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109話 大切に思っていなくても……

 からくり武者の奇襲に、なんの考えもなく走り出してしまった。

 そもそも、この辺の地理も分からない俺たちにとって、明け方の薄暗い森の中を逃げ回るなんて、相当不利なことなのだ。効率を考えて行動するなんて無理だ無理!


「上家さんがはぐれちゃいましたよ!?」

「いや、たぶん俺らの方がはぐれたんだろうぜ!」


 上家は、少なからずこの付近の地理には明るいはずだ。

『逃げるならこう』というルートが頭に入っているのだろう。

 咄嗟の時にはその知識が明暗を分ける。


「だから、エルセ。お前は上家に付いていった方がよかったんだよ」

「何言ってるんですか」


 隣に並び、同じ速度で走りながら、エルセがこちらに笑みを向ける。


「わたしはコーシさんとパーティを組んでいるんですから、何があってもコーシさんに付いていきます。当然じゃないですか」


 そんなことを、屈託のない笑顔で言うのだ。

 …………照れるなって方が無理だろが。


「……エルセ、俺」

「――マジウケルシッ!」

「「のゎああああっ!?」」


 突然、目の前にからくり武者が現れた。

 どうやって!? いつの間に回り込まれたんだ!?


「エルセ、引き返すぞ……って、もうあんなに遠くまで逃げてるっ!?」


 振り向けば、エルセの背中が小さ~くなっていた。

 何があっても俺に付いてくるって話はどこ行った!?


「――マジウケルシッ!」

「ぅおっ!?」


 からくり武者の凶剣が俺に襲いかかる。

 かろうじて一撃目を回避するも、もういっぱいいっぱいだ。

 まぐれや強運でかわし続けられるものじゃない。


 逃げる! とにかく距離を取るんだ。

 そして考えろ。

 こいつに勝てる方法を……………………ないな。うん。ない。


 背を向け、とにかく全力で逃げようとするも、スピードは向こうが一枚も二枚も上手。

 あっという間に追いつかれ、視界の隅に妖しく光を放つ白刃が見える。


「コーシさんっ!」

「――っ!?」


 紫色のイカヅチが走り、世界が明滅する。

 エルセのらぐなろフォンだ。


「逃げましょう!」

「すまん! 助かった!」


 逃げ回っていれば、ニコやスティナ、グレイスと合流出来るかもしれない。

 それで態勢を立て直して……


「――マジウケルシッ!」


 からくり武者が吠える。

 爆発音のような怒号に、森中の鳥たちが一斉に飛び立ち、薄暗い森が不気味な騒音に包まれる。


 らぐなろフォンの一撃が効いたのか、からくり武者は明らかにエルセへと敵意を向けた。

 足を踏み出し、刀を振りかざして、エルセに向かって走り出す。


 体が動いたのは、俺の脳がそれに気付くよりも早かった。

 無意識のうちに、俺は森に落ちている木の枝を拾い、エルセとからくり武者を結ぶ直線上に体を割り込ませた。

 軽く力を込めれば簡単に折れそうな木の枝を構える。


 節くれた歪んだ枝。

 こんなものを剣のように構えるなんて、小学生の時以来だ。


 こんなもんで何が出来る?

 いや……何が出来るかじゃない…………こいつで何をするかだ。

 どうやったらこいつを最大限利用出来るか、それを考えろ。


「『サンクチュアリ・ベール』っ!」


 手にした枯れ枝に『サンクチュアリ・ベール』をかける。

 振り下ろされたからくり武者の刀にそいつをぶつける。



 ギィィィィィィンンンンッ!



 金属とも違う、硬質な物質が衝突する耳障りな音が響く。


 ぅぉおおおおおおっ、よかったぁ、魔法が効いて!

 これで枝がすっぱり切られたら、俺まですっぱりだった!


 そして、これにより…………



 俺の『サンクチュアリ・ベール』は、特に『大切に思っていなくても効果を発揮する』ことが証明されてしまった。



 ……ニコ、スティナ。喜んでくれたのに、なんかごめん。

 特にスティナ……いたたまれない気持ちでいっぱいだ。


 だが、いくら壊されない武器が出来たとはいえ、所詮は木の枝。

 こいつでは反撃など出来るはずもなく、そして、いくらこいつがあろうともからくり武者の攻撃を凌ぎ続けることもまた不可能なのだ。

 身体能力が雲泥だ。幸運は、そういつまでも続かない。


 機動力も、身のこなしも、何もかもが一枚上手どころか、数十枚上手。

 こいつから逃げ切ることすら、俺たちにとっては至難の業なのだ。


 なんとか、こいつを押さえ込むことが出来れば…………


「コーシさん、下がってください!」


 突然告げられた指示に、俺は何も考えずに従った。

 エルセの緊迫した声は、裏も表もなく純粋にそうすべき時に発せられる。素直に従うのが吉だ。


 後ろも確認せずにバックステップで距離を取る。

 ……が。


「うわっ!?」


 着地した先に切り株があって、俺はそいつに足を取られた、

 転ぶ。

 今、こんなところで転べば、それは即『死』を意味する。


 傾く体、急回転する視界。

 刀を上段に振り上げて襲いくるからくり武者の姿が視界に侵入してくる。


「少しの我慢だぞ、コーシ!」


 そんな声と共に、襟首が物凄い力で引っ張られた。

 盛大に首が締まり、呼吸が止まる。


 グレイスが、俺の体を引き寄せる。

 倒れそうだった俺の体は、ほんの数メートル空中をすべり、グレイスの上に倒れ込むような形で、地面へ落下した。


 直後、からくり武者の体に炎の塊が浴びせかけられる。

 あれは、ニコの魔法か。


 ほんの一瞬足を止めたからくり武者。

 そこへ、巨大な紙が覆い被せられる。

 あれは上家が使っていたパラシュートか。


 紙にくるまれたからくり武者を、上家がパラシュートの縄を使ってぐるぐる巻きにしていく。


「急ぎなさいジョーカー!」

「分かってる! 今やってんだろううが!」


 怒鳴りながらも、手際よく作業を進める上家。


「コーシさん! 今です!」


 エルセが叫ぶ。

 が……『今です』と言われても…………あっ、そうか!


 俺は、からくり武者を覆い隠す巨大な紙とぐるぐる巻きのロープに向かって手をかざす。


「『サンクチュアリ・ベール』っ!」


 からくり武者を包み込む紙とロープが淡く輝き、『サンクチュアリ・ベール』が発動する。

 これで……


「からくり武者は身動きが取れない!」


 破壊しようにも、『サンクチュアリ・ベール』は傷付けられない。

 あの紙とロープは、何よりも強靭な牢獄へと変化したのだ。


「――マジウケルシッ!」


 からくり武者の怒号が響くが……強靭な牢獄は破られることはなかった。







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