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107話 何が役に立つか分からない

 森の中に着地した俺たちは、急いでアジトへと戻った。

 いまだ暗い森の中に、松明の灯りが見える。


 盗賊団の連中がうようよといるかと思ったのだが、アジトには誰の姿もなかった。


「おそらく、建物が崩れてきた時に逃げ出したんじゃろうのぅ」


 アジトの周りには瓦礫が散乱し、大事故の様相を呈していた。


「からくり武者は、今どこにいるんでしょうか?」

「分からん。皆のもの、油断するでないぞ」


 剣を構えてグレイスが言う。


「見取り図が手に入っていれば、ここから一直線に道を作ることも出来たんだが……」


 上家が悔しそうに暗い空を見上げる。


 ひらひらと空を舞っていた見取り図だったが、薄暗さも相まって、見失ってしまったのだ。

 こっちはゆっくりと降りることしか出来ず、舞い踊る紙を追いかけることは出来なかった。


「過ぎたことは仕方ないではないか。見取り図がない以上、正面から突入するほかない。腹を決めろ、皆の者」


 グレイスの言葉に覚悟を決める。

 無いものに執着しても仕方ない。

 今は、一刻も早くスティナを救出に向かわなければ。



『――マジウケルシッ!』



 ――っ!?


 いる。

 ヤツが、アジトの中に!


 壁を隔てた向こう側から、からくり武者の声が聞こえる。

 鎧がぶつかる音が聞こえてくる。


 ヤツが中にいる…………スティナ。お前、ちゃんと無事だよな?

 お前にもしものことがあったら…………俺は……っ!


「突入するぞ! 行こう、グレイス!」

「待つのじゃコーしゃま! 闇雲に突っ込んでも返り討ちに遭うだけなのじゃ!」

「分かってる! けど、スティナを放ってはおけない!」

「スティナなら大丈夫じゃ! そんなに弱い女ではないのじゃ」


 ニコの言うことが正しいってのは、よく分かってる。頭では理解している。

 けれど……っ!


「弱かろうが強かろうが、スティナが危ない時にジッとなんかしていられねぇよ! 無茶でも無謀でも俺は行く! スティナを迎えに行くんだ!」


 だが、グレイスが俺の前に立ちはだかる。

 鋭い視線が俺を射抜く。


「そんな考えでは、犬死するだけだ。もう少し冷静になるのだ、コーシよ」

「グレイス……」


 分かってる。

 お前らの方が、お前らの言っていることこそが正しい。圧倒的に正しい。


「でもな…………助けに行きたい……すぐにでも、スティナの声が聞きたいんだ……」


 これは優しさなんかじゃない。

 俺のわがままだ。


 大切な物を失いたくないという、自分勝手な…………わがままだ。


「え~っと…………こんな声で、いいかしら」


 不意に、背後からスティナの声がした。

 一瞬、エルセのコスプレ能力の一つかと思ったのだが……あいつは今コスプレ出来ないはずだ。


 ……じゃあ。



 振り返ると、そこにスティナがいた。



「あ、あまり見ないでくれるかしら? …………照れるわ」


 スティナだ。

 紛れもなく、本物の、スティナがそこにいた。


「ス、スティナさん……どうやって外へ?」

「そ、そうじゃ。ワシが見た限り、おぬしは確実にアジトの中へ落ちて……」

「まさか、あのからくり武者をかわして外へ出ていたというのか?」


 エルセもニコもグレイスも、今ここにスティナがいることが信じられない様子で、目と口を大きく開けている。


「私は、結構マニアックな一面があって……書物は隅々まで、一文字も漏らさずに読む癖があるのよ…………」


 そして、大脱出の種明かしをする。


「あの見取り図には、冒険者ギルドの受付嬢、アイザによってあるトラップが書き込まれていたのよ」


 確か、冒険者ギルドのギルド長室で、マゥルとアイザさんが見取り図に何かを書き込んでいた。

 俺はその文字を思い出そうと、記憶を手繰り寄せる。


「…………あっ」


 記憶の中に、一つの言葉が浮かんだ時、それを悟ったスティナがくすりと笑みを零した。


「そうよ。アイザは、一階の奥に、こんな文字を書き込んだの……『ワープゾーン』」


 そうだ。

 アイザさんはあぁ見えて面倒くさがり屋で、建物の奥から入り口まで一瞬でワープ出来るワープゾーンを書き足したんだ。


「……何が役に立つか、分かんないな、ホント」


 まさか、あんなふざけ半分の落書きが、スティナの命を救うなんてな……


「ちなみに、暴れ回っていたからくり武者だけれど、廊下の途中にあった、ほうじ茶のいい香りが出るトラップの前で立ち止まってたわよ。おかげで逃げる時間が稼げたわ」

「何が役に立つか、分かんないな!? ホンンンンッットにっ!」


 それも、エルセがふざけて書き込んだやつだ!

 槍衾やりぶすまを二本線で消してな!


「とにかく、私は無事だったわ。心配かけたようで悪かったわね……と、一応言っておくわ」


 涼しい顔でスティナが言う。

 ……まったく。こっちの気も知らないで。


 会ったら会ったでこの態度……まぁ、こうやって「やれやれ」なんて思えるくらいの方がいいのかもな。


「よし! では、あのからくり武者を叩きのめせば今回のクエストは終わりだ。仕上げといこうではないか!」

「うむ。外にさえ出れば、ワシも魔法が使えるのじゃ!」

「らぐなろフォンも充電たっぷりです!」


 意気揚々と、アジトを睨みつけるグレイス、ニコ、エルセ。

 それぞれが戦闘態勢を取り、俺も出来ることはやろうかと身構えた時、スティナの軽く握られた拳が俺の肩を小突いた。


 そして――



「ありがとうね、コーシ…………嬉しかったわ」



 耳元で囁いて、そのまま遠ざかっていった。

 ……おいおい、やめてくれよ。



 照れて戦闘どころじゃなくなるっつの。







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