表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/120

118話 日本へ……

 日本に帰ることが出来る。


 上家が生み出したどこでもドア風異世界への扉は、俺を日本へと送り返してくれるらしい。

 日本へ……帰れる。


「オレは、グレイスとの約束があるから帰るわけにはいかねぇんだが、『NSB粒子』の結束力が弱まっていて、明日にもこいつは使えなくなりそうなんだ」

「『えぬえすびーりゅうし』?」

「あぁ、あんたらには分かんねぇか……異世界間を繋ぐためには不可欠な次元を歪める物質なんだが……」

「なんかの略なのか、『NSB』って?」

「『なんか(N)、凄い(S)、物質(B)』だ」

「本当に使い物になるの、その物質!?」


 名前からしてダメ臭がしてるんだけど!?


「女神様たちの異世界間移動も、この『NSB粒子』が使われてるんだぞ」

「えぇ……俺、『なんかすごい物質』の力でこの世界に来たのぉ?」


 なんだろう。凄く勝手に巻き込まれて、強制的にスベらされたようなこのやりきれない気持ちは。なんだろうなぁ。


「いつか使おうと思ってたんだが、期限切れだ。だから、あんたにやるよ」

「いや、やると言われても……」


 このどこでもドア風異世界への扉は片道通行。

 つまり、一度日本へ行けば、もうこの世界へは戻れなくなる。

 エルセの力は封印されたままだし、きっと俺は二度とこいつらに会えなくなるだろう。


「やったじゃないですか、コーシさん! ラッキーですね!」


 テンションの高い、嬉しそうな声がする。

 振り返ればエルセが諸手を挙げて小踊りを踊っており……俺の目は点になった。

 ……エルセ?


「これでコーシさんは日本に帰れますね。わたしの力を取り戻すまでもなく帰れるのなら、そうするべきですよ。あ、わたしのことなら大丈夫です。ニコさんやスティナさん、グレイスさんもいますから、きっとなんとかなります。あっという間にマイナスポイントを返上して、天界の力を取り戻しちゃいますよ、きっと!」


 我がことのように喜び、大はしゃぎするエルセ。その顔を見て……俺は何も言えなかった。


「ただ残念なのは、期限が明日までってことですよね。こんな急じゃ、ちゃんとしたお別れパーティーとか出来ないじゃないですか。ねぇ? 気が利きませんね上家さん。マイナスポイントですよ! ……ふふ、でも、よかったです。コーシさんが無事に日本に帰ることが出来て……うん、わたしは、嬉しいです」


 一人でしゃべり続けるエルセ。

 うん。まぁ、もともと答えなんか決まってたし、結局のところ、俺は俺の居場所にいるのが一番正しいんだと確信しているし。


「もう、なんですか? さっきから黙っちゃって。嬉しくないんですか? 帰れるんですよ! コーシさんの好きなハッピーターン食べ放題じゃないですか! あ、ハッピーターンはこっちの世界にもあるんでしたっけ? じゃあ、パックんちょ! あれを食べてください! 帰ったらすぐに二箱買って、ぺろりといっちゃってください!」

「エルセ」

「あぁ、悔しい。あぁ羨ましい。わたしもパックんちょ食べたいです! でも、我慢です。大丈夫ですよ。わたし、こう見えて我慢は得意なんです。人生、我慢に我慢を重ねてここまで来たような女ですから……」

「エルセ」

「もう、なんですか? なんなんですか? もっと喜びましょうよ。コーシさんは、一方的に巻き込まれたこんな変な騒動から抜け出して、日常に帰れるんですよ!」

「エルセ。とりあえず、顔を拭け」

「へ? ……顔?」


 エルセがゆっくりと自分の頬に触れる。


「…………え」

「いいから、涙を拭け」


 エルセの頬は、涙でぐっしょり濡れていた。

 ハンカチを差し出すが、エルセは放心したようにピクリとも動かない。


 本当に、こいつは気が付いていなかったのだろうか。

 第一声の「やったじゃないですか」からずっと、自分が号泣していたことを。

 明るい声を出して、おどけてみせても、涙が流れ続けていたことを。


「エルセ。ほら」

「いや、でも……これは、何かの間違いで……」

「あぁ、もう」


 エルセがハンカチを受け取らないので、多少強引ではあるが、俺がエルセの涙を拭いてやった。


「――にゅっ!?」

「『にゅ』じゃない」

「にょ!」

「『にょ』でもない」

「………………わん!」

「吠えんな」

「………………………………くぅ~ん」

「お~よしよし」

「……ひぐっ!」


 涙を拭うついでに、そっと髪を撫でてやると、エルセの喉から引き攣るような音が漏れた。


「だ……だって…………コーシさん……わたしのせいで……日本に帰れなくて…………今なら、帰れる…………チャンスが…………だから、わたしは、コーシさんが迷わないように、安心して帰れるように……って……」

「うん。分かってる。分かってるよ、そんなこと」


 分かってるからこそ、そんな顔で無理されちゃ……


「お前を残して帰れるわけないだろ」

「だっ…………だって、それじゃ…………この次はいつになるか……ごじゅ、五十年後とかかもしれませんよ!」

「んじゃ、しっかり貯蓄しとかなきゃな。年金、もらえそうにないし」

「そうじゃなくて……日本には、コーシさんを待ってる人が、家族とか……お母さんとかとか、お父さんとか……ファミリーがいるじゃないですか!」

「なんで俺を待ってるのが家族しかいないんだ? 友人や恋人の存在はあり得ないのか?」

「コーシさん……異世界に来てまで、なんで見栄を張るんですか?」

「やかましい!」


 可能性の話だ!

 いる「かもしれい」という余白部分が物凄く大切なんだよ! 人を傷付けないためにはな!


「老婆心ながら忠告させてもらうけどな」


 ごほんと咳払いをし、上家がちょっと頬を染めて言う。

 視線はこちらを見ないように逸らされているのだが…………うむ、気遣い、痛み入る。

 いや、いくら慰めるためったって、こういうのを第三者に見られるのは恥ずいっていうか…………あぁ、とりあえず、上家の話を聞くか。


「空白期間が長くなればなるほど、生きにくくなるぞ、日本って国は」

「学校のことか?」

「それもだが、すべてにおいてだ。行方不明になって、ひょっこり帰った後、なんて説明するんだ? 『異世界に行ってた』なんて、信じてもらえると思うか?」


 確かに……


「空白期間が二年、三年と長くなればなるほど、就職にも影響してくる。『この空白の三年間、何をしていたんですか?』……面接で必ず聞かれるぞ。答えられなければ就職は無理だ」

「お前……嫌にシビアなこと言うよな……」

「俺は、そういう苦労をしてきたんだよ、日本で、嫌ってほどに」


 異世界に来る前に空白期間があったのか?


「何やってたんだ?」

「人助けの旅に出ていた。高校をやめて、三年ほど」

「うわぁ……」

「そう! そんな顔を、何十回も向けられたんだよ! だから! 帰るなら早い方がいいって忠告してんだよ!」


 なるほどな。

 確かに老婆心だ。


「あ、あの、コーシさん!」


 上家との話を聞いて、エルセも声を上げる。


「わたしも、ババアメンタルで忠告します!」

「いや、それは老婆心とはえらくかけ離れた代物だから! ババアメンタルで何か言う気なら、いっそ黙っててもらおうかな!?」


 ババアメンタルってなんだよ!?

 直訳もいいとこ………………ババアは英語ですらねぇ!?


「に、日本には楽しいことがいっぱいあります! この世界には危険がいっぱいあります! どちらにいるべきか、答えは出ていると思います! だから、あの……っ!」


 気にせず帰れ……か?


「まあ、確かにどちらにいるべきかははっきりしてるな」

「で、ですよね!?」

「こっちにいる」

「ふぁっ!?」


 だってよ。

 こんな顔して背中押されても、「コーシさんのために無理してます!」って言われてるようにしか思えねぇよ。

 それに……


「俺の居場所は、たぶんこっちだからな」

「で、でもでも!」

「エルセ」


 それでもまだ何か言おうとするエルセに、俺ははっきりと言ってやる。


「俺はお前といたいんだよ」


 お前といると、退屈しないからな。


「そ…………そんな、その、……そんなの、……それじゃ、まるで、コーシさんがわたしを好きみたいな……………………えっ!? いや、そんな、まさか………………ぇえっ!?」


 そこは、あえて触れないでおく。

 ……上家がいるからな。目、逸らしてくれてるけど。


「で、でも、折角日本に帰れるのに……」

「なんだよ。エルセは俺に帰ってほしいのか?」

「そんなの、決まってるじゃないですか!」


 両手をグッと握りしめ、小さくファイティングポーズを取るような格好でエルセが言う。


「…………一緒に、いたいですよぅ!」


 心の中に渦巻いていた本音を、声に出して。


「コーシさんといたら、楽しいし、面白いし、嬉しいこといっぱいで、幸せだし…………でも、わたし、の、せいで……って思うと…………申し訳なくて…………」

「じゃあ、俺がいなくなったら?」

「寂しいですよぉぉぉおぅ! 決まってるじゃないですかぁ!」


 なら、答えはもう出てんじゃねぇか。


「日本には、ちゃんと帰るさ。エルセの力を取り戻して、エルセにきちんと送ってもらう」

「…………五百年かかるかもしれませんよ……」

「じゃあ、それまでずっと付き合ってやるよ」

「面倒見が良過ぎです……ここまで行くと、病気としか思えないです……」

「うっせぇ」


 うな垂れて、拗ねたように体を振って、頭突きをくらわすようにたまに俺の胸にぶつけてくる。

 なのに、さっきまでの無理して笑顔を作っていた時よりもずっと、今のエルセは嬉しそうで……耳まで真っ赤で。


「エルセ。お前、今すげえニヤけてるだろ?」

「そ、そんなこと、ありませんでんがな!」


 どこの方言だよ。


「な、なんですか? コーシさんが『一緒にいてやる』って言ったから、わたしがニヤけてるとか、そんなの、まるで、わたしがコーシさんを、す、好き、みたいな……そんな勘違い、まったく、全然不愉快ですからね!」

「なんだよ、その分かりやすいツンデレは?」

「違いますもん! コーシさんが自惚れてるだけですもん!」

「じゃあ、日本帰る」

「あぅっ! ダ、ダメです! あのドアは……その、上家さんがイクスピアリ行きたいそうなんで」

「俺、なんも言ってねぇよ、女神様!?」

「うっさい、空気読め、上家!」

「口調変わり過ぎだろ!?」


 盛大にテンパるエルセは、見ていてとても楽しい。

 ……同時に、心臓がすげぇ痛くなるくらいに、恥ずかしくもあるんだが。


「とりあえず、あの……そ、そうですよ! ニコさんやスティナさんに内緒で帰るなんて、不可能で不許可に決まってるじゃないですか! まずは一旦帰りましょう! そして、話し合いましょう! 三日三晩、じっくりと!」


 そうしたら、このどこでもドア風異世界への扉は使えなくなっちまってるな。


 まったく。

 おねだりのヘタなやつだな。


「そうだな。んじゃ、上家。俺ら一旦戻って、三日ほど話し合ってくるわ」

「――っ! …………くふっ」


 俺の言葉を聞いて、エルセがバレないようにこっそりと、笑いを漏らした。

 ま、バレてるけど。


 これはもう、アレだよな。

 間違いないよな。


 エルセも、俺のことを……


「おい、コーシ。忘れちまったのかもしれねぇが、このドアの有効期限は明日までで……」

「「空気読め、上家!」」

「あんたら、息ピッタリだな!?」



 エルセがあまりに照れるから、今日のところはそれ以上の言及は避けて……エルセが照れるからな。あんまり追い詰めると、脳がオーバーヒートしちゃうからな、だからしょうがないから、『今日のところは』それ以上の言及は避けて、俺たちはニコの家へと戻ったのだった。


 エルセが、あまりにも照れるからな。

 俺じゃなく、エルセがな。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ