37話 厄介なやっかみ魔獣
「やっかみ魔獣?」
なんとも、関わり合いになりたくないような名前の魔獣なのだが……
ニコが差し出してきた依頼書には、小川に棲む変わり者の魔獣の討伐依頼が記されていた。
報酬は10万Mb――それだけで、かなり厄介な魔獣だということが分かる。
「詳しくは、ワタシが話そう」
ギルド長グレイスが、この依頼の詳細を語ってくれるらしい。
「とある男女の冒険者が、イチャコラしながらクエストに向かった時のことだ」
「真面目にクエストに挑めよ、その冒険者たち……」
なにをデート気分で出掛けてんだ。
「東門を出て、少し行った先に、綺麗な小川があるのだが、その男女の冒険者がその小川で、『お水、ぱしゃぱしゃ~』『やったな、こいつぅ~』『うふふ、捕まえてごらんなさ~い』『あはは、待て待て~』というようなことをしていた時――」
「だから真面目にやれよ、冒険者!」
「――そいつは突然現れた」
グレイスの表情がキリッと引き締まる。
「小川から水棲魔獣が現れて……哀れ、その冒険者たちは…………っ」
街の外で油断した冒険者がどういう末路をたどったのか……俺は呼吸することも忘れて、その続きを待った。
「…………破局した」
「どうでもいい! そういうこと聞きたいんじゃないんだ、俺!」
無事だったのね、破局したってことは!
まぁよかったね!
「結婚秒読みのカップルだったのだぞ!? コーシよ、そなたは女心を分かっておらぬ!」
「カップルに重点を置いてしゃべんなよ! 魔獣の話を聞かせて!」
「要するにじゃ」
グレイスの話を止めて、ニコが説明を引き継いでくれる。
「男女で小川へ行くと、二人の仲を引き裂こうとする魔獣が出るのじゃ。それを退治するのが、このクエストの依頼なのじゃ」
「男女でイチャコラしながらクエストしなけりゃいいんじゃねぇのかよ……」
「あの近辺は、薬草や鉱石が採れるからの、初心者向けのクエストのメッカなのじゃ。じゃけど、その魔獣のせいでクエストが難しくなっているのじゃ」
「いや、だから、男女で行かなきゃいいんだろって!?」
「冒険者はみんな、外でイチャイチャしたいのじゃ!」
「不純だな、どいつもこいつも!?」
まぁ、モテたいから冒険者を始めるってヤツも少なからず存在するだろうしな。
「そんな魔獣が今もまだ退治されてないってことは、そいつは相当強いんですか?」
エルセがまともな質問をする。明日は雨か……
「そこそこじゃな。ワシらで十分対応出来るレベルじゃ」
「じゃあ、さっさと退治されていてもおかしくないような気がするんですが……?」
「恋人のいる冒険者は縁起悪がって近付きたがらぬのじゃ」
「言うてる場合ですか!?」
エルセがまともなツッコミを……明日は雪か。
「それじゃあ、カップルのカの字もないような、モテない冒険者が退治すればいいじゃないですか」
「モテない冒険者は『ぷぷぷっ、カップルザマァ!』という立場なのじゃ」
「この街の冒険者、揃いも揃って自己中です!?」
エルセがまっとうな憤りを!? ……世界は、滅びる、のか……?
「それにのぅ……この魔獣は隠れるのが上手くてのぅ…………チラ」
ニコが、意味深な視線を俺に向ける。
……なんとなく、いやな予感がする。
「カップルがイチャコラしないことには姿を現さんのじゃ……じゃから…………チラッ」
「ふむ、なるほどな。そういう理由であるならば、ワタシもいろいろ考えねばいかんかもしれんな……チラッ」
「えっ、あ、これは乗らなきゃいけない空気ですね…………チラッ」
「水炊き…………うまっ」
「おい、後ろ二人。無理矢理入ってくんな」
いや、スティナは入ってないか。入ってないけど、チラチラ見切れてるくらいのポジションにいるから物凄く気になる!
「つまり何か? この魔獣を退治するには、その小川とやらでイチャコラして、魔獣をおびき寄せる必要があるってわけか?」
「むむっ、確かにそう言われてみれば、そうしなければいけないかもしれんのじゃ! コーしゃま鋭いのじゃ!」
「うむ、それは盲点だったな! よし、ワタシも協力してやろう!」
「え、っと、褒める感じですかね!? よっ、コーシさん!」
「柚子ぽん…………うまっ」
「後ろ二人、もうちょい頑張ろうか!?」
やるならやるでさぁ!?
「つか……なんだか、その魔獣、本当は倒す必要あんまりないんじゃないかって気がしてきたんだが……?」
「思考回路はコーシさんとほとんど同じですもんね」
「誰がカップルを妬んどるか!?」
「リア充爆発しろ教の信者ですよね?」
「なにその邪教!?」
もしあるなら、ちょっと入会パンフくらいは欲しいけども!
なんとなく、ニコたちが俺をおもちゃにして遊びたいがためのクエストのような気がしてきた。
ここは断っておくべきだろうか……
「コーしゃま……」
と、ニコが俺の前にすすすと近付いてくる。
祈るように手を組んで、うるうるとした瞳で俺を見上げてくる。そう、上目遣いで……
「……ダメ、かのぅ?」
ニコ……お前、ズルイぞ。
俺がそういうの、断れない体質だって知ってて…………
「…………分かったよ。若い冒険者の恋路を邪魔する魔獣を成敗してやろうぜ」
「はいなのじゃ! だからコーしゃま好きなのじゃっ!」
ニコがぱっと笑みを輝かせて俺に抱きつく。
……好きとか、よくもまぁ、恥ずかしげもなく…………あぁ、若い体で抱きつかれるとぽいんぽいんしててちょっとドキドキするっ!
結局、俺たちはその魔獣を退治することになった。
「ねぇ、コーシ……」
「なんだよ?」
空になったお椀を握りしめ、スティナがうるうるした瞳で俺を見上げてくる。
「私……おかわり、食べたい……っ」
「自分でよそえ!」
そんな、なんでもかんでも言うこと聞くと思ったら大間違いだ!
えぇい、唇尖がらせて膨れるな!
……ったく。




