はぁ。