12話 宿無し
エルセが最後に引き当てた魔導書は、『逆巻く時刻』という、冷めた料理をピークの温度に戻すことが出来る魔法だった。
これで、冷めたスープがほかほかに出来るね☆
……レンジか。
ちなみに、ぬるくなったビールをキンキンに冷やすことも出来るらしい。
……冷蔵庫かっ!?
「わたし、ハーゲンダッツって溶けかけが好きなんですけど、その場合こっちの好みに合わせて適温にしてくれるんですかね?」
「知らんっ! そして、ハーゲンダッツは二度と食えないと思え!?」
「えぇぇっ!? 死にますよ、わたし!?」
「お前のマイナスポイントをゼロに戻さない限り日本には帰れないんだよ!」
なんて危機感の足りないヤツだ……いや、皆無だな。
……どうすんだよ、宿。
「異世界初日が……野宿か」
「そ、そこはほら、『ぅわ~い、キャンプだー!』みたいなノリで?」
手を広げ五指を「わきわき」させると、エルセはこめかみをガードした。
ウチのアホ犬も、パブロフさん家のワンちゃん同様、ようやく条件反射を覚えたらしい。
「あ、あの……せめて、『寒いからもっと引っついていいですか?』くらいのサービスはしますので……」
「い、いらんわっ!」
えっ、嘘!?
そういうのありなの!?
くっそ、野宿もちょっといいかなって思い始めちまったじゃねぇか!?
ふ~んふふふ~ん♪
野宿かぁ、不安だけど、しょうがないよねっ!
「なんじゃ、おぬしら。宿がないのかぃ?」
ババアがほくほく顔で尋ねてくる。
うっせぇな。お前んとこに全財産つぎ込んじまったんだよ。
シワの一本一本を伸ばして、東京ドーム一個分の広さまでその弛んだ皮を引き伸ばすぞ。
「なんなら、ワシの家に泊まってもえぇぞぃ?」
天使って……思ってたよりシワくちゃなんだな。
なんていい人なんだ、このババア……いやお婆さ…………やっぱりババア。
「あ、あのっ、本当に泊めてもらえるんですか!?」
「うむ。まぁ、大方、全財産をお楽しみBOXにつぎ込んでしまったんじゃろぅて。たまにおるのよのぅ、そういう手合いが」
エルセみたいなアホの子が他にもいるのか……気の毒に。
「そんな連中をいちいち家に泊めてやってるのか?」
「誰がするかぃ、そんなこと。冒険者はみな、どこかでは危険な連中なんじゃよ」
その日暮らしで血生臭い環境に身を置いていれば……まぁ、そうかもな。
「ワシも女じゃからのぅ……」
あれ? 幻覚が聞こえる。疲れてんのかなぁ……
「おシワさん。シワの数が二桁を超えたら、男とか女とか関係なくなりますよ?」
「おぉい、エルセ!?」
俺が必死に思い留まったことをサラッと表現してんじゃねぇよ!
こらえ性のない子か!?
「じょ、女性が知らない男を泊めるのは、なんにしても危険だよな! うん。賢明な判断だと思うぞ」
こんなババアでも、薪の代わりくらいにはなるだろう。よく乾燥してるし。
荒んだ男どもなら、それくらいの暴挙には出るかもしれん。
女性の細腕では抗えないこともあるだろうさ…………と、懸命にフォローしてやる俺って、ホンット優しいよな。誰か褒めてくれよ。
「…………この状態のワシを、女性扱い……」
ぽつりと、ババアの口から零れた言葉がやけに耳についた。
「でも、いいんですか。本当に泊めていただいて。こんなんこと言うとちょっとアレですけど…………コーシさん、雑食ですよ?」
「おいコラ、そこの歩く風評被害製作マシーン!」
ここ最近の俺の悪評は、全部が全部お前のせいだからな!?
「構わん。これでも人を見る目は持っておるわぃ。それに……」
ババアの目が、ジッと俺を見つめる。
「もう、知らぬ仲でもないしの…………ぽっ」
「やっぱ『見ず知らず』の人の家に泊まるのは気が引けるなぁ! 野宿しようかなぁ!?」
「大丈夫じゃ。『間違い』さえ起こらなければそれで……まぁ、起こっちゃったら起こっちゃったで、それはそれで…………ぽぽぽっ」
あはは。そんな顔されたら間違い起こっちゃうかもねぇ。
『魔法屋老婆殺人事件~動機は些細な思い込み。魔導書が見ていた不可能犯罪の一部始終~』みたいな間違いがなっ!
「コーシさん…………差し入れ、持っていきますからね」
「お前が俺と同じ連想をしたことは分かったが、なぜ俺が逮捕されるとこまで想像してんだ?」
「わたし、崖の上、行ってみたかったんです! あれ、いつもどこの崖使ってるんでしょうね?」
「知らねぇし、崖の上に行ったら真っ先に突き落としてやるよ☆」
くっそ、この空間、俺以外アホしかいない。
異世界全部がこうじゃないことを切に願うね。
「どうじゃな? 温かいスープも、用意してやるぞぃ?」
そんなババアの言葉に、……不覚にも腹が「くぅ……」と鳴り…………
俺たちはババアの家に一泊させてもらうことになった。