38話 エルセと付き合ったら……
春だからかなぁ、小川がさらさら流れている。
「さぁ、コーシさん! イチャイチャしましょう!」
くじ引きで一番を引き当てたエルセが鼻息荒く言い放つ。
……いや、イチャイチャって。
「お前と……?」
「なんでそんな嫌そうな顔するんですか!? こんな美少女とイチャイチャ出来るなんて、幸運ですよ!? ラッキーですよ!? スケベですよ!?」
「ラッキースケベを分離させるな、人聞きが悪い!」
確かに、エルセは美少女だ。それは認めよう。
だが、エルセは……エルセなのだ。
……正直、気が乗らない。
そもそもこいつは、「なんかみんながやる気になってるからわたしも乗っかっておきます! そして、乗っかる以上、こういうのは一番乗りでなきゃダメなんですっ!」って、空気も読まずに一番を引き当ててガッツポーズをしていたヤツなのだ。
なんとなく場の空気でやってみたくなっただけで、俺とイチャイチャしたいわけではないのだ。
「お前はいいのか?」
「はい?」
「俺とイチャイチャとか、嫌じゃないか?」
「どうしてですか?」
「どうしてって……」
好きでもない男とベタベタするのはイヤだろうに。
「わたし、コーシさんのこと好きですよ」
「――っ!?」
…………え?
今、なんて?
「す、好き……? 俺が?」
「なんだかんだ、わたしのわがまま聞いてくれますし。優しいなぁ~って、思ってますよ」
そう言って笑ったエルセは……悔しいが、メチャクチャ可愛くて……ちょっと、いや、かなり、ときめいてしまった。
「まぁ、好きといっても、よく分かんないんですけどね。ほら、わたし、バカですから」
「まぁ、確かにお前はバカだが……」
「そこは否定してほしかったです!?」
「どうしようにもないバカだが……」
「酷くなってますよ!?」
好きという感情がよく分からない。
そのエルセの言葉には、嘘がないのではないかと、俺には思えた。
こいつが俺に向けてくる瞳は、好意的ではあるが、決して色恋の含まれた熱っぽいものではなく、どちらかと言えば家族や友達に見せるような、居心地のよさげな瞳なのだ。
「ですのでたぶん、コーシさんが思ってるような好きではないと思いますけど」
「俺が思ってるようなってなんだよ」
別に俺は、お前に惚れられたいとか、そんなこと……
「コーシさんって、『付き合ったら、当然朝まで生乳揉み放題! う~ぃぇ~~い!』とか思ってそうですけど、そういう感じの好きではないですよ」
「誰が思ってるか、そんなこと!?」
俺は、一瞬とはいえ、お前のことを「まだ恋も知らない純情な女の子なのかな?」って思ったんだぞ!? なにが『生乳揉み放題』だ!?
女子がそういうこと言うのは、感心しません!
「コーシさんって、彼女いたことありますか?」
「う…………ないって、前に言ったろ?」
「作らないんですか?」
「作らないんじゃなくて、出来ないんだよ」
なんなんだよ、急に恋愛トークとか始めやがって。
「でも、ニコさんとかグレイスさんとか、コーシさんのこと好きそうですよ?」
「…………グレイスは、ちょっと深刻な病を患ってるだけだよ」
「ニコさんは?」
「…………」
それは、正直微妙な問題だ。
俺はニコを好意的な目で見ている。ニコが俺を慕ってくれていることも分かる。
でも、だからって「じゃあ付き合おうぜ!」とは、ならない。なってはいけない気がするのだ。
ニコは、あの厄介な体質を改善する鍵が俺にあると見て、それで俺に好印象を持ったに過ぎないのだ。
その素直な心が引き起こした行為は、決して「純粋な好き」ではないはずだ。
勘違い――そう呼んでもいいものだろう。
それをいいことにニコの純情を踏みにじるのは…………俺は、違うと思う。
「……と、思ってるわけだ」
「コーシさんって、頭も固いんですね」
「『も』ってなに!? 変な誤解生むような発言控えてくれる!?
「へ? 『誤解』?」
「あぁ、無意識ならいいんだ、別に! 説明とか絶対無理だから!」
くぅ……エルセが分からん。
こいつは一体何なんだ?
「コーシさんは難しく考え過ぎなんじゃないですか? 好きだから一緒にいたい。それくらい単純でいいと思いますよ?」
「あのなぁ……」
そう簡単に行かないから悩ましいんだろうが。
特に俺は……
「恋人が出来たとしても、他の女の子が困っていたら助けに行っちまうんだぞ? 下手したら恋人を後回しにして。そんなのヤだろ?」
自分以外の女の子を助けに行ってしまう彼氏など、どこの世界の女子が受け入れてくれるというのか……
「そんなことないですよ。だってそれって、コーシさんの長所じゃないですか」
あっけらかんと、俺の最大の欠点を『長所』などと言う。
どこが長所だよ?
お前、話ちゃんと聞いてたか?
「これまでだって、ちょっといい感じになった娘がいても、この性格のせいで何度も何度も振られてるんだよ。だから、俺はもう恋人とかいらないの。……傷付くだけだし」
「だったら」
ぽんと手を叩いて、エルセが「とってもいいことを思いつきました!」みたいな顔で俺を見る。満開の桜みたいな華やかな笑みを浮かべて、陽だまりみたいな温かい声で言う。
「わたしと付き合いませんか?」
心臓が、ドキッとして、冗談みたいに顔が赤くなった。
お前……その笑顔で、それは…………反則だろう?
「つ、付き合うって……お、おま、お前……!?」
「きっと楽しいですよっ」
屈託なく笑って、そんなことを言う。
エルセと付き合ったら…………まぁ、確かに、退屈とは無縁だろうな……でも……くそっ、心臓の音がうるさくて考え事も出来やしねぇ!
いいのか?
なんか、流れでそんなこと決めちゃって…………いいのか、俺?
「わたし……コーシさんと付き合うことになったら、一つしてほしいことがあるんです」
恥じらうように、上目遣いで俺を見つめてくるエルセ。
甘えるような声が、鼓膜を貫通して脳みそを撫で繰り回す。
「な、…………なんだ?」
心臓が暴走して声がひっくり返った。
エルセが、凄く可愛く見える………………あぁ、もういいや。あとのことなんか考えないで、このままエルセと…………
と、エルセが可愛らしく頬を染め、そっと恥じらうように……らぐなろフォンを差し出してきた。
「充電を……」
「お前『付き合ったら、当然朝まで充電やり放題! う~ぃぇ~~い!』とか思ってるだろ?」
「えっ!? そういうもんじゃないんですか、付き合うって!? 相手のいいところ総取りですよね?」
うん。
一気に冷めた。
よかった目が覚めて。
危ない危ない。
そりゃそうだ。
エルセが恋だの愛だの考えられるわけないじゃん。
だってエルセ、アホの娘だし。
もう二度と、心を惑わされたりしないと心に誓う。
俺たちは川原の探索を続けた。