116話 感謝の気持ち
「おい」
もふらの住処に関し、冒険者ギルド推薦の腕のいい大工に話をつけ、大通りをぷらぷら歩いていると、不意に背後から声を掛けられた。
振り返った先にいたのは、上家だった。
「よぉ! 脱走か?」
「違ぇよ!」
相変わらずの強面である。
これが前代未聞のお人好しだというのだから、人間とは不思議な生き物だ。
「いろいろと魔法をかけられて、なんか知らんうちに釈放された」
聞けば、自白用の魔法だとか、精神的な悪性を調べるような魔法をいくつか掛けられたらしい。
けれどまぁ、上家の性格なら悪事とは無縁だと判断されるだろうな。
「ただし、犯した罪の重さは変わらない。それはこれから償っていくつもりだ」
「奉仕活動でもするのか?」
「冒険者ギルドで働くことになった」
「そりゃまた、極端なリクルートだな」
つい先日まで『諸悪の根源』と憎しみの対象にしていた組織に転職とは。
誤解が解けて、嫌悪感も解消されたのだろう。
「ギルド長付きの魔技師になった。これからは、本当に人のためになるアイテムを作っていくつもりだ」
「ギルド長付き……ね」
俺は、くれぐれも上家が人の道を踏み外さないように一つだけ忠告してやる。
「グレイスが作れと言った物の中で、説明に『コーシ』という名前が出てきたものは絶対に作るな。不幸な悲劇が起こるから」
「そうなのか!?」
「あぁ、そうだ。主に、俺に悲劇が降り注ぐ」
「既に二つほど依頼が掛かっているんだが……」
「拒否しろ」
「分かった。やってみる」
上家の性格上、拒否するのは難しそうだからな。
「俺に言われたから」という言い訳を与えておいてやる。グレイスに何か言われたら「コーシがやめろと言っていた」とでも伝えればいい。
「とにかく、オレは当面この付近に留まることになる。だからまぁ、何かあったら声をかけてくれ。力になれることがあれば協力するぜ」
一息で言って、その後少し照れくさそうに顔を背ける。
「感謝、してるからよ。あんたらには……まぁ、その。いろいろと」
強面にデレられても嬉しくもないのだが……
感謝をしているというのであれば、まぁ、受け取っておくか。
「それから、女神様に会ったら伝えてくれ。『あんたには感謝してるって』」
俺に言ったことと同じことを言う。
けれど、そこに込められている思いは必ずしも一緒ではなさそうだ。
「オレ、元の世界じゃ何をやってもダメで、ずっとくすぶっててよ。それが、この世界に来てから……まぁ、悪事に利用されちまってたわけなんだが……それでも、人の役に立てるってことが分かって、嬉しかったんだ」
上家の作るアイテムは、奇抜で強力だ。
今後、冒険者ギルドの指導のもと、様々なアイテムを生み出していけば、きっと人の役に立てるだろう。
「だからよ。『この世界に連れて来てくれたことを、感謝してる』って、伝えておいてくれよ」
「自分で言えよ。エルセのヤツ、泣いて喜ぶぞ」
「自分で言えねぇから頼んでんだろうが!」
「照れるなよ、そんなことくらいで」
「やかましい! オレはなぁ! …………その、女の子とお話するのとか、ちょっと緊張すんだよ」
うわぁ……顔、真っ赤。
なんだろう…………軽く引くなぁ。
「あっ! コーシさ~ん!」
そんな会話をしていると、当の本人が現れた。
通りの向こうから、エルセが手を振りながら駆けてくる。
「あ、上家さんも。お二人でお買い物ですか?」
「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ、女神様!」
上家の口調がとっ散らかってる。
その口調で様付けとか、どうなんだよ。
敬ってんだか威嚇してんだかハッキリしてほしいところだ。
「はぅ……。やっぱり上家さん、わたしのこと嫌いですよね。恨んで、ますよね……」
「あっ、いや、そんなことは……っ! お、おい、コーシ!」
上家が俺にSOSの視線を投げてくる。
なに、さらっと呼び捨てにしてくれてんだろうな、こいつは。しかも下の名前を。フレンドリーにもほどがあるわ。
「上家は恨んだりしてねぇぞ」
「ほぇ……?」
涙目でアホみたいな音を漏らすエルセ。
ショック……なのか、な? これは。緊張感のない声出しやがって、紛らわしい。
けどまぁ、涙目なのだからショックなのだろう。
上家直々にSOSを求められたんだから、助けてやるのもやぶさかではない。
「エルセに感謝してるってよ」
「感謝?」
「お、おい! それは、お前……っ、オレのいる前では言うなよ!」
まぁたぶんこういう反応をするだろうと、分かった上で、あえて言ってやったのだ。
いきなりの名前呼びに、若干イラッとしたからな。
「エルセに出会えてよかったってよ」
「テメェ……」
一度、俺をきつく睨んだ後、諦めがついたのか肩を落として、上家は無愛想に言う。
「……ふ、ふん。まぁ、そういうこったよ」
不器用なヤツだ。
昭和のヤンキーの復刻版みたいなヤツだな。
「上家さん……」
エルセの声が震える。
お、感動したか?
「なんだか、昭和のヤンキーの復刻版みたいで……ちょっと…………ぷぷーっ、ぷすくすーっ!」
「わ、笑うんじゃねぇよ! 人が素直に感謝したってのによぉ!」
まぁ、エルセだからな。普通に感動して、心がほっこりするような終わり方はしないよな。だって。エルセだもん。
「あぁ、そうだ。折角二人が揃ったんだから、ちょっと話をさせてもらっていいか?」
「なんだよ、改まって?」
「拳で語り合う系ですか?」
いや、エルセ。昭和のヤンキーじゃないから。
そのノリ、俺は付いていけないから。
「場所を変えよう。あんまり聞かれるのもまずいし、それに、渡したい物があるんだ」
やけに真面目な表情で、上家は言った。
渡したい物……
その言葉が妙に引っかかったのは、言葉に含みを持たせていたためか?
なんにせよ、くれるというのであればもらっておいて損はないだろう。
上家のアイテムなら、尚更だ。
「なんでしょうね、渡したい物って?」
先を行く上家の背中を追うように歩き、エルセがそんなことを聞いてくる。
俺に聞かれても分かるはずがないだろうに。
「わたし思うんですけど……たぶん、盗んだバイクですよ」
「いい加減、昭和のヤンキーから離れろよ!」
何を渡されるにしても、エルセと一緒なら、シリアスな展開にはなるまい。
俺は、そんななんとも悲しくなるような確信を抱いていた。




