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112話 夜明け

 全身の力が抜け、膝から地面に倒れ込む。


「コーしゃまっ!?」


 ニコが真っ先に駆け寄ってきて、俺の体を抱き起してくれる。

 ニコの小さな体にもたれるような格好で、そっと抱きしめられる。預けた背中が、温かい。


「見て、エルセ。おっぱいクッションが相当お気に召したようよ」

「ホントですね。凄く幸せそうな顔をしてますっ」


 ……あいつら、あとでぶっ飛ばす。


「あ、あざといぞっ、ニコラコプールールー!」


 お前ら、もうちょい俺の心配をしろ。


「コーしゃまはこうされるのが大好きなのじゃ。無意識でおっぱいが大好きな、無意識おっぱいなのじゃ!」

「むっつりおっぱいかもしれませんよ?」

「いいえ、無理矢理おっぱいに持っていく、無理矢理おっぱいね」


 俺は何おっぱいでもねぇ!


「そ、そんなところも男らしいぞ、コーシっ! ……きゃっ☆」


 お前の男性観は酷く歪だぞ、グレイス。今のうちに矯正しとけな。


「おい、大丈夫か? お前ぇすげぇな。マジでからくり武者を倒しちまいやがった。まぁ、魔力が枯渇したんだろうが、少し休めばまた動けるようになるだろう。今は、ゆっくりしておけ」


 上家っ! お前いいヤツだな!?

 俺の労をねぎらってくれたの、お前だけだよ!


「バケモノどもめぇ!」


 突然、獣のような咆哮と共に耳障りな絶叫が聞こえてきた。

 視線を向けると、二頭のケルベロスとウセロがこちらに向かって突っ込んでくるところだった。


 くそっ!

 迎撃したいのに、体が動かねぇっ!


「テメェらまとめて、ぶっ殺してやるっ!」


 グレイスは剣が折れている。

 ニコは俺を抱えて身動きが取れない。

 エルセはさっきイカヅチを使ったからきっとらぐなろフォンのバッテリーが切れているだろうし、スティナは戦闘力がない。

 上家も、今はコスプレをしていない。


 くそっ、俺しかいねぇのに!

 早く、魔力よ回復しやがれ!


「ふん! ケルベロス程度、ワタシが素手で!」

「さすがに無謀じゃ、グレイス!」

「なら、エルセが素足で!」

「思いつきでしゃべらないでください、スティナさん!?」


 くそっ! どうする!?


「死ねぇ!」


 二頭のケルベロスが同時に牙を剥く。

 合計四つの首が俺たちに襲いかかる…………前に、大量の血しぶきを上げて弾き飛ばされていった。


「なにぃっ!? だ、誰だ!?」


 吹き飛んでいったケルベロスを見送り、こちらに振り向いたウセロ。その両目が見開かれる。


「……な、なんでテメェが…………裏切るのかっ!?」

「裏切る…………?」


 俺たちの前に立ち、ケルベロスを撃退したのは……


「テメェが先にオレらを裏切ったんじゃねぇか! まじウケるしっ!」


 イワシ顔のイワシ人、ワッシーだった。


「何が、『壊れちまったら、また別のヤツを連れてくりゃいい』だし……まじウケるしっ!」


 怒り満面で『まじウケるし!』と吠えるワッシー。

 ……とりあえず、ウケてはいないよな。


「あいつらだって、おんなじ気持ちだしっ!」


 と、ワッシーがアゴで指す先には、ボロボロになりながらも整然と居並ぶ新鮮組の面々がいた。

 どいつもこいつも、怒りが顔に表れている。


「もう、オレらはあんたをリーダーとは認めないしっ! オレらだけで盗賊稼業を続けさせてもらうしっ!」

「させるか、バカモノどもめ!」

「どぅっ!?」


 グレイスのスクリューアッパーがワッシーのアゴにクリーンヒットした。

 武器無しでも十分強いなぁ、グレイスは。


「貴様ら全員、冒険者ギルドが身柄を拘束する! 盗賊団『闇の組織』のメンバーは一人残らず罰を受けてもらうぞ!」


 グレイスの威嚇に、逃げ出そうとするウセロと新鮮組。

 しかし――


「逃がすわけないのじゃ」


 ニコが放った竜巻が新鮮組の面々をのみ込んで上空へと吹き上げる。

 屋外だと、派手な魔法も思うままだな。


「チキショォォオオオッ! テメェらも道連れにしてやるっ!」


 往生際の悪いウセロが、禍々しい鈍器を握りしめて突進してくる。

 なので……


「『イビル・クレバス』っ!」

「ごぅっふっ!?」


 盛大に口内炎を作ってやった。

 ウセロが口から大量の血を吐く。……と言っても、口内炎による出血だけどな。


「コーしゃま。もう動けるのじゃ?」

「あぁ。おかげ様でな」

「巨乳のパワーは侮れないわね」

「癒す力のあるニコさんが凄いのか、それで癒されるコーシさんが凄いエロいのか、ちょっとどっちか分かんないですけど、なんか凄いですっ!」

「『イビル・クレバ……』」

「ま、待つのじゃ、コーしゃま! いつもの戯れじゃから、の? の?」


 両腕をスティナとエルセに向ける俺を、ニコが必死になだめにかかる。

 ……あいつらは一回くらい痛い目に遭う必要がある。遭うべきだ。


「観念するのだな、ウセロ」

「ぐぅぅう……っ!」


 俺が、真の敵に気が付いた頃、グレイスの手により盗賊団『闇の組織』討伐はケリが付いたようだ。

 グレイスがウセロを取り押さえ、地面に組み敷いている。


「ニコラコプールールーよ。合図を」

「うむ。任せるのじゃ」


 グレイスに言われ、ニコが空に向かって手を伸ばす。

 ニコの腕からは眩い光弾が放たれ、打ち上げられたそれははるか上空で花開くように飛散した。


「これで、ギルド職員が駆けつけてくれる」

「待機でもさせていたのか?」

「あぁ。ジョーカーの能力が未定であったため、不用意に接近させず、森の周りに待たせておいた」


 ジョーカーの能力が分からない状況では、ギルドの職員を大勢引き連れて行くことは危険だ。何かの能力で操られてしまう可能性も否定出来ない。

グレイスの判断は賢明だったと言えるだろう。


「そ、それで、あの……っ!」


 ウセロに縄をかけるグレイスに、エルセが詰め寄る。

 焦ったように、まるで懇願するかのような表情で、詰まり気味に言葉を続ける。


「か、上家さんの、処遇……は?」


 盗賊団『闇の組織』のボスと称され、そのように認知されていた上家ことジョーカー。

 こいつは、前回派遣された盗賊団討伐隊を壊滅に追い込んだ事実がある。


 それを、エルセは心配しているのだろう。


 処罰は免れないか……けど、それは少し…………やりきれない。


「なぁ、グレイス。俺からも……」

「ジョーカーは冒険者ギルドに同行してもらう」


 俺の言葉を遮るように、厳しい声音でグレイスが言う。

 だが、その直後にこちらを向いた視線はとても穏やかで。


「ワタシとてバカではない。どこに非があるのかくらい見極めるだけの目は持っているつもりだ」

「そうか」


 安堵が胸に広がっていく。

 エルセと顔を見合わせると、不意に笑みが漏れた。


「ただ、何もなく無罪放免とはいかぬだろうな」


 騙されていたとはいえ、上家の生み出したアイテムが悪用され、また、催促されるままにあまたのアイテムを生み出し続けたことは、やはり看過出来ないようだ。


「何かしらの罰は受けてもらうことになるだろう」

「そう…………ですか」


 分かりやすく肩を落とすエルセ。

 それに関しては、俺も口出しは出来そうにない。

 ギルドは負傷者も出したわけだし。


「そんな顔すんじゃねぇよ、女神様」


 俯くエルセに、上家が言葉を向ける。

 自分が騙されていたと、ついさっき自覚したばかりの上家だが、その表情はどこか複雑ながらもすっきりしていて、覚悟は出来ているように見えた。


「悪いことをしていたなら、きっちりと裁かれるべきだ」

「でも、上家さんは……」

「なぁに、無知もまた罪ってだけの話だ」

「罪だなんて……っ!」

「女神様」


 上家は堂々と胸を張る。


「自分の意志で行動を起こしたなら、その責任は自分にある。言われるままに行動したのだって、そうしようと自分で判断した結果だ。誰の責任にも出来ねぇよ」

「…………でも」

「だからな。オレは後悔してねぇぜ」


 胸を張って、はっきりと言う。


「女神様に誘われて、この世界に来たこと。オレは後悔していない」

「…………え?」

「だから、オレのことで心を痛めないでくれ。……あんたもな」


 バツの悪そうな顔が俺へと向けられる。

 ……あぁ。分かってるよ。


「グレイスにこってり絞られてこいよ」

「コ、コーシさんっ、なんてことを……っ!」

「そんで、その後で一緒に飯でも食おうぜ」


 グレイスに任せておけば大丈夫だ。

 きっと悪いようにはしないだろう。


 だから、間違って進んじまった道を、もう一回最初からやり直すために、けじめをつけてこい。


「あぁ。そうしよう」


 その時の上家の顔は、清々しいほどの、満面の笑みだった。


 ほどなくして、ギルド職員たちが大勢駆けつける。

 新鮮組やウセロが連行され、アジトの中も調べられるようだ。


「では、行くか」


 踵を返すグレイスに、上家が戸惑いを見せる。


「縄はかけねぇのか?」

「ふん」


 グレイスは首だけで振り返り、余裕に満ちた笑みを見せる。


「己の足で歩ける者には不要であろう?」

「……へへ、そうかい」


 照れくさそうに鼻を掻き、そして誰に言うでもなく呟く。


「ホント、オレが見ていた世界は作られた偽物だったんだな……この次は、自分の目でしっかりと見てみてぇよ、この世界の本当の姿を」


「大丈夫ですよ」


 誰にでもなく発せられた言葉を、エルセが拾い上げる。

 そして、両手で包み込むような優しさで思いを告げる。


「上家さんなら、きっと出来ます。だって、上家さん、いい人ですから!」


 上家は、最初こそ驚いた顔をしていたが、すぐにくしゃりと顔を歪めて――


「いい人は、あんたの方だろが」


 そう言って、屈託なく笑う。


「では、行こうか」

「おう」


 上家は自分の足で歩き出す。

 グレイスに拘束されることなく、自分の意志で。


 その一歩があいつの、新しい世界の始まりなんだと、俺は思った。


「さぁ、私たちも帰りましょう。暖かい布団で眠りたいわ……二十日ほど」

「寝過ぎだ」


 だが、スティナの言葉に半分は賛成だな。

 俺も、温かい布団で眠りたいや。



 明るくなった空の下、俺たちはシムの街へと帰っていった。







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