111話 もにゅもにゅもにゅ……バシュー!
「お、おい、やべぇぞ! からくり武者が呪縛を破壊しちまいそうだ!」
上家の声が焦燥感に震えている。
見れば、『サンクチュアリ・ベール』をかけた、万全の防御を誇るはずの紙に亀裂が入っている。ロープも、もう少し負荷をかければ切れてしまいそうだ。
こいつ、『サンクチュアリ・ベール』を打ち破るほどの攻撃力を手に入れちまったのか。
「コーシさん! 迷っている暇はありません! 一度試してみましょう!」
俺の冒険者カードの中に記されていた『バシュー』という文字。
それは、ニコが言う伝説の古代魔法の名前と同じもので、その前には、一応、見ようによっては呪文のようにも見えなくもないかもしれない文字列が記されている。
「けど、エルセ。もしこれがその伝説の魔法なら……誰かが見つけててもおかしくないんじゃないか?」
この文字列は、魔法使いの『職業紹介欄』に記入されており、誰でも閲覧可能だ。
それこそ、名だたる魔法使いが何人も目にしてきたはずだ。
ニコの話によれば、伝説の古代魔法『バシュー』は、その存在が否定されかけているほど、誰にも知られていないらしい。
「やっぱり、偶然の一致なんじゃないかな」
「それでもっ! やってみるだけの価値はあると思いませんか!?」
「けどなぁ……」
冒険者カードに視線を落とす。
『 魔法使い:もにゅもにゅもにゅ……バシュー! 』
……これを、口にするのか?
「もし、これを口にして、何も起こらなかったら…………お前、笑うだろ?」
「はい! おなかを抱えて!」
「だからヤなんだよ!」
「あ、でも大丈夫です! 半笑いに留めておきますので!」
「何一つ大丈夫な要素がねぇよ!」
なんで腹を抱えて半笑いなんだよ!? 怖いわ!
「分かりました! では、もし魔法が成功したら……」
エルセが、キッとまゆ毛を上げ、真剣なまなざしで俺に言う。
「その時も盛大に笑いますから、気にせずに魔法を使ってください!」
「成功しても失敗しても笑われるなら、いちいち心配する方がバカバカしいなっ! って、バカなのか!?」
慰めるなら、プラスの方向へ持っていけよ、俺のやる気とかテンションを!
「なんでもいいから早くしろよ! 出てきちまうぞ! そしたらもう二度とこいつを止められなくなっちまうんだぞ!」
上家が吠える。
それに対し、俺たち一同は揃って冷ややかな視線を向ける。
「なんだよ、上家。自分で作ったくせに」
「責任転嫁はやめてくれないかしら?」
「強制停止装置でも作っておくべきだったのじゃ」
「無計画だからこういうことになるんだぞ」
「お前らが攻め込んできたせいで滅茶苦茶レベルアップしたってのもあるんだからな!?」
酷い責任転嫁だ。
そもそも、こんな物騒なものを作らなければこんなことにはならなかったというのに。
「上家さん……」
エルセが静かな声で上家に声をかける。
先ほど、俺たちの中でただ一人上家を非難しなかったのがエルセだ。
エルセは、上家に透き通るような声で言う。
「諸悪の根源という言葉があります」
「大元を正せば、あんたがオレをこの世界に連れてきたんだからな、女神様よぉ!?」
まぁ、『根源』といえば、エルセになるのか……
「と、とにかく、コーシさんが頑張れば丸く収まると思いますっ!」
う~っわ、自分が不利だと悟った途端、責任を丸投げしてきやがった。
「コーしゃま。とにかく、一度試してみるだけ試してみてはどうかのぅ?」
「そうだな……」
ダメで元々。
何もしないよりかはマシだ。
「おそらく、からくり武者はあと三十分もしないうちに『サンクチュアリ・ベール』を破るだろう。その前に……」
と、俺が話している途中で――ビリビリッ!――などという嫌な音が聞こえた。
「――マジウケルシッ!」
紙が破れ、その隙間からからくり武者の顔が覗いていた。
「緊急事態! たぶんあと数分ももたないぞ、これ!?」
読みが甘かった。
甘過ぎた!
今すぐに行動を起こして活動を停止させなければ、この次のチャンスなんかないかもしれない。
「コーしゃま! 言葉の一つ一つに魔力を送り込むイメージじゃ!」
「分かった! やってみる!」
全員でからくり武者から距離を取る。
俺はからくり武者の真正面、10メートルほど離れた位置に立ち、両腕を真っ直ぐ突き出して、手のひらをからくり武者に向けた。
……言葉の一つ一つに魔力を送り込むイメージ…………
「コーシさん、頑張ってください! わたしたちがついていますよ!」
俺のすぐそばで、エルセが声援をくれる。
「わたしたちがついている」……か。なんとも、勇気の出る言葉じゃねぇか!
俺は腹を決め、魔力を意識して、呪文を口にした。
「…………もにゅ……」
「ぷぷーっ!」
「……エルセ、あとでアイアンクロー」
「な、なんでですか!? 酷くないですか!?」
「……もにゅ…………」
「ぶぷふぅーっ!」
「アイアンクロー、ダブル!」
「はぅ!? パワーアップしてしまいました!?」
いちいち笑うエルセを、ニコが速やかに退場させる。
俺の視界に入らない場所まで引っ張っていってくれた。
「――マジウケルシッ!」
巨大な紙が大きく破れ、からくり武者の顔が完全に露呈する。
狙いはあそこだ!
今度こそ……
神経を集中させて、俺は呪文を口にした。
「……もにゅもにゅもにゅ………………」
――っ!?
なんだ!?
一文字口にするだけで、体の奥底から根こそぎ魔力を掻っ攫われていくような感覚に陥る。
何度も眩暈に襲われる。
あぁ……これは本物だ。
ニコの話では、俺の魔力は『論外』なほどに多く、しかも回復も常人離れしているという。
その俺の、無尽蔵とも言える魔力が、一瞬で枯渇寸前の眩暈を引き起こすほどに持っていかれるのだ。
これだけ魔力を奪われるのだとしたら、生半可な魔法使いには使用出来ない。
だからこそ、誰も知らない伝説の古代魔法になってしまったのだ。
「………………はぁ……はぁ…………」
心臓が熱した鉄のように高温を発する。
オーバーヒート寸前だ。
それでも…………ありったけの魔力が俺の手のひらへと集約する。
イケる――
俺は確信を持って、魔法の名を叫んだ。
「――『バシュー』ッ!」
瞬間、俺の視界に入っていた物はすべてその形を変えた。
野太い光の筋が一条走ったかと思うと、のみ込んだ物すべてを塵へと変えてしまった。
恐ろしい破壊力の割に、とても静かな魔法だと、そんな見当違いなことを感じていた。
伝説の古代魔法『バシュー』は、噂に違わぬ破壊力だった。